港区赤坂のとある境内で、樹木医を中心にケヤキの剪定に入っています。
先に答え
- 豊川稲荷東京別院(港区元赤坂)は、愛知県豊川市の豊川閣妙厳寺(正式名は宗教法人 豐川閣妙嚴寺)の直轄の別院で、曹洞宗のお寺です。大岡越前守忠相公が信仰した豊川稲荷のご分霊をお祀りし、明治20年(1887年)に現在地へ移りました。
- 今回の剪定は、奥の院へ向かう参道脇、身がわり地蔵のあたりのケヤキなどが中心で、高所作業車と、ロープで樹上に入るクライマーの両方で手を入れています。
- ケヤキはニレ科ケヤキ属の落葉高木で、普通は高さ20〜25mになります。東京都の計画書では、樹形を作り直すために主枝の途中で切り詰めた場合も、自然な姿に戻るまで5〜6年が必要です。
- ケヤキの剪定は、枝の付け根で切る、強く切り詰めない、その木らしい樹形を活かす、が基本の考え方です。
青山通りの車列を横目に山門をくぐると、空気の密度がすっと変わります。その感覚は、何度この場所に来ても同じです。赤坂御用地の深い緑を背に負い、赤い提灯がずらりと並ぶ境内。江戸の昔、名奉行として知られる方が三河から勧請した御分霊を屋敷に祀ったのが始まりと伝わります。文政の世に参詣所が設けられ、明治20年に現在地へ遷座しました。
関東大震災にも戦火にも遭いながら、そのたびに復興を遂げてきたこの境内。その傍らに立つ樹木たちもまた、ずっとこの土地の歴史を見てきたはずです。
豊川稲荷東京別院とは──大岡越前守忠相公ゆかりの曹洞宗の別院
この境内は、港区元赤坂の豊川稲荷東京別院です。豊川稲荷は正式名を「宗教法人 豐川閣妙嚴寺」とする曹洞宗の寺院です。公式サイトによれば、東京別院は大岡越前守忠相公が日常信仰していた豊川稲荷のご分霊をお祀りし、明治20年に赤坂一ツ木の大岡邸から現在地へ移転遷座しました。
始まりの時期について、日本歴史地名大系の「豊川稲荷」の項には、文政11年(1828年)に妙厳寺の荼枳尼真天の分霊を下屋敷内に勧請し、翌年から屋敷の外の一般の参詣にも応えた、とあります。
| 項目 | 資料にあること |
|---|---|
| 別院の位置づけ | 愛知県豊川市の豐川閣妙嚴寺(山号は圓福山)の直轄の別院 |
| お祀りしているもの | 鎮守・豊川ダ枳尼眞天 |
| 始まり | 大岡越前守忠相公が日常信仰していた豊川稲荷のご分霊 |
| 文政11年(1828年) | 分霊を下屋敷内に勧請し、翌年から一般の参詣にも応えた(日本歴史地名大系) |
| 明治20年(1887年) | 赤坂一ツ木の大岡邸から現在地へ移転遷座 |
(出典: 豊川稲荷東京別院 公式サイト、日本歴史地名大系「豊川稲荷」(コトバンク))
- 上から見下ろした境内と赤い幟
- 見上げたケヤキの枝
参道脇のケヤキを手入れする
今回手を入れているのは、奥の院へ向かう参道脇、身がわり地蔵が静かに佇むあたりのケヤキなどが中心です。
公式サイトの境内のご案内でも、身がわり地蔵は「奥の院けやきの木立の中に鎮座」していると紹介されています。
高所作業車のバスケットから境内を見おろすと、地上では気づけない景観が広がります。緑青をまとった本殿の屋根、その間を縫うように並ぶ赤い幟と提灯がみえます。これからまさに新芽を展開しているケヤキの枝越しに、それらの色彩が透けて見え、春の準備が静かに進んでいるのがわかります。
そしてそのすぐ向こうには、赤坂のオフィスビルと青山通りの車の流れ。聖と俗が近い都心の境内というのは、いつもこの距離感に驚かされます。
一枝ずつ、これから先の樹形をつくる
ケヤキの樹上では、クライマーがロープで体を預けながら一枝ずつ手を入れていきます。縮めなければならない枝はしっかりと剪定しつつ、込み合った枝を抜いて光と風の通り道をつくり、参道への干渉を整理します。
上から見ると、枝の骨格が手のひらを広げたように伸びているのがよくわかります。どの枝を残し、どの枝を抜くか。その判断が、これから先何年もの樹形を決めていきます。
高所作業車とクライマーを組み合わせる理由
高所作業車は、安定した足場から樹冠の外縁部の枝に届きやすい方法です。一方で、樹冠の内部や幹に近い構造枝の状態を確かめながら切るには、クライマーが樹上に入る必要があります。「上野寛永寺・輪王寺 樹木医によるクスノキ剪定」でも同じ考え方を書きました。参拝の方が多い境内での作業については、別の現場の記録「都内神社の御神木剪定」に、クライマーとグラウンドスタッフで声がけ確認を徹底して進める、と書いています。
- 高所作業車から見た境内の駐車場
- 境内のケヤキと周りのビル
- 剪定枝をチェーンソーで切り分ける
ケヤキという木──寺社の建築にも使われてきた落葉高木
ケヤキは、ニレ科ケヤキ属の落葉高木です。三重県林業研究所の解説によると、普通は高さ20〜25mで、高さ50m・直径5mに達する巨木もあります。樹冠は箒状、扇状に開いた形で、材は建築材、とくに寺社の建築に使われてきました。上から見た「手のひらを広げたような」枝の骨格は、この開いた樹冠の形です。
ケヤキの剪定で気をつけていること──切る位置、強剪定を避ける、樹形を活かす
枝の付け根で切る
東京都建設局の「街路樹維持管理計画書」が剪定の基本に挙げるのは、枝の付け根のふくらみ(ブランチカラー)を残してその直前で切ること、枝と幹の境目の樹皮の隆起(バークリッジ)を傷つけないことです。詳しくは「枝の付け根で切る──植木職人が付け根を読む目と、ブランチカラーを残す切り方(Where to Cut: Reading the Branch Base in Japanese Pruning Practice)」に書いています。
強く切り詰めない
埼玉県の「街路樹剪定マニュアル」には、ケヤキは成長が早く大樹になりやすく、強い切り詰めは切り口から腐朽する確率が極めて高い、とあります。東京都の計画書でも、樹形を作り直すために主枝の途中で切り詰めた場合は、切り口から多くの枝が萌芽し、自然な姿に戻るまで5〜6年が必要です。当社の「高木・特殊伐採&ケーブリング」のページでも、同じことをお伝えしています。
その木らしい樹形を活かして縮める
樹冠を小さくするときも、東京都の計画書は、目標とする樹形を定めて数年かけて縮小する方法を示しています(樹高25mのケヤキを18mへ縮めた例)。埼玉県のマニュアルの言葉を借りれば、短い枝へ切り替えて相似形に縮小し、「決して古枝部でブツ切の切り詰めはしない」となります。本文の「込み合った枝を抜いて光と風の通り道をつくる」手入れにも理由があり、枝の密度が高いまま育てると、ケヤキなどでは樹冠の内側の枝が枯れます(埼玉県のマニュアル)。
| 考え方 | マニュアルにあること | 出典 |
|---|---|---|
| 切る位置 | ブランチカラーを残してその直前で切り、バークリッジを傷つけない | 東京都 p.4 |
| 切り詰め | 強い切り詰めは、切り口から腐朽する確率が極めて高い | 埼玉県 6-2 |
| 樹形の作り直し | 主枝の途中で切り詰めて作り直す場合も、多くの枝が萌芽し、自然な姿に戻るまで5〜6年 | 東京都 樹種別剪定標準計画 ケヤキ |
| 縮め方 | 目標樹形を定めて数年かけて縮小、短い枝へ切り替えて相似形に | 東京都 p.6、埼玉県 5-15 |
| 枝の密度 | 密度が高いまま育てると、樹冠の内側の枝が枯れる | 埼玉県 4-5 |
(出典: 東京都建設局「街路樹維持管理計画書」(令和3年12月)、埼玉県「街路樹剪定マニュアル」(令和2年12月)、三重県林業研究所「ケヤキ」)
寺社の境内の大きな木を守る仕組み──港区の保護樹木
境内の大きな木を守る仕組みの一つに、区の保護樹木の制度があります。港区の保護樹木・樹林の指定では、地上1.2mの高さで幹の周囲が1.0m以上の樹木などが対象で、管理は所有者・管理者の責任で行います。区ごとの違いは「保存樹木・保護樹木とは──東京の区の制度の違い、所有者の管理と伐採の届け出、樹木医の診断を解説」にまとめています。
季節の異なる時間が重なる境内
ふと目を転じれば、境内の早咲きの桜が綺麗に咲いていました。赤い提灯、薄桃色の花弁、ケヤキの芽の膨らみ。ひとつの境内に、季節の異なる時間が重なり合うように在ります。
この場所の空気は、どこか凛として、それでいて懐が深い。そうした静けさのなかに身を置いて枝と向き合う時間は、私たちにとってもひとつのリチュアルのようなものかもしれません。
光の加減を整える仕事
枝を一本下ろすたびに、境内に差し込む光がわずかに変わります。
その光の加減、木漏れ日を、参拝に来られる方が心地よく感じてくださればと思います。
よくある質問(Q&A)
Q1. 豊川稲荷東京別院はお寺ですか、神社ですか?
A. お寺です。豊川稲荷は、正式名を「宗教法人 豐川閣妙嚴寺」とする曹洞宗の寺院です。東京別院は愛知県豊川市の豊川閣の直轄の別院で、お祀りしているのは鎮守の豊川ダ枳尼眞天です。「稲荷」の名から神社と思われがちですが、公式サイトではお寺として紹介されています。
Q2. 豊川稲荷東京別院と大岡越前には、どんな関係がありますか?
A. 東京別院は、江戸時代に大岡越前守忠相公が日常信仰していた豊川稲荷のご分霊をお祀りしています。公式サイトによれば、明治20年(1887年)に赤坂一ツ木の大岡邸から現在地へ移り、愛知県の豊川閣の直轄の別院となりました。
Q3. ケヤキはどのくらいの大きさになる木ですか?
A. 普通は高さ20〜25mになる落葉高木です。三重県林業研究所の解説によると、高さ50m・直径5mに達する巨木もあります。ニレ科ケヤキ属で、樹冠は箒状、扇状に開いた形になり、材は寺社の建築などに使われてきました。
Q4. ケヤキを強く切り詰めると、どうなりますか?
A. 切り口から腐朽が入りやすくなります。埼玉県の街路樹剪定マニュアルには、ケヤキの強い切り詰めは切り口から腐朽する確率が極めて高い、とあります。東京都の街路樹維持管理計画書でも、樹形を作り直すために主枝の途中で切り詰めた場合、自然な姿に戻るまで5〜6年が必要です。
Q5. 大きくなったケヤキを小さくするには、どうしますか?
A. 一度に強く詰めず、目標とする樹形を定めて数年かけて縮めます。東京都の計画書には、樹高25mのケヤキを18mへ縮めた例が載っています。埼玉県のマニュアルでは、短い枝へ切り替えて相似形に縮小し、古枝部でブツ切りの切り詰めはしません。
Q6. 寺社の境内の高木の剪定で、高所作業車とクライマーを組み合わせるのはなぜですか?
A. 届く範囲と、確かめられる範囲が違うからです。高所作業車は安定した足場から樹冠の外縁部の枝に届きやすい一方、樹冠の内部や幹に近い構造枝の状態を確かめながら切るには、クライマーが樹上に入る必要があります。この境内でも両方で手を入れています。
株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊
関連する記録
・上野寛永寺・輪王寺 樹木医によるクスノキ剪定
・都内神社の御神木剪定
・東京都内 神社 御神木剪定
・神社の御神木クスノキの剪定と土壌改良 ロープワークで小さく仕立て直し、参拝者の踏圧で固まった土を割竹挿入でほぐす
関連記事
・三保松原(みほのまつばら) 静岡県
・牧野植物園 高知県 樹木医四国巡り
・來宮神社の大楠(静岡県熱海市) 国の天然記念物・樹齢2,100年のクスノキを訪ねて
・トシ・ランドスケープの視点と取り組み
「高木・特殊伐採&ケーブリング」のサービス内容と、ご相談の窓口であるお問い合わせのページはこちらです。




























