2026年5月1日、小池百合子東京都知事が記者会見で発表した数字は、都市の樹木管理に関わる者にとって、やはり重いものでした。
都有施設、公園、道路、学校、庁舎などに存する、高さ3メートル以上の樹木、約80万本。それを4月末までに職員等の目視で一斉点検し、約14,000本(全体の約1.75%)に枯損・枝折れ等の異状が確認されたという速報です(5月15日の確報では約13,900本、約1.7%)。すべてに対して伐採・剪定・立入制限・注意喚起などの応急措置が実施済みとのことでした。
今回は、この一斉点検に至った背景と、点検結果をどう受け止めるべきか、樹木医としての考察を書きます。
先に答え
- 東京都は、都有施設の高さ3メートル以上の樹木約80万本を4月末までに一斉点検しました。5月15日の確報では、約13,900本(約1.7%)に枯損・枝折れ等の異状が確認されたと発表されています。
- 直接のきっかけは、世田谷区・砧公園での連続倒木です。気象庁の東京の観測値では、3月7日の最大瞬間風速は12.3m/sでした(観測地点は千代田区大手町で、砧公園付近の値ではありません)。
- 目視点検は「ふるい」です。根株腐朽など地下部や幹の内部の問題は、機器診断でなければ把握できません。
- 国土交通省は2026年3月30日に「街路樹点検の実施促進のためのガイドライン」を策定しました。対象は街路樹で、公園樹は別の指針によります。
なぜ一斉点検は行われたのか――砧公園と千鳥ヶ淵で起きたこと
直接的なきっかけは、世田谷区・砧公園での連続倒木です。
3月7日朝、高さ10メートルを超えるソメイヨシノが根元から倒れ、サイクリングコース付近を歩いていた70代女性が下敷きになり軽傷を負いました。翌8日にはヒマラヤスギが倒れて駐車場の車2台に接触。4月2日にはまたソメイヨシノが倒れ、4月7日夜にはコナラ2本が同時に倒れて車道を塞いだ。わずか1か月で5本以上の大木が、同じ公園の中で倒れています。
弊社ブログでも考察しましたが、3月7日の倒木で注目すべきは、最大瞬間風速がわずか12.3m/sだったことです。猛烈な風が吹いたわけではない。数日前の降雨(気象庁の東京の観測値で3月3日に31.0mm。観測地点は千代田区大手町で、砧公園付近の値ではありません)で土壌が緩み、根株内部に進行していた腐朽が、樹冠の重さと合わさって支持力を超えた。台風ではなく、ふつうの春の風と雨で、あの大きさの桜が根元から倒れたのです。
同じ4月2日には、千鳥ヶ淵緑道でもソメイヨシノが根元から倒れました。千代田のさくらまつりの最中でした。砧公園と千鳥ヶ淵という東京を代表する桜の名所で、わずか数週間のうちに同じことが起きた。「たまたま1本倒れた」では済まされないという空気が、一斉点検の決定を後押ししたのだと思います。
- 千代田区 桜 ソメイヨシノ 倒木
- 倒れたヒマラヤスギの根鉢。奥は駐車場
- 倒れたサクラの根鉢
砧公園の桜は何歳なのか
砧公園は1957年に公園として開園し、ファミリーパーク区画は1960年代半ばにオープンしています。ファミリーパーク開設期に植えられた桜でも樹齢はすでに約60年。しかし、園内にはそれよりずっと古い個体もあります。砧公園のソメイヨシノの一部は1935年に植栽されたとの記録があり、2026年時点で樹齢は約91年に達しています。
ソメイヨシノの寿命は「60年」と言われることがありますが、これはあくまで目安です。適切に手入れされた個体は100年を超えて生きている例も少なくありません。ただし、都市公園の桜は踏圧、根系の制限、排気ガス、病害虫といったストレスに常にさらされており、農村の一本桜とは条件がまったく異なります。樹齢の数字だけで危険度は測れませんが、加齢とともにリスクの性質が変わることは確かです。
公園協会は、日常巡回での目視確認に加え、専門の研修を受けた職員(樹木点検員)による点検を年1回以上(異常を発見した樹木は年4回程度)実施していたと説明しています。それでも防げなかったという事実が、この問題の根深さを物語っています。
東京だけの問題ではない――国交省の全国調査が示す数字
国土交通省の調査データは、これが東京固有の問題ではないことをはっきり示しています。
全国の街路樹(高木)は約720万本。2018年から2022年の5年間で、年平均約5,200本が倒木しています。うち約3,700本は台風などの災害時、残る約1,500本はそれ以外の要因によるもの。点検結果に基づいて伐採された本数は年平均約26,700本にのぼります。
さらに深刻なのが事故件数です。2021年4月から2024年11月までの集計で、都市公園における倒木・落枝事故は931件(うち人身事故77件)、道路では801件(同33件)。樹種の上位はコナラ、サクラ類、ケヤキ。コナラについてはナラ枯れ被害樹の倒木も含まれています。
都道府県別では、東京都が179件で全国最多。2位の埼玉県82件、3位の神奈川県76件を大きく引き離しており、南関東3都県だけで全国の36%を占めます。これは単純に樹木の本数が多いことに加え、利用者密度が高いから事故として報告される母数が大きいという側面もありますが、管理すべきストックの質と量に対して、管理体制が追いついていないことは明らかです。
- 樹木の倒木等の事故発生状況
- 樹木 点検実施状況
- コナラ類の被害樹木のナラ枯れの有無
- 都道府県別事故件数 倒木
- 倒木 要因別事故件数
- 倒木 樹種別被害本数
国土交通省が3月30日に策定した新ガイドライン
こうした状況を受けて、国土交通省は2026年3月30日、「街路樹点検の実施促進のためのガイドライン」を策定しました。定期巡回(徒歩などによる近接目視)をまだ行っていない道路管理者に向けて、点検の優先順位の考え方を3つの区分で示したものです。
区分Aは、過去5年間に倒木・落枝などの事故が起きた同じ路線かつ同じ樹種の街路樹、緊急輸送道路、通学路。区分Aについては、おおむね年1回の定期巡回を基本とするとしています。区分Bは、市街化区域内などの路線(市街化区域が無い自治体では、人通りの多い駅周辺・商店街・役場周辺などの路線)、過去5年間に事故が起きた同じ樹種の街路樹、おおむね幹周130cm(樹齢40年相当)以上のケヤキと、おおむね幹周170cm(樹齢40年相当)以上のサクラ類(ソメイヨシノ)。区分Cは、それ以外です。区分B・Cの点検頻度は、ガイドラインには示されていません。
通学路の街路樹に、おおむね年1回の定期巡回を基本とすると示したことの影響は、各自治体にとって小さくないはずです。ただし、このガイドラインは「街路樹」が対象であって、公園樹は別建ての指針(平成29年策定の「都市公園の樹木の点検・診断に関する指針」)によります。今回の東京都の一斉点検が、街路樹・公園樹・学校・庁舎の樹木を横断的に対象としたのは、制度上の縦割りを超えた取り組みとして注目に値します。
速報の約14,000本――その数字をどう読むか
全体の約1.75%に異状ありという結果を、多いと見るか少ないと見るか。
国交省データでは、点検後の伐採だけで年平均約26,700本。全国の街路樹高木720万本に対する比率で約0.37%/年ですから、今回の都の1.75%は一見大きく見えます。ただし、「異状あり」の定義が広い(枝折れ・枯損なども含む)こと、伐採対象だけでなく剪定や注意喚起で済むものも含まれていることを考慮すれば、妥当な数字の範囲内です。
むしろ気になるのは、この速報では施設別の内訳(公園・道路・学校・庁舎それぞれ何本か)も、応急措置の種別ごとの内訳(伐採が何本、剪定が何本)も公表されていないことです。「約14,000本すべてに応急措置済み」としか読み取れない。今後の追加発表を注視する必要があります。
- 幹の周りにセンサーを付けて測る
- ピカスの測定の準備。機材とノートパソコンを広げる
- 樹上でのアーボソニック3Dの計測
- 2人で樹上に上がってセンサーを設置
- アーボソニック3Dの測定
- 根元のキノコとアーボソニック3Dのセンサー
- 根元の近くで測定する樹木医
- アーボソニック3Dの3次元の解析画面
目視点検でわかること、わからないこと
目視点検は「ふるい」です。
樹木医の現場感覚として、怖いのはサクラ類の根株腐朽です。根株腐朽を起こす代表的な菌であるベッコウタケや、主に幹の腐朽を起こすコフキタケといった木材腐朽菌に侵されている場合、地上部にはしばらく明確な兆候が出ません。花が咲き、葉がつき、一見健全に見えるのに、根元の内部では支持力が致命的に低下している。砧公園の倒木はまさにその典型でした。
約14,000本の「異状あり」リストは、職員の目視で見えた範囲の問題を拾ったものです。地下部や幹内部で進行している見えない問題は、レジ(穿孔抵抗法)、ピカス(PiCUS)音響トモグラフィー、アーボソニック3Dなどの機器診断でなければ把握できません。今後の対応として「必要に応じて専門的な調査により健全度を把握する」と発表されていますが、この「必要に応じて」の運用次第で、点検の実効性はまったく変わってきます。
- 幹のセンサーと画面の断面画像
- 音波トモグラフの測定画面
- レジ(Resi PD)の本体
- 音波(左)と電気抵抗(右)の断面画像
- 境内の樹木での測定
- ピカスで測った木にレジを通す
倒木は「木の弱り」「根と土の弱り」「外力」の三重奏
砧公園3月7日のケースを振り返ります。
最大瞬間風速12.3m/s。極端な風ではありません。しかし、(1)サクラの根株腐朽、(2)3月3日の先行降雨(気象庁の東京の観測値で31.0mm)による土壌湿潤化、(3)樹冠の傾斜と重さと風の荷重。この三つが重なった瞬間に、木は倒れました。
「去年の台風で倒れなかったから大丈夫」という判断は、この三重奏を見落としています。外力が小さくても、木と土の条件が変わっていれば結果は変わる。それが樹木リスクの難しさであり、だからこそ定期的な診断と経年変化の把握が必要なのです。
「みどりのインフラ老朽化」という構造問題
今回の一斉点検を、もう少し広い視点で捉えてみます。
1964年の東京五輪、そしてそこに至る高度経済成長期。この時代に、東京の街路樹も公園の木も、大量に、一斉に植えられました。それから約60年。橋梁やトンネル、水道管の老朽化が社会問題になって久しいですが、同じ時代に植えられた木々も、同じ時間軸で老齢化しています。
東京都の街路樹は合計約100万本(2023年4月時点)。国交省東京国道事務所が管理する直轄国道沿線だけでも約15,000本で、イチョウ4,880本、プラタナス1,830本、ケヤキ940本。幹周90cm以上の「大径木」が増え続けています。コンクリートの構造物と違って、樹木は生き物ですから、いつ衰退が急速に進むか正確には予測できません。それでも、同世代の木が同時多発的に問題を起こす傾向は、統計的にはっきりしています。
今回の点検は「点」の対応です。本質的に必要なのは、「どの木を残すか」「どの木を負荷低減して維持するか」「どの木を計画的に更新するか」を整理する中長期の計画です。
AI活用への期待と、現場からの率直な実感
小池知事は会見で「AIも活用してより効率的・効果的な点検を実施する」と述べ、「点検をすればするほどデータが集まり精度が高まる」と続けました。方向性として異論はありません。ドローン空撮画像の樹冠解析、衛星リモートセンシングによる枯損木の抽出、LiDARによる樹形の3Dマッピングなど、技術的な可能性は広がっています。
ただ、現場の実感として言えば、現状でAI単独で樹木医の判断を代替できる段階にはまだありません。画像解析で枯枝や葉色の異常は検出できても、幹の内部腐朽や根系の健全度は画像だけではわからない。むしろ現実的なのは、AIで80万本の一次スクリーニングを行い、リスクの高い個体を絞り込んだうえで、樹木医が外観診断、機器診断を行うという二段階運用です。「人の眼×機械の眼」のハイブリッドが、当面の現実解だと考えています。
具体的な手法やスケジュールは、5月1日の発表では明らかにされていません。今後の展開を注視したいと思います。

樹木診断の機器一式
他の自治体から学べること
大阪市は平成30年度から令和6年度にかけて、健全度の低下した街路樹や根上がり木など約19,000本の伐採・植替えを計画的に進めました。ただし「本当に危険なのか」「剪定で残せるのではないか」と市民団体から強い反対があり、合意形成のあり方に課題を残しています。「危ないから切る」だけでは市民の理解は得られない。なぜ危険か、なぜ保存が難しいか、景観をどう次世代に継承するかまで説明する責任が、管理者には求められます。
日野市は2024年9月にイチョウの太枝落下で死亡事故が起き、その後市内全域の樹木再点検を実施しました。事故が起きてからでは遅いのですが、事故をきっかけに体制を変えたこと自体は前向きに評価できます。
海外では、パリが街路・公園・墓地・学校・外環状道路・森林を合わせて約48万本の樹木を管理しており、19世紀のオスマン改造以来の技術基準を継承しています。ロンドンでは交通局TfLが街路樹を含む多種のアセットを統合管理プラットフォームで運用しています。こうした「樹木を都市インフラとして一元管理する」発想は、日本の自治体にとっても参考になるはずです。
樹木医として、いま思うこと
約80万本を1か月で点検した東京都の対応は、評価したいと思います。これだけの規模の一斉点検は、私の知る範囲ではほかに聞いたことがありません。
しかし、点検はあくまで始まりです。約14,000本の異状木に対して、目視の先にある診断をどこまで実施できるか。同世代に一斉に植えられた木々の更新計画を、市民との対話を通じてどう策定していくか。そこが、この先の本丸になります。
株式会社トシ・ランドスケープでは、砧公園の倒木について発生翌日からブログで考察を発信し、テレビ朝日「サタデーステーション」やフジテレビ「Live News イット!」などでも解説をさせていただきました。国土交通省の全国倒木調査データの読み解きも、弊社ブログで公開しています。
都市の樹木は、景観であり、涼をつくる装置であり、生態系の基盤であり、そして適切に管理されなければ人を傷つける存在でもあります。その両面を見つめながら、樹木を長い時間をかけて育てていくものとして、一本一本と向き合っていく。それが、いま私たち樹木医に求められていることだと感じています。
よくある質問
Q1. 東京都の樹木一斉点検とは何ですか。
都有施設(公園、道路、学校、庁舎など)にある高さ3メートル以上の樹木約80万本を、4月末までに職員等の目視で一斉点検したものです。5月15日の確報では、約13,900本(約1.7%)に枯損・枝折れ等の異状が確認されたと発表されました。
Q2. なぜ一斉点検が行われたのですか。
本文は、直接のきっかけを世田谷区・砧公園での連続倒木と整理しています。3月7日にソメイヨシノが倒れて70代女性が下敷きになり、翌8日にはヒマラヤスギが倒れたと報じられました。これらを受けて、都有施設の樹木の一斉点検が行われました。
Q3. 強い風でもないのに、なぜ大きな桜が倒れたのですか。
気象庁の東京の観測値では、3月7日の最大瞬間風速は12.3m/sで、猛烈な風ではありませんでした。同じ観測値で3月3日に31.0mmの雨があり、土壌が緩み、根株内部に進行していた腐朽が、樹冠の重さと合わさって支持力を超えたと考察しています。観測地点は千代田区大手町で、砧公園付近の値ではありません。
Q4. 目視点検では、どこまで分かりますか。
目視点検は「ふるい」です。ベッコウタケなどの木材腐朽菌に侵されると、地上部にはしばらく明確な兆候が出ません。地下部や幹の内部の問題は、穿孔抵抗法(レジ)、ピカス、アーボソニック3Dなどの機器診断でなければ把握できません。
Q5. 国土交通省の街路樹点検のガイドラインとは何ですか。
2026年3月30日に策定された「街路樹点検の実施促進のためのガイドライン」です。定期巡回をまだ行っていない道路管理者に、点検の優先順位を区分A・B・Cで示しています。区分Aはおおむね年1回の定期巡回が基本で、公園樹は別の指針によります。
出典・参考情報
・東京都「都有施設における樹木の一斉点検の結果について(速報)」(2026年5月1日)
・小池知事記者会見(令和8年5月1日)
・国土交通省「街路樹の倒木に関する全国調査結果について」(令和5年12月12日)
・国土交通省「街路樹点検の実施促進に向けた新たなガイドラインを策定」(令和8年3月30日)
・国土交通省「倒木等による事故に関する全国調査について」(令和7年4月)
・株式会社トシ・ランドスケープ 関連ブログ記事:
「砧公園のサクラ倒木を樹木医が考察」
「千鳥ヶ淵の桜が倒木。砧公園でも再び倒木。樹木医が考える、東京の老齢サクラに起きていること」
「砧公園で4回目の倒木 樹木医として思うこと」
「国土交通省の全国倒木調査を樹木医が読み解く」
株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊
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・桜が「高齢化」 倒木懸念 テレビ朝日様 グッド!モーニング
「樹木診断」のサービス内容と、ご相談の窓口であるお問い合わせのページはこちらです。
※ 「レジストグラフ」は、穿孔抵抗測定器を指す通称として、日本の樹木診断の現場で広く使われています。ただし、RESISTOGRAPH® は RINNTECH 社(ドイツ)の登録商標で、当社が使用している「レジ(Resi PD)」は IML 社(ドイツ)の製品です。両者は製造しているメーカーが異なります。

































