2026年3月8日の正午ごろ、東京都世田谷区の砧公園で、大きなヒマラヤスギが倒れました。駐車場に停まっていた車2台に接触しましたが、幸いけが人は出ませんでした。
しかし前日の3月7日にも、同じ砧公園でサクラの高木が倒れ、歩行者が負傷する事故が起きたばかりでした。
同じ公園で2日続けて倒木が起きた——この事実は、「たまたま」と片づけてよい出来事ではないと感じています。
この記事では、樹木医として現地を確認し、写真や気象データをもとに「なぜこの木が倒れたのか」を考察します。現時点で公的な原因調査の結果は出ていないため、あくまで仮説としてお読みください。

倒れたヒマラヤスギの根元
先に答え
- 2026年3月8日の正午ごろ、砧公園でヒマラヤスギが倒れ、駐車場の車2台に接触しました。けが人は出ていません。前日の3月7日には、同じ公園でサクラが倒れ、歩行者が負傷しています。
- 木が倒れる背景には、木自体の衰弱、根と土の保持力の低下、風や雨などの外力の3つの条件の重なりがあります。
- 気象庁の東京の観測値では、ヒマラヤスギが倒れた3月8日は最大瞬間風速16.0m/sで雨はなく、前日の3月7日も12.3m/s、雨1.0mmでした。3月3日・4日の雨で土が水を含み、保持力が低下していたことが鍵と考えられます。
- 公的な原因調査の結果は出ていないため、あくまで仮説です。
木が倒れるとき、何が起きているのか
まず大前提として、木は「その日の強風だけで突然倒れる」ことは稀です。
多くの倒木事故の背景には、3つの条件の重なりがあります。
- 木自体の衰弱(幹や根の腐朽など)
- 根と土の保持力の低下
- そこに加わった風や雨などの外力
この3つが重なったとき、木は倒れます。国総研(国土技術政策総合研究所)の『街路樹の倒伏対策の手引き 第2版』(2019年)は、根返りへの抵抗力は植栽基盤の土と一体になった根から生まれ、根の切断・腐朽・伸長不良があると、その程度に応じて抵抗力が下がると整理しています。街路樹についての手引きですが、舗装や園路に囲まれた公園の木にも通じる考え方です。
今回のように根元から倒れる場合、原因は目に見える幹や枝ではなく、地下で起きていることの積み重ねにあると考えています。
「大荒れではなかった」のに、なぜ倒れたのか
ヒマラヤスギが倒れた3月8日、気象庁の「東京」の観測では、最大瞬間風速は16.0m/sで、雨は降っていません。前日の3月7日も、最大瞬間風速12.3m/s、雨は1.0mmでした。国総研の『街路樹の倒伏対策の手引き 第2版』によると、東京都の台風の事例では、最大瞬間風速がおよそ30m/sを超えると倒伏の被害本数が急に増えています。今回の風はその半分ほどで、台風でも大嵐でもありません。
では、なぜ大木が倒れたのでしょうか。
鍵を握るのは、その数日前の雨です。
| 日付 | 東京の降水量 |
|---|---|
| 3月3日 | 31.0mm |
| 3月4日 | 25.5mm |
| 3月7日(サクラの倒木) | 1.0mm |
| 3月8日(ヒマラヤスギの倒木) | 降水なし |
倒れた日に雨はなくても、その4〜5日前の3月3日・4日に、東京では合わせて56.5mmの雨が降っていました。国総研の手引きは、土の水分が多すぎると土の締まりが緩んで根の支持力が下がること、根の引き抜き試験では、水に浸して飽和させた土の抵抗力が自然の状態の約70%に下がったことを紹介しています。水を含んだ土に風が加わると、普段なら問題ない程度の力でも、倒木のきっかけになり得ます。
木にとって危険なのは、その日の風速だけではありません。「先に降った雨」と「当日の風」の組み合わせが、倒木を引き起こすことがあります。
現地で確認したこと
規制帯の外からの目視で確認できた範囲の話ですが、今回の倒れ方は「幹がポキッと折れた」のではなく、根元や根の塊(根鉢)ごとの破壊を伴うものに見えました。
根元周辺には支持根の断面が欠けているように見える部分や、土ごと持ち上がったような箇所がありました。健全な根がしっかり張っていた木の倒れ方には見えませんでした。
撤去作業後の状態も混じっているため、腐朽の種類や破壊の起点を断定することはできません。ただ少なくとも、地下で何かが損なわれていたことを疑うべき事例であるというのが、現時点での率直な見解です。

倒れたヒマラヤスギ。奥は駐車場
ヒマラヤスギという木の難しさ
ヒマラヤスギは公園でよく目にする大きな針葉樹です。広がりのある美しい樹形が魅力ですが、都市公園での管理には難しい一面もあります。
地上部が大きく育つほど、地下の支持力も必要になります。 ところが都市公園では、舗装・縁石・埋設物・人の踏み圧などが邪魔をして、根が十分に広がれないことがあります。見た目は立派でも、地下では根量が不足し、固定力が追いついていないケースがあります。
また、ヒマラヤスギは水はけの悪い土が得意ではない、というのが現場での経験です。土が長く湿った状態が続くと根が傷みやすく、根を支える力も下がります。今回の先行降雨による土の湿り気は、その条件に重なります。
補足として、苗木の段階についても触れておきます。今回の倒木を苗木の生産方法に結びつけることはできませんが、将来大木になる樹種では、苗木の根鉢の品質(根が放射状に出ているか、巻き根や偏根がないか)や、植えたあと根が外へ伸びられる条件が整っていたかが、後年の支えに影響する可能性があると考えています。植栽や更新の計画では、納品時に根鉢と根の状態を確かめておきたいところです。
倒木までの流れを整理すると
今回の倒木を時間軸で並べると、おおむね次のように読めます。
- 都市公園という制約の多い環境で、根が十分に広がれず、支持力が徐々に低下していた
- 3月3〜4日の先行降雨によって土壌が湿潤化し、根鉢の保持力と地盤の強度がさらに低下した
- 風荷重と大きな樹冠の重みが根元にかかり続け、根元側から倒伏した
台風のような極端な気象でなくても、地盤が緩んだ状態で大きな樹冠を持つ高木が外力を受ければ、それは倒木の十分な条件になり得ます。
2件の倒木を並べて見えてくること
前日のサクラとヒマラヤスギ、樹種は違いますが、どちらも同じ公園で近い時期に、地下部の問題を疑わせる倒れ方をしています。
2件を重ねると、個々の木の問題にとどまらず見直すべき点が浮かび上がります。
- 根が育つ土壌環境(植栽基盤)は十分か
- 排水は適切か
- 人の踏み圧や工事による根へのダメージはないか
- 管理の記録はどうなっているか
都市環境では、舗装・縁石・埋設物・周辺工事による根切りが、木が本来伸びたい方向への伸長を妨げます。根量が減って固定力が落ちます。さらに国総研の手引きは、根の切断などをきっかけに腐朽菌が材の中へ入る場合が多いと書いており、支持力がいっそう下がるおそれがあります。
日々の公園管理の中で点検や診断は行われていると思いますが、改めて公園全体を見渡した点検が必要だと考えます。
樹木医として、今できること
① 危険な場所から優先して診る
園路沿い・ベンチ周辺・遊具まわり・駐車場など、「もし倒れたら被害が大きい場所」から順に精査します。すべての木を同じ深さで診ることは現実的に難しいので、優先順位をつけます。
② 外観の確認と機器による内部診断を組み合わせる
まずは目視で、幹の傾き・枯れ枝・根元のキノコ・地面の陥没・根鉢の浮きなどを確認します。気になる木には、専用機器(レジ(Resi PD)や、ピカス・アーボソニック3Dなどの音響トモグラフ)で内部の状態も調べます。ただし機器の数値だけでは決めず、立地・樹種・土壌・利用状況を合わせて判断します。
③ 「木を支えている土」も診る
枝葉が元気に見えても、地下では根が十分に張れていないことがあります。幹の空洞や腐朽だけでなく、土壌の硬さ・排水性・踏み圧・根上がりの有無まで確認します。
④ 「切るか、残すか」の二択にしない
保存できる木であれば、樹冠を軽くする剪定・土壌改良・立入動線の見直しなどで、リスクを下げながら残す方法があります。一方で、根の腐朽が深刻で多くの人が利用する場所に立つ木は、景観的な価値が高くても「更新(植え替え)」の判断が必要になることもあります。
そのときは「なぜ危険なのか」「どう次の世代へ景観をつなぐか」まで、責任を持って説明できるよう努めています。
下の写真は、前日の3月7日に同じ砧公園で倒れたサクラの現場です(規制帯の外から撮影。詳しくは『東京都世田谷区砧公園のサクラ倒木(根返りを伴う倒伏)について 樹木医の考察』)。
- 倒れたサクラの根鉢
- 倒れたサクラと玉切りした幹
- 園路脇で倒れたサクラ
- 根鉢と幹の切断面
- 根株の破断面
- 根鉢から出た根
- 根鉢の裏側の根の断面
おわりに——木は「突然」倒れたわけではない
今回のヒマラヤスギが倒れたのは、おそらく突然のことではありませんでした。倒れる条件が、長い時間をかけて少しずつ積み重なっていたと考えています。
この事故は、都市緑化、都市公園の高木管理が抱える課題を改めて可視化したものだと受け止めています。
樹木医の仕事は、倒れてから理由を語ることではありません。倒れる前の小さな兆候を見つけ、診断し、残す手立てと更新の判断を重ねていくことです。
木の価値と人の安全——その両方を守りながら、都市の緑と共生する仕事をこれからも丁寧に続けていきたいと思います。
株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊
出典・参考情報
・TOKYO MX「2日連続で倒木…花見の名所・世田谷区の砧公園 専門家「この時期注意を」」(2026年3月10日)
・気象庁 過去の気象データ「東京」2026年3月(日ごとの値)
・国土技術政策総合研究所『街路樹の倒伏対策の手引き 第2版』(国総研資料 第1059号、2019年2月)
よくある質問
Q1. 木は、なぜ倒れるのですか。
木自体の衰弱(幹や根の腐朽など)、根と土の保持力の低下、そこに加わった風や雨などの外力の3つが重なったときに倒れます。その日の強風だけで突然倒れることは稀です。今回のように根元から倒れる場合、原因は地下で起きていることの積み重ねにあると考えています。
Q2. 大荒れではなかったのに、なぜ大木が倒れたのですか。
ヒマラヤスギが倒れた3月8日は、気象庁の東京の観測値で最大瞬間風速16.0m/s、雨は降っていません。前日の3月7日も最大瞬間風速12.3m/s、雨は1.0mmでした。ただ、3月3日に31.0mm、4日に25.5mmの雨が降り、土が水を含んで根を支える保持力が低下していたと考えられます。観測地点は千代田区で、砧公園付近の値ではありません。
Q3. ヒマラヤスギの管理は、なぜ難しいのですか。
地上部が大きく育つほど地下の支持力も必要ですが、都市公園では舗装、縁石、埋設物、人の踏み圧などで根が十分に広がれないことがあります。また、水はけの悪い土が得意ではないというのが現場での経験で、土が長く湿ると根が傷みやすく、保持力も下がります。
Q4. 現地では、何を確認したのですか。
規制帯の外からの目視で、幹が折れたのではなく、根元や根の塊(根鉢)ごとの破壊を伴う倒れ方に見えました。支持根の断面が欠けているように見える部分や、土ごと持ち上がった箇所もありました。撤去作業後の状態も混じるため、腐朽の種類や破壊の起点は断定できません。
Q5. 倒木を防ぐため、樹木医は何をしますか。
倒れたら被害が大きい場所から優先して診ます。目視で幹の傾きや根元のキノコなどを確認し、気になる木にはレジや音響トモグラフなどの機器で内部も調べます。土壌の硬さ、排水性、踏み圧、根上がりの有無も確認し、切るか残すかの二択にせず、剪定や土壌改良、更新まで考えます。
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※ 「レジストグラフ」は、穿孔抵抗測定器を指す通称として、日本の樹木診断の現場で広く使われています。ただし、RESISTOGRAPH® は RINNTECH 社(ドイツ)の登録商標で、当社が使用している「レジ(Resi PD)」は IML 社(ドイツ)の製品です。両者は製造しているメーカーが異なります。








































