2025年11月15日から17日に東京農業大学世田谷キャンパスで開かれた「樹木医学会 第30回大会」に参加し、最新の研究成果から現場の課題、気候変動によるリスク、地域ごとの特性、都市樹木管理の今後まで、多くの学びを得ました。研究と実務をどうつなぐかという観点から、当社の取り組みと今後の展望もまとめます。
先に答え
- 樹木医学会は、1995年9月に「樹木医学研究会」として発足し、1998年11月に今の名前になった学会です。会員は樹木医と研究者、技術者、学生で、2018年10月時点で約650名、2024年1月の会長挨拶では「六百数十名」です。
- 大会は毎年秋に開かれ、特別講演会と研究発表、翌日の現地検討会が行われます。学会誌「樹木医学研究」は年4冊発行されています。
- 第30回大会は2025年11月15日から17日に東京農業大学世田谷キャンパスで開かれ、特別講演会のテーマは「恩讐の微生物たち」でした。
- 大会で印象に残った沖縄県久米島の「久米の五枝のマツ」は、マツ材線虫病で2025年8月に枯死と診断され、2026年6月に国の天然記念物の指定の解除が答申されました。
樹木医学会とは──1995年に生まれた、樹木医と研究者をつなぐ学会
樹木医学会は、樹木の衰退の原因を調べ、診断・治療・予防の技術を開発する「樹木医学」の学会です。会則は、樹木の保護・管理などの研究を進め、自然環境の保全と生活環境の改善に役立てることを目的に掲げています。
始まりは1995年9月4日、東京農業大学で開かれた「樹木医学研究会」の設立総会です。初代会長は松井光瑤氏で、設立総会のシンポジウムでは、日本樹木医会の会長だった吉田光男氏も「樹木医の役割と活動について」講演しています。1998年11月に「樹木医学会」へ名前を改め、1999年9月に日本学術会議の学術研究団体に登録されました。
会員は、樹木医をはじめ、樹木学・造園学・土壌学・樹病学・昆虫学・樹木生理学などの研究者、技術者、学生で、2018年10月時点で約650名、2024年1月の会長挨拶では「六百数十名」とされています。同じ会長挨拶は、樹木医などの技術者と研究者を結びつける役割を学会と学会誌が担っているとしたうえで、「まだまだ不十分な点がある」とも書いていて、大会で共有された研究と現場のギャップは、学会自身の課題でもあります。
学会誌「樹木医学研究」と学会の表彰
学会誌「樹木医学研究」は1997年9月に第1巻が出て、今は年4冊発行されています。研究論文のほか、現場の症例を報告する「臨症事例」も載り、刊行から1年以上たった号は J-STAGE で無料で読めます。表彰は、樹木医学会賞・功績賞・奨励賞・臨症事例賞の4つです。設立30周年の記念には『樹木医学講座』全3巻(海青社)が出版されました。
(出典: 樹木医学会「樹木医学会の概要」「樹木医学会会則」「会長挨拶」「過去の大会」「学会誌」「歴代受賞者総覧」「設立30周年記念出版」)
樹木医学会・日本緑化センター・日本樹木医会の違い
「樹木医」の名が付く団体は混同されやすいので、整理しておきます。
| 団体 | どんな団体か | 始まりと人数 |
|---|---|---|
| 樹木医学会 | 研究者と樹木医がともに参加する学会、研究発表・学会誌・表彰 | 1995年9月に発足、会員約650名(2018年10月)、六百数十名(2024年1月) |
| 一般財団法人 日本緑化センター | 樹木医の資格を認定・登録する機関 | 樹木医制度は1991年度から、登録者は3,238名(2025年の資料) |
| 一般社団法人 日本樹木医会 | 樹木医の団体、都道府県ごとの支部で樹木の保全と普及の活動 | 1992年6月に設立、2009年7月に一般社団法人、正会員約2,400名 |
(出典: 樹木医学会「樹木医学会の概要」、日本緑化センター「樹木医制度」「参考資料(都道府県別樹木医登録者・更新者数)」(2025年)、日本樹木医会「日本樹木医会について」)
3つの団体は、樹木医の継続教育の仕組み「樹木医CPD」を共同で運営していて、第30回大会も樹木医CPDの認定プログラムでした。資格の中身は「樹木医とは──仕事内容・なり方・資格の取り方を、現場の写真で現役の樹木医が解説」にまとめています。
第30回大会の3日間──特別講演会・研究発表・現地検討会
第30回大会は、東京農業大学世田谷キャンパスの国際センター榎本ホールを主な会場に開かれました。大会運営委員長は本橋慶一氏(東京農業大学)、後援は日本樹木医会と日本緑化センターです。
| 日 | 主なプログラム |
|---|---|
| 11月15日(土) | 定期総会・授賞式、特別講演会「恩讐の微生物たち」 |
| 11月16日(日) | 口頭発表、ポスター発表(高校生ポスター発表を含む)、受賞講演 |
| 11月17日(月) | 現地検討会「街路樹を考える」(川崎市内と町田市内の街路樹の見学) |
(出典: 樹木医学会「第30回大会プログラム」「過去の現地検討会」)
特別講演会は、樹木に「なさけ」を与える微生物と「うらみ」を与える微生物の両面から、樹木と微生物の関わりを考える会でした。奈良一秀氏(東京大学)が外生菌根菌、大和政秀氏(千葉大学)がアーバスキュラー菌根、大園享司氏(同志社大学)が落ち葉の白色腐朽について講演しています。
1|基礎研究の深化と、診断技術の高度化
今年の大会では、
・病害の起点となる微生物の同定
・発病メカニズムの解析
・病原体の侵入条件の解明
といった基礎研究の充実を強く感じました。
症状 → 要因 → メカニズムへと丁寧に追う科学的姿勢は、私たち現場の樹木医にとって示唆に富む内容でした。
一方で、研究成果が現場の診断・管理に十分落とし込まれていない現状も共有され、研究と現場のギャップを改めて実感する場面もありました。

口頭発表の会場
2|温暖化が引き起こす新たなリスクと地域固有の課題
発表の中でも特に印象深かったのが、沖縄県久米島での天然記念物マツの枯死事例です。
-
亜熱帯気候により マツノマダラカミキリの飛翔期間が長期化
-
枯死木への シロアリの発生が早期化
-
限られた予算の中で危険木対応が優先され、予防策が十分に打てない状況
これらは、温暖化の進行により今後本州でも十分起こり得る問題であると感じました。
また、全国の樹木管理者の話からは、
-
松枯れが深刻な地域
-
ナラ枯れの拡大地域
-
土壌劣化が顕著な都市部
など地域固有のリスクが浮かび上がり、それぞれが異なる現実と向き合っていることが共有されました。
久米の五枝のマツのその後──天然記念物の指定の解除へ
大会で印象に残った久米島のマツは、国の天然記念物「久米の五枝のマツ」です。1997年7月28日に指定されたリュウキュウマツの巨樹で、樹高は6.2mですが、根元の幹回りは4.3m、低く広がる枝の下の面積は324㎡に及びます。18世紀初めごろに植えられたと伝えられています。
沖縄県教育委員会の報告によると、久米島では2021年夏ごろから松くい虫の被害が確認され、このマツには薬剤の樹幹注入や散布が続けられてきました。しかし2025年6月に感染が確認され、8月26日に枯死と診断されました。診断は日本樹木医会沖縄県支部の樹木医3名が行い、木は伐倒されることになりました(2025年9月の久米島町の発表)。大会の口頭発表でも、亀山統一氏・中村克典氏がこの枯死を報告しています。
国の文化審議会は2026年6月19日に指定の解除を答申し、滅失による解除は沖縄県では復帰後初めての例になる予定です。全国の状況は「マツ枯れの被害量は前年度の1.6倍に──2026年10月、全国の最新状況と山形県庄内の海岸林を樹木医が読む」に書いています。
(出典: 文化庁「文化遺産オンライン 久米の五枝のマツ」、沖縄県教育委員会「史跡の追加指定及び天然記念物の指定解除についての報告」、久米島町(2025年9月26日)、樹木医学会「第30回大会プログラム」)
マツ材線虫病(松くい虫被害)の仕組み
マツ材線虫病は、体長1mmに満たない「マツノザイセンチュウ」がマツの樹体内に入って起こる病気で、この線虫をマツからマツへ運ぶのが「マツノマダラカミキリ」です。林野庁によると、全国の被害量は2023年度に12年ぶりに増え、2025年度は前年度比163%の約63万m3でした。防除には、予防散布、健康な松への樹幹注入、枯れた木の伐倒とくん蒸・破砕・焼却があります(林野庁「松くい虫被害」)。
3|「木は必ずサインを出している」
大会全体を通して改めて感じたのは、
「木は必ずサインを出している」
という診断の根幹にある確信です。
どれほど技術が進歩しても、木と向き合う際に求められるのは、
-
科学的な裏付け
-
木が発する微細な変化を読み取る観察力
の両軸です。
研究で得られる知識と、現場で培われる観察眼を合わせることが、樹木医の仕事の中心にあると改めて感じました。

アーボソニック3Dによる機器診断
4|地域・行政・社会を巻き込み、都市の樹木文化を未来へ
温暖化リスク、外来生物、病害虫の拡大など、自治体が抱える課題は年々増加しています。
これらに対処するには、
-
科学データに基づく診断
-
地域への正しい情報伝達
-
行政・管理者との連携
-
予算確保に向けた社会発信
といった多層的な取り組みが欠かせません。
現場技術だけでなく、
「危機を正しく伝え、行動につなげるコミュニケーション力」
の重要性を強く実感しました。
5|株式会社トシ・ランドスケープとしての展望
職人の技と科学を、社会へつなぐ樹木管理へ
今回の学会で得た知見は、当社が掲げる理念と深く重なります。
私たちは、
などの科学的診断を活用しながら、剪定・伐採・植栽など現場の判断を往復し、都市の最前線から得られるデータを社会へ還元する企業を目指しています。
また、
-
早期診断・早期対策
-
土壌改善
-
外来生物対策
-
天然記念物・御神木・寺社林の保全
-
マンション植栽の長期管理
など、持続可能な都市樹木管理体系の構築に引き続き力を入れてまいります。

大会の要旨集と資料
6|同期生・諸先輩方との再会
今回の学会では、同期生や諸先輩方と再会し、多くの励ましやご指導をいただきました。この場を借りて改めて感謝申し上げます。
研究者・行政・技術者が向き合う課題の大きさを実感しつつ、
「都市の景観に付加価値を 人と都市をグリーンでつなぐ」
という理念のもと、これからも科学的で人間的な樹木管理を追求していきます。

会場の様子
近年の樹木医学会の大会と、第31回大会の予定
大会は毎年秋に、各地の大学などを会場に開かれます。第25回(2020年)と第26回(2021年)はオンラインでした。
| 回(年) | 会場 | 特別講演会・シンポジウム | 現地検討会 |
|---|---|---|---|
| 第27回(2022年) | 日本大学 | サクラの現在と未来 | 鶴岡八幡宮の大イチョウほか |
| 第28回(2023年) | 琉球大学 | 「木をまもる」を亜熱帯の島から考える | 沖縄の樹木、庭園・文化財とその管理 |
| 第29回(2024年) | 東京大学 | 都市に生きる樹木を守る | 新宿御苑と明治神宮外苑 |
| 第30回(2025年) | 東京農業大学 | 恩讐の微生物たち | 街路樹を考える |
| 第31回(2026年、予定) | 三重大学 | インサイド・ザ・ツリー:なぜその木は枯れ,倒れたのか?外来害虫・腐朽菌のアップデート | 鈴鹿市、津市の巨樹・古木 |
(出典: 樹木医学会「過去の大会」「過去の現地検討会」、各回の大会案内)
次の第31回大会は、2026年11月14日(土)から16日(月)に三重大学(三重県津市)で開かれる予定です。特別講演会では、森林総合研究所の3氏が、クビアカツヤカミキリ、腐朽診断と倒伏リスクの評価、腐朽菌の侵入の経路を取り上げます(「樹木医学会第31回大会のお知らせ」)。腐朽の診断と倒れるおそれの評価は、当社が樹木診断で日々向き合っているテーマです。
よくある質問(Q&A)
Q1. 樹木医学会とはどんな学会ですか?
A. 樹木の衰退の原因を調べ、診断・治療・予防の技術を研究する「樹木医学」の学会です。1995年9月に「樹木医学研究会」として発足し、1998年11月に今の名前に改め、1999年9月に日本学術会議の学術研究団体に登録されました。会員は樹木医や研究者、技術者、学生で、2018年10月時点で約650名、2024年1月の会長挨拶では六百数十名です。
Q2. 樹木医学会と日本樹木医会、日本緑化センターの違いは何ですか?
A. 役割が違います。一般財団法人日本緑化センターは樹木医の資格を認定・登録する機関、一般社団法人日本樹木医会は樹木医の団体、樹木医学会は研究者と樹木医がともに参加する学会です。3つの団体は、樹木医の継続教育の仕組みである樹木医CPDを共同で運営しています。
Q3. 樹木医学会の大会では何が行われますか?
A. 毎年秋に、定期総会と授賞式、特別講演会、口頭発表とポスター発表による研究発表、受賞講演が行われます。最終日には現地検討会があり、樹木や管理の現場を見ながら検討します。第30回大会の現地検討会のテーマは「街路樹を考える」でした。
Q4. 樹木医学会 第30回大会はいつ、どこで開かれましたか?
A. 2025年11月15日(土)から17日(月)に、東京農業大学世田谷キャンパスの国際センター榎本ホールを主な会場に開かれました。特別講演会のテーマは「恩讐の微生物たち」で、外生菌根菌、アーバスキュラー菌根、落ち葉の白色腐朽の3つの講演がありました。
Q5. 学会誌「樹木医学研究」は会員でなくても読めますか?
A. 刊行から1年以上たった号は、J-STAGE で無料で読めます。「樹木医学研究」は1997年9月に第1巻が出た学会誌で、今は年4冊発行され、研究論文のほか、現場の症例を報告する「臨症事例」も載っています。
Q6. 久米の五枝のマツはどうなりましたか?
A. マツ材線虫病(松くい虫被害)で枯れ、国の天然記念物の指定を解除する答申が出ています。2025年6月に感染が確認され、8月26日に枯死と診断されました。国の文化審議会は2026年6月19日に指定の解除を答申し、木は伐倒されることになっています(2025年9月の久米島町の発表時点)。
Q7. マツ材線虫病はどのように起こりますか?
A. 体長1mmに満たないマツノザイセンチュウがマツの樹体内に入ることで起こり、この線虫をマツからマツへ運ぶのがマツノマダラカミキリです。全国の被害量は2025年度に前年度比163%の約63万m3でした。防除には予防散布、樹幹注入、枯れた木の伐倒とくん蒸・破砕・焼却があります。
Q8. 樹木医学会 第31回大会はいつ開かれますか?
A. 2026年11月14日(土)から16日(月)に、三重大学(三重県津市)で開かれる予定です。特別講演会では、クビアカツヤカミキリ、腐朽診断と倒伏リスクの評価、腐朽菌の侵入の経路が取り上げられ、最終日は鈴鹿市と津市の巨樹・古木を巡る現地検討会です。
株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊
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