国土交通省の全国倒木調査を樹木医が読み解く

「数字が語る、見えないリスク」──国交省の全国倒木調査を樹木医が読み解く

2026年の春、東京の桜が満開を迎えたまさにそのとき、都内で立て続けに倒木事故が起きました。

3月7日早朝、世田谷区の砧公園サクラの大木が根元から倒れ、散歩中の70代女性が下敷きになりました。翌8日には同じ公園内でヒマラヤスギが倒れ、駐車場の車両2台を直撃。さらに4月2日にも園内で再びサクラ倒木しています。同じ4月2日の早朝には、千代田区千鳥ヶ淵緑道でもソメイヨシノが根元から折れ、お堀側に倒れているのが発見されました。

いずれも、花見客で賑わう季節の出来事です。

今回、国土交通省が公表した倒木等による事故に関する全国調査のデータを改めて精読し、現場で木と向き合ってきた樹木医の視点から、いま何が起きているのかを整理してみます。

樹木の倒木等の事故発生状況

樹木の倒木等の事故発生状況

 

3年半で931件──都市公園で何が起きているか

国交省の調査は、令和3年4月から令和6年11月までの約3年半を対象としています。この期間に全国の都市公園で発生した倒木・落枝等の事故は931件うち77件が人身事故で、死亡事故も含まれています。道路においても801件(人身事故33件)が報告されており、合わせると1,700件を超えます。

年度ごとの推移を見ると、令和3年度の121件から令和5年度には316件へと、わずか2年で2.6倍に急増しています。令和6年度も11月時点で315件に達しており、増加傾向は止まっていません。これは「今年はたまたま台風や異常気象が多かった」という話ではなく構造的な問題の可能性があります。

 

最大の要因は「腐朽・病害」──風は最後のひと押しに過ぎない

倒木 要因別事故件数

倒木 要因別事故件数

931件の要因を分類すると、最多は「腐朽・病害」の298件(32%)、次いで「その他強風」260件(28%)、「台風」102件(11%)と続きます。

この数字から読み取れる点として、倒木は「風に倒された」のではなく、「すでに倒れる準備ができていた木に、風がきっかけを与えた」ということです。

砧公園の事故がまさにそうでした。報道によれば、倒れたサクラの根元には腐朽菌の痕跡が確認されています。ベッコウタケは根を腐らせ、地上部を支える力を奪っていきます。晩秋になるとキノコの子実体は消え、冬から春にかけては外見からの発見が難しくなる特徴があります。

つまり、3月の砧公園で起きたことは、何年もかけて進行した根株腐朽が、春先の雨で地盤が緩んだところに弱い風圧が加わり、根返りとして一気に顕在化した──そういう事故です。

「コナラ」「サクラ類」「ケヤキ」──被害の多い樹種に見える傾向

倒木 樹種別被害本数

倒木 樹種別被害本数

樹種別の被害本数を見ると、1位はコナラ2位がサクラ類3位がケヤキです。

コナラについては、被害樹木128本のうち57%でナラ枯れが確認されています。カシノナガキクイムシが媒介するナラ菌によって通水組織が破壊され、枯死した幹に腐朽菌が入り込んで材の強度が失われます。その連鎖が倒木に直結しています。

ナラ枯れ被害

ナラ枯れ被害

サクラ類の被害が多いのも見過ごせません。特にソメイヨシノは挿し木で増殖されたクローン品種であり、高度経済成長期に大量に植栽された個体が、今まさに樹齢60〜70年の老齢期に差しかかっています。砧公園の開園から約60年。千鳥ヶ淵ソメイヨシノも同様の時間を重ねてきました。

ソメイヨシノは一般にサクラ類てんぐ巣病への罹病性が高く、老齢化に伴い幹内部の腐朽が進みやすい樹種です。全国各地で「サクラの倒木」が相次いでいるのは、それらの要因に加えて、適切な管理や点検ができる技術者や予算の不足により、まさにこの世代の木が一斉に限界を迎えつつあるからかもしれません。

 

東京都179件──突出する首都圏のリスク

都道府県別事故件数 倒木

都道府県別事故件数 倒木

都道府県別の事故発生件数を見ると、東京都が179件と全国で突出しています。2位の埼玉県82件、3位の神奈川県76件と合わせると、南関東だけで337件。全体の36%を占めます。

東京都の179件のうち、最多の要因は「腐朽・病害」50件と「その他強風」35件ですが、「不明」が55件もあることに注目すべきです。原因が特定できていないということは、事故後の検証体制にも今後課題があるかもしれません。

人口と資産が極度に密集する都市部では、たった1本の倒木が通行人を巻き込み、交通を麻痺させ、建物を損壊するリスクが格段に高いといえます。

 

定期点検「未実施」59%──この数字の重さ

樹木 点検実施状況

樹木 点検実施状況

調査で最も深刻だと感じたのが、点検体制のデータです。

都市公園における定期点検を「実施」している自治体等はわずか40%。59%が「未実施」と回答しています。日常点検も、「月に1回未満」が32%を占め、「月に1回程度」の36%と合わせると、実に7割近い公園が月1回以下の頻度でしか樹木を見ていません。これには職員の方の不足や、予算的な面も影響しています。

日常点検の63%は自治体職員が担っています。もちろん、日々の巡回には大きな意義があります。ただし、樹木の内部腐朽やナラ枯れの兆候、根系の異常は、専門的な知識と経験がなければ見落としてしまう可能性があります。外注で定期点検を実施しているケースでも、専門技術者による実施を発注要件にしているのは65%にとどまり、35%は技術的要件を設定していません。

定期的に「見ている」ことと、リスクを「見抜いている」ことは、一致しないこともあります。

樹木医として、いま伝えたいこと

私たちが日々の現場で感じていることが、全国調査データによって裏付けされつつあります。

腐朽・病害最大の要因であること。サクラコナラなど特定の樹種にリスクが集中していること。そして、多くの緑地で定期的な専門診断が行うことが難しい現状があること。

砧公園や千鳥ヶ淵で起きた倒木は、決して特殊な事例ではありません。同じ条件を抱えた木は、全国の公園や住宅地、マンションの敷地などに無数に存在しています。高度経済成長期に一斉に植えられた木々が、同時期に老齢化する。この波はこれから何年にもわたって続く可能性が高くなっています。

木は痛みを訴えません。外から見て青々と葉を茂らせていても、内部が空洞化していることは珍しくありません。だからこそ、適切な時期に、適切な技術を持った人間が管理し、必要なタイミングで診断する必要があります。木槌による打診音の違い鋼棒による触診の感触ベッコウタケの子実体が出やすい初夏から晩秋の適期診断、診断機器(レジ、ピカス、アーボソニック3Dなど)を使用した診断など、こうした現場の手仕事が、事故を未然に防ぐ最後の砦になります。

台風シーズンを前に、樹木の状態を一度専門家の目で確認されることをお勧めします。

弊社では、街路樹や公園樹など公共の緑地や、社寺仏閣の御神木、マンション樹木の健全度診断から剪定・伐採などの管理の計画のご提案まで、安全を起点とした樹木管理のトータルサポートを行っております。お気軽にご相談ください。

データ出典:国土交通省「倒木等による事故に関する全国調査について」(令和3年4月1日〜令和6年11月7日)

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