埼玉県内の伝統校 樹木医によるクスノキ2本の機器診断 ピカスで幹の内部を診る

電子ハンマー 打撃 センサー 釘 ピカス

埼玉県内の伝統校で、創立当初から正門に立つと伝わるクスノキ2本を、樹木医が、音波樹木断層画像診断装置ピカスと、電気抵抗トモグラフィのトロニックで機器診断しました。幹周600cm近い大径木のため測定点を36点に増やした理由と、2つの画像を重ねて内部を読む考え方を、現場から報告します。

この記事の要点

・幹周600cm近いクスノキ2本を、各樹木2断面ずつ、診断機器ピカスの、トモグラフィ(音波)とトロニック(電気抵抗)の2種類のトモグラフィで診断しました。
・開発元の推奨する測定点間隔は約15〜40cm。幹周600cm近い樹木では12点だと約50cmになるため、36点(約17cm)に増やしました。音波の通り道は66本から630本に増えます。
・機器の画像は判断の材料であって答えではありません。外観診断と立地・樹種・管理履歴を重ねた総合判定を、報告書として学校にお渡しします。

 

創立当初から正門に立つ2本のクスノキ──学校と地域が守ってきた樹木

幹周はいずれも600cm近く。測定用のピンを1本ずつ打ちながら、あらためてその大きさを実感する一日でした。

この学校は明治期の開校から120年以上の歴史があり、2本のクスノキは創立当初から正門のあたりに立っていたと伝えられています。世代を超えて生徒たちを見守り続け、「川越景観百選」にも選ばれた、学校と地域の誇りとなっている樹木です。診断中、教職員やOBの方々からたくさんお声がけをいただき、この2本が皆様からどれほど愛されているかが伝わってきました。

樹高は20mを超え、定期的に剪定の手が入れられてきたことが、樹形にはっきりと表れています。樹木は立ち姿に環境と手入れの跡を残します。この2本の姿は、120年分の管理の積み重ねそのものだと感じました。

 

クスノキという樹種と、関東の内陸で大木に育った理由

クスノキ(Cinnamomum camphora)は、暖温帯から亜熱帯に分布する常緑高木で、国内では関東南部より西、四国・九州に見られます。成長が早く、樟脳の原料や公園の木として古くから各地に植えられてきたため、本来の自生地ははっきりしないとされています。当社の現場では、深く肥沃な土の場所ほどよく育つと感じます。暖かい地域の木が関東の内陸でこの姿まで育ってきたのは、台地上の深い土壌が長い歩みを支えてきたからだと考えています。埼玉県内では、越生町の「上谷の大クス」も、幹周り15m・高さ30mとされる県の天然記念物で、関東の内陸でもクスノキが大木に育つことを示しています。

出典: 森林総合研究所 九州支所「樹木図鑑 クスノキ」、東邦大学薬学部付属薬用植物園「クスノキ」、京都府レッドデータブック2015「クスノキ群落」、越生町「上谷の大クス」

幹周600cm近くという数字から逆算すると、直径はおよそ190cm。関東内陸でのクスノキの肥大成長を現場での経験から考えると、創立当初から正門のあたりに立っていたという伝承と矛盾しない大きさです。樹高20m超に対して直径約190cmという寸法は、細長い樹木に比べて力学的に安定した形でもあります。定期的な剪定で樹高と受風面積が抑えられてきたことが、この安定した姿につながっているのだと思います。

一方で、剪定を繰り返してきた大径木には、太枝の切断面からの腐朽や、萌芽枝の付け根の強度といった、外からは見えにくい課題が積み重なることがあります。だからこそ、幹の内部を一度きちんと画像で確かめておく意味があります。

 

ピカスとは何か──音波で幹の内部を画像にする、非破壊に近い診断

ピカス(PiCUS)とは、幹の周囲に打った多数の測定点の間を伝わる音波(応力波)の速さを計測し、幹の断面の内部を画像として可視化する音波樹木断層画像診断装置です。ドイツのIML Electronic社が製造・販売しており、当社ではレジ(Resi PD)と同じメーカーの機器として導入しています(PiCUS(ピカス)導入のお知らせ)。

原理は単純です。健全な材では音波が速く伝わり、腐朽や空洞があると音波はそこを迂回するぶん遅くなります。この速度の差を色分けして、断面の様子を1枚の画像に描き出します。測定はハンマーで測定点を軽く叩くだけです。

ピカス 音波 腐朽 空洞 迂回 健全 直進 原理 図解
図: 腐朽や空洞があると音は回り道をして遅れて届き、健全な材ではまっすぐ届く(イラストは当社作成)

ドリルで幹の内部まで穿孔するレジが「微破壊診断」と呼ばれるのに対し、ピカスは直径3mmに満たない細い釘を浅く打つだけですので、樹体への負担はごくわずかで済みます。大切にされているシンボルツリーや御神木のように、傷を最小限にしたい樹木ではこの点が大きな利点になります。当社では、まずピカスで断面全体を把握し、画像で気になった箇所があれば必要に応じてレジで確認する、という組み合わせを基本にしています。

 

なぜ測定点を12点から36点に増やしたのか

今回は各樹木につき高さの異なる2断面ずつ測定し、測定点を通常よく用いる12点から36点に増やしました。理由は幹の大きさです。

開発元のソフトウェアマニュアルは、測定点の間隔をおおむね15〜40cmに収めることを推奨しています。幹周600cm近い樹木を12点で測ると、間隔は約50cm。推奨の上限を超えてしまいます。36点なら間隔は約17cmで、推奨の範囲に収まります。ピカスはセンサーが12個の機種でも、ソフトウェアと併用すれば測定点を最大99点まで設定できる仕様になっており、大径木に合わせて測定点を増やすのは開発元も想定している使い方です。

幹周約600cmの幹に、測定点を何点並べるとどうなるかを表にしました。

測定点の数 点の間隔(幹周約600cm) 推奨の約15〜40cmとの関係 音波の通り道の本数
12点 約50cm 上限を超える 66本
24点 約25cm 範囲に入る 276本
36点(今回) 約17cm 範囲に入る 630本

(推奨の間隔: IML「IML Tree Inspection Manual」v1.1 8.3.1(PDF p.61)。間隔は幹周÷測定点の数、通り道は n×(n−1)÷2 で当社が計算。幹周と測定点の数は当社の診断の記録)

測定点を増やすと、音波の通り道の数も大きく増えます。測定点がn個あれば、通り道はn×(n−1)÷2本。12点では66本のところ、36点では630本になります。通り道が密になるほど、内部の欠陥の位置や形、大きさをより正確に描き出せますし、大径木や断面の形が整っていない樹木でも輪郭を忠実に捉えることができます。

ピカス 測定点 12点 24点 36点 音波の通り道 66本 276本 630本 図解
図: 測定点12点で66本、24点で276本、36点で630本の通り道(2点の組み合わせの数。当社作成の図)

もちろん、ピンを36本打ち、1本ずつ叩いていく手間は3倍になります。施工内容と費用のバランスはありますが、大径木の診断では、この手間を惜しまないことが画像の質にそのまま表れると考えています。

 

トロニック(電気抵抗トモグラフィ)で何が分かるのか──音波と電気を重ねる理由

トロニック(PiCUS TreeTronic)とは、幹内部の電気の通りやすさ(電気抵抗)の分布を画像にする電気抵抗トモグラフィ装置です。ピカスの測定で打った釘をそのまま使い、測定点に最大80Vの電圧を順に加えて、幹の内部に生じる電場の歪みから電気抵抗の分布を計算します。

木材の電気抵抗は、含水率や水に溶けたイオン、細胞の構造に大きく左右されます。腐朽が進んだ部分は水分が多く、電気が通りやすくなる傾向があります。このため、音波だけでは捉えにくい初期の腐朽や湿った領域を補って見ることができますし、亀裂の影響で音波の画像が不鮮明になった場合の読み解きにも役立ちます。

音波は材の力学的な性質を、電気は材の化学的な性質を映します。性質の異なる2枚の画像を重ね合わせることで、その領域が空洞なのか、腐朽なのか、それとも健全なのかという見立ての精度が上がり、残存壁厚(健全な材が幹の外周にどれだけ残っているか)をより正確に読むことができます。開発元も、欧米の研究でも、この2つを組み合わせて評価する方法が勧められています。

音波と電気抵抗が、それぞれ何を映すのかを表にしました。

項目 音波(ピカス) 電気抵抗(トロニック)
映す性質 材の力学的な性質(硬さや密度) 材の化学的な性質(水分や、水に溶けたイオン)
腐朽した所の出方 音が回り道をして、遅れて届く 水分が多く、電気を通しやすい(抵抗が低い)ことが多い
得意なこと 進んだ腐朽や空洞の広がり 初期の腐朽や湿った所、亀裂で音波の画像がぼやけたときの読み解き
測る釘 幹に打った細い釘 同じ釘をそのまま電極に使う

(出典: IML Electronic「PiCUS TreeTronic」製品ページ、IML「IML Tree Inspection Manual」v1.1、Yue ほか(2019)PeerJ 7:e6444)

なお、メーカーの説明書では、クスノキは、健全なときの電気抵抗が「外側が低く、中心が高い」模様になる樹種の一つに挙げられています(IML「IML Tree Inspection Manual」v1.1 8.8.6.1)。

ピカス トロニック 音波 電気抵抗 組み合わせ 読み方 腐朽 空洞 健全 表 図解
図: 音波と電気抵抗の組み合わせで見立ての幅を絞る。クスノキなど多くの樹種での目安(出典: IML Electronic「IML Tree Inspection Manual」v1.1 8.8.7.1 をもとに当社作成)

 

機器の数値だけで判断しない──樹木医の総合判定と報告書

ピカスやトロニックの画像は、判断の材料であって答えではありません。東京都建設局の街路樹診断等マニュアルでも、総合判定は外観診断の判定と機器診断による腐朽空洞率をあわせて総合的に行うものと位置づけられています。私たちも同じ考え方で、樹形、根元の状態、立地、土壌、管理履歴、そして生徒たちがどのように樹木のそばで過ごしているかまで重ねて判断します。

総合判定 外観診断 機器診断 腐朽空洞率 樹形 根元 立地 土壌 管理履歴 報告書 図解
図: 外観診断と機器診断をあわせた総合判定に、当社は樹形・根元・立地・土壌・管理の履歴・そばでの人の過ごし方を重ねて読む(総合判定の考え方は東京都建設局「令和3年度 街路樹診断等マニュアル」p.11・50。当社作成)

今回の解析結果は、断面画像と所見、今後の管理の考え方をまとめた報告書として、あらためて学校にご報告いたします。数値が出たからといって、すぐに「危険だから伐る」という話にはなりません。長く残すために何ができるかを先に考える。それが樹木医の仕事だと思っています。

 

学校・マンション管理組合・寺社の樹木診断について

株式会社トシ・ランドスケープのツリーリスクアセスメント部門(樹木診断)では、ピカス・トモグラフィ、トロニック、アーボソニック3D、レジ(Resi PD)を自社で保有し、樹木医が外観診断から機器診断、報告書の作成、その後の管理計画までを一貫して担当しています。ご依頼は、学校施設やマンション管理組合、寺社の御神木など様々です。樹木診断は全国対応しております。

シンボルツリーの内部が気になる、剪定の前に一度きちんと診ておきたい、といったご相談は、樹木診断のサービスページをご覧のうえ、お問い合わせフォームからお声がけをお待ちしています。

 

よくあるご質問(樹木診断・機器診断について)

Q. ピカスの診断は樹木を傷めませんか。

A. 直径3mmに満たない細い釘を樹皮の内側まで浅く打つだけで、測定後は抜き取ります。ドリルで穿孔するレジに比べて樹体への負担はごくわずかで、御神木や霊木、記念樹、天然記念物樹木のように大径木で、傷を避けたい樹木にも用いられています。

Q. ピカスとレジ(Resi PD)はどう違いますか。

A. ピカスは音波で断面全体を画像にする非破壊に近い診断、レジは細いドリルを差し込んで穿孔抵抗の変化を記録する微破壊診断です。ピカスで断面の全体像を把握し、気になる箇所をレジで確認する場合もある、という組み合わせが当社の基本的な進め方です。

Q. 幹が太い樹木でも診断できますか。

A. できます。今回のように幹周600cm近い樹木では、測定点を増やして推奨間隔(約15〜40cm)に収めます。ピカスはソフトウェア併用で最大99測定点まで設定できるため、大径木に適した診断方法です。

Q.  診断の結果はどのような形で受け取れますか。

A. 断面画像(音波・電気抵抗)、外観診断の所見、総合判定、今後の管理の考え方をまとめた報告書としてお渡しします。行政・自治体のご担当者様、管理組合の理事会や学校内でのご説明にそのまま使える形で作成しています。

 

長い年月の間、生徒さんたちを見守ってきた2本です。これからも安全に立ち続けられるよう、丁寧に診てまいります。

ご依頼をいただきありがとうございました。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊

 

関連記事(レジ・アーボソニック3D・ピカスによる樹木診断)

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※ 「レジストグラフ」は、穿孔抵抗測定器を指す通称として、日本の樹木診断の現場で広く使われています。ただし、RESISTOGRAPH® は RINNTECH 社(ドイツ)の登録商標で、当社が使用している「レジ(Resi PD)」は IML 社(ドイツ)の製品です。両者は製造しているメーカーが異なります。呼び名の違いは「レジストグラフ・貫入抵抗測定器とは何か」で説明しています。

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