伊豆大島での樹木診断の合間に、国の特別天然記念物「大島のサクラ株」を訪ねました。推定樹齢800年以上とされ、島では「サクラッカブ」と親しまれるオオシマザクラです。横たわった太枝から根を張り、生き続ける姿には、火山の島の歴史と、人が樹木に寄せてきた祈りが重なります。今回は、この古木との出会いから、伊豆諸島の樹木を未来へつなぐ仕事について考えます。
この記事の要点
- 大島のサクラ株は、地面に接した太枝が発根し、元株と子株によって命をつないできた古木です。
- 溶岩流との関係や航海の目印だったという伝承から、島の自然と暮らしの歴史が見えてきます。
- 樹木の保全では、生育状態や安全性とともに、地域の記憶や信仰、次世代への継承を考えることが大切です。

大島のサクラ株とは 800年以上と伝わる特別天然記念物
場所は伊豆大島北東部の泉津地区。都立大島公園から三原山方面へ約1km進んだところです。8月の緑の中に現れたのは、太い幹や枝を低く横たえた、ひと目では全体を捉えきれない桜でした。
現地の案内にある、竜が身をくねらせるような姿という表現にも納得します。真っすぐ立つ巨木とは異なる迫力があり、どこからが幹で、どこからが枝なのか、思わず目でたどりたくなりました。
大島のサクラ株は1935年に国の天然記念物となり、1952年には特別天然記念物に指定されています。東京都教育委員会は、都内の植物で唯一の特別天然記念物と紹介しています。樹齢800年以上という数字は推定であり、植えられた年が記録で確定しているわけではありません。[1][2]
それでも、この木が私たちの一生をはるかに超える時間を生きてきたことを思うと、見方が変わります。樹齢は古木の価値を伝える入口ですが、私が現地で強くひかれたのは、長い時間の中で変わり続けてきた、その生き方でした。
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倒れても続く命 太枝が根を張り、子株になる
東京都教育委員会の解説には、1965年頃から大きく傾き、2005年に倒壊した経緯が記されています。ただし、現在の株の広がりを、すべてこの一度の倒壊によるものと捉えるのは適切ではありません。長い年月の中で太枝が地面に接し、根を張り、元株と北・東・西の子株へと姿を変えてきました。[2]
ここで注目したいのが、枝から新たに根が生じる「不定根」です。本来の根以外の部分から根が出ることで、地面に触れた枝が、その場所で水分や養分を得る足場をつくります。大島のサクラ株は、そのような再生の姿を実際に見せてくれる存在です。[2][3]
横たわった古い部分から若い枝が上へ伸びているのを見て、私は「倒れる」という出来事を、人の感覚だけで終わりと決めてはいけないのだと感じました。ただし、この姿を、どの桜でも倒れたまま残せる根拠にすることはできません。個々の木と周辺の利用状況を確かめる必要があります。
樹木医として大切にしたいのは、失われた部分だけでなく、生きている部分と、それを支える地面まで見ることです。古木を守る手掛かりは、傷んだ幹の内部だけにあるとは限らない。そのことを、この桜から改めて教えられました。
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1552年の溶岩流と、生き残った土地の高まり
桜株の歴史を考えるうえで欠かせないのが、1552年の噴火です。伊豆大島ジオパークの解説によると、周辺はこの噴火の溶岩地帯にあり、かつては樹齢も噴火後のものではないかと考えられました。
一方、同ジオパークは、周辺の地形・地質の検証から、桜株の立つ場所は周囲より高く、溶岩がその手前で分かれて低い場所を流れたと説明しています。木のある一角が、溶岩に覆われず残ったという見方です。[3]
新しい溶岩流に囲まれながら、古い植生のある土地が島状に残る場所は、ハワイの言葉で「キプカ」と呼ばれます。桜株を取り巻く地形は、古木を理解するには樹体だけでなく、土地の成り立ちも読む必要があることを示しています。[3]
この説明を知ると、目の前の小さな高まりにも意味が見えてきます。火山の力と、わずかな地形の違い。その重なりの中に、一本の木が生き残る条件があったのかもしれません。
ただし、溶岩を免れたという地形の説明と、樹齢800年以上という推定は、別の根拠として受け止める必要があります。古木への敬意は、物語を大きくすることより、確かめられた事実を丁寧につなぐことから生まれると私は考えています。
船を導いた桜と、泉津に残る祈りの歴史
大島町は、桜株が江戸時代には沖を通る船の目印だったという伝承を紹介しています。東京都教育委員会にも、房総半島から来る帆船がこの木を目当てに泉津港へ入ったという記述があります。[2][4]
花の季節、海から見える斜面に白い桜が浮かぶ。その姿を確かめ、島へ近づく人がいたのだろうか。現在の低く広がる姿から、かつての景観を想像すると、この木と海の暮らしとの距離が急に近くなります。
泉津は、古い信仰の歴史を伝える土地でもあります。同地区の波治加麻神社は、927年にまとめられた『延喜式』神名帳の「波治神社」に比定される神社です。また、伊豆諸島の創世神話を伝える『三島大明神縁起』、いわゆる『三宅記』に結び付く神を祀ると紹介されています。[5]
これは桜株と神社の直接の関係を示すものではありませんが、泉津という土地を理解する大切な背景です。海を渡る営みと、島々の成り立ちを語る神話。その間に、地域の人が見上げてきた木々があります。
桜株にも、かつてしめ縄が張られ、御幣が供えられたという伝承があります。さらに、花が早く散ることを海の荒れや不作の兆しと捉えていたとも記されています。これは気象予測としての正しさを述べる話ではなく、人が木の変化を暮らしの行方と重ねてきた歴史です。[2]
御神木・霊木への畏敬――人の時間を超える生き物に向き合う
日本には、大きな木や古い木に特別なものを感じ、御神木や霊木として敬ってきた文化があります。神社本庁も、木や岩、山や海などの自然に大きな力を見いだし、神を祀るようになったことを、神道の背景として説明しています。[6]
天然記念物という文化財としての位置付けと、御神木や霊木という信仰上の呼び方は、意味が異なります。それでも、人の都合だけで扱ってよいものではないと感じる心には、通じるところがあるのではないでしょうか。
私にとって古木への畏敬とは、立派さに圧倒されることだけではありません。傷み、空洞を抱え、姿を変えながらも生きる相手を前にして、自分の知識や経験だけで簡単に結論を出さない姿勢でもあります。
祖父母が見た木を孫が見上げる。誰かが守った木陰で、次の誰かが休む。そうした時間のつながりを想像すると、古木を残す意味は、樹齢や幹周の数字だけでは語りきれません。
一方、敬う気持ちと、必要な管理は両立させたいと考えています。触れないことが適切な場合もあれば、根の周囲の環境を見直したり、人の通る位置を工夫したりすることが、木と人の双方を守る方法になる場合もあります。大切なのは、その土地で木がどのように受け止められてきたかを聞くことから始める姿勢です。
島の桜が、全国の春とサクラ研究につながる
オオシマザクラは、伊豆諸島だけで完結する存在ではありません。森林総合研究所の研究では、栽培品種のソメイヨシノは、エドヒガンとオオシマザクラの交雑に由来する一つのクローンとされています。[7]
全国の公園や街路を彩る桜をたどると、島の野生の桜につながります。これは桜株そのものがソメイヨシノの直接の親木と判明したという意味ではなく、親となった樹種がオオシマザクラであるということです。
さらに2025年には、大島のサクラ株を試料として、オオシマザクラのゲノムを解読した研究が公表されました。この古木は、文化や景観の面だけでなく、サクラの多様性を理解する研究にも役立っています。[8]
2022年には、東京都と住友林業が組織培養によって増殖した桜株の苗木を、伊豆大島で植樹しています。今ある木を守りながら、その遺伝的なつながりも将来に残す取り組みです。[9]
古木の保全を、その一本の寿命だけで終わらせずに考える。こうした研究や後継樹育成の動きにも、樹木医として目を向け続けたいと思います。
伊豆諸島の樹木を、地域の皆様と未来へつなぐために
今回の伊豆大島での仕事と桜株の見学を通じて、伊豆諸島の樹木に関わるには、木の状態と土地の歴史を一緒に理解することが大切だと感じました。なお、今回の桜株への訪問は、大島の他の樹木診断の合間に伺った見学であり、当社がこの木の診断や保全事業を担当したものではありません。
私たちが今後、島々の樹木管理でお役に立ちたいのは、地域の方々が抱える「残したいけれど心配だ」という思いを、具体的な管理の選択肢につなげることです。
まず、葉や枝、幹、根元、周囲の土地の状態を確認し、これまでの変化を伺う。必要に応じて機器診断を組み合わせ、調査結果と判断の理由を分かりやすくお伝えする。そのうえで、剪定や生育環境の改善などの樹勢回復、経過観察などの方針を検討します。これは、当社が日頃の樹木診断でも大切にしている進め方です。[10]
離島では、訪問時の調査と、地域で続けられる観察をつなぐ仕組みも考えたいと思います。同じ位置から撮る写真や、枝葉の変化の記録を共有できれば、次回の調査で確かめるべきことが明確になります。地元で管理を担う皆様の経験を伺いながら、継続できる保全の形を相談していきたいと考えています。
株式会社トシ・ランドスケープは、伊豆大島をはじめ伊豆諸島での樹木診断の実績がございますので、古木・御神木の保全管理や樹勢回復についてのご相談を承ります。島の環境と管理体制に合わせ、私たち樹木医がどのようにお力になれるか、一緒に考えさせてください。
花のない8月、横たわった桜から伸びる若い枝を見ました。次の春の花を思いながら、木が生きてきた時間と、これから生きる時間の両方を支えられる仕事をしていきたい。サクラッカブを前にして、そう感じました。
株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊
参考資料・出典
歴史上の伝承は伝承として、樹齢は推定として記載。訪問時の観察・感想は提供原案に基づく。資料確認日:2026年9月12日。
- 文化庁「大島のサクラ株」:指定年、指定時の記載。https://online.bunka.go.jp/db/heritages/detail/201366
- 東京都教育委員会「大島のサクラ株」:特別指定、株の変遷、信仰と航海の伝承。https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/about/osima/cultural_property/oshima_list/oshimanosakurakabu
- 伊豆大島ジオパーク「桜株・オオシマザクラ」:位置、発根、1552年溶岩流とキプカの解説。https://izuoshima-geo.org/know/highlights/ecologicalsite/ecosite-5.html
- 大島町「桜株」:島内での位置付け、江戸時代の航海の伝承。https://www.town.oshima.tokyo.jp/soshiki/kankou/sakurakabu.html
- 伊豆大島ジオパーク「波治加麻神社」:延喜式神名帳への比定、三宅記に関わる神話。https://izuoshima-geo.org/know/highlights/culturalsite/bunkasite-9.html
- 神社本庁「神社について」:自然に神を見いだす信仰。https://www.jinjahoncho.or.jp/shinto/jinja/
- 森林総合研究所(2017)「‘染井吉野’など、サクラ種間雑種の親種の組み合わせによる正しい学名を確立」。https://www.ffpri.go.jp/press/2017/20170118/index.html
- 森林総合研究所(2025)「サクラ研究の新時代到来~オオシマザクラの完全ゲノム配列を公開~」。https://www.ffpri.go.jp/press/2025/20250204/index.html
- 東京都環境局(2022)「組織培養で増殖したオオシマザクラ『桜株』が里帰り」。https://www.kankyo1.metro.tokyo.lg.jp/naturepark/oshirase/20220317_sakuraproject1.html
- トシ・ランドスケープ「埼玉県内の伝統校 樹木医によるクスノキ2本の機器診断 ピカスで幹の内部を診る」:当社診断業務の進め方。https://toshilandscape.co.jp/archives/11034