都内の湾岸沿いの現場で、ヤマモモにチャドクガの幼虫がついているのを見つけました。一般にツバキ科の虫とされるチャドクガですが、登り込んで剪定していたクライマーが伸びた若い枝の先で数匹の幼虫と、葉の縁が茶色く食われた跡を見つけたのが、今回の出会いのきっかけです。
頭が橙色で、背中に黒い点が対になって並び、脇に白い線、白く長い毛。中齢のチャドクガの特徴とよく合っています。見た目の近いドクガの仲間もいるため断定は控えますが、まず間違いないだろうと見ています。
- チャドクガ 毛虫 ケムシ
- チャドクガ 毛虫 ケムシ
発生する樹種はツバキ、サザンカ、チャなど。私自身、長くそう理解してきました。今回の現場を通じて、その理解を少し改める必要がありそうだと感じています。あわせて、ここ数年都内であまり見かけなくなっていた感覚についても、この機会にあらためて整理しておきたいと思います。
「茶毒蛾」という名前の由来と、茶業を苦しめた歴史
チャドクガという和名は、お茶の木を加害する毒蛾として古くから知られてきたことに由来します。学名はEuproctis pseudoconspersa。ノルウェーの動物学者ストランドが1914年に記載した種です。近年は分類の見直しが進み、Arna pseudoconspersaという学名に整理する動きもありますが、ここでは従来から広く使われてきた呼び方で通します。分類上の科も、以前はドクガ科(Lymantriidae)とされていましたが、現在はヤガ上科の中のエレブス科(Erebidae)にまとめる扱いが一般的になっています。国内では本州(岩手県以南)・四国・九州に分布し、海外では中国・台湾・韓国などにも生息が確認されています。
この虫が茶業にとってどれほどの脅威だったかを示す記録があります。茶業技術研究誌に発表された南川(1952)の報告によれば、静岡県のある村々で、茶の生産量が30パーセント、あるいは38から53パーセントも落ち込んだとされています。今の感覚では驚くような数字ですが、殺虫剤による防除が広がった1960年以降、この規模の被害は沈静化していきました(南川・刑部 1979)。私たちが普段、庭木や生垣の害虫として扱っているこの虫が、かつては農業経営そのものを左右する存在だったという事実は、頭の片隅に置いておきたいところです。
もう一つ、記録として残っているのが、広島県の宮島(厳島)で1973年から1976年にかけて起きた大発生です(水田 1981)。詳しい被害面積までは私も原典を確認できていませんが、この大発生が終息した背景には、卵に寄生する小さなハチの働きが大きく関わっていたと考えられています。この点は後ほど触れます。
生態の詳細 ── 卵から成虫まで
チャドクガは年に2回発生します。春は4月中旬から6月頃、夏は8月から9月、時には10月頃まで続く年もあります。地域や気候次第で年3回発生することも知られています。卵は葉の裏に産みつけられ、雌成虫の尾端の毛で包まれた毛玉状の塊です。1つの卵塊にはおよそ百数十個の卵が含まれます。ふ化直後の1齢幼虫は毒針毛を持たず、2齢になって腹部に毒針毛が生じ始めます。
毒針毛の正体 ── なぜこれほど痒くなるのか
チャドクガの厄介さは、体表を覆う毒針毛にあります。長さは約0.1ミリ前後で、肉眼では見えません。毛には細かいトゲがあり、皮膚に刺さると抜けにくい構造です。終齢に近い幼虫1匹が持つ毛は、資料によって50万本程度とされます。世田谷区の資料では数百万本と説明されることもあります。毒成分にはタンパク質を分解する酵素やヒスタミンが含まれ、作用の仕組みはまだ十分に解明されていません。チャドクガの被害は、イラガのような刺刺すタイプとは異なり、接触直後より数時間後にかゆみが強まる点が特徴です。
厄介なのは、幼虫本体だけでなく、脱皮殻や繭、成虫、卵塊のすべてに毒針毛が付着している点です。風で飛散することもあるため、直接触れていなくても被害が出ることがあります。皮膚につくと数時間のうちに強いかゆみと赤い発疹が現れ、掻くと症状が広がり、2週間から3週間ほど続くこともあります。応急処置としては、粘着テープなどでそっと毛を取り除いたうえで流水と石けんで洗い流し、症状が強ければ皮膚科を受診するのが基本です。衣類に付いた毒針毛はタンパク質性で熱に弱く、50度以上の湯で洗うと壊れるとされています。

チャドクガ 毛虫 ケムシ
造園の現場でどう向き合うか ── 見分け方と駆除の判断
都市部の庭木としてはツバキやサザンカが数多く植えられているため、チャドクガは今も現場でもっとも注意を払う毛虫のひとつです。よく似た毛虫にモンシロドクガなどがいますが、モンシロドクガは頭部近くにY字型のオレンジ色の線があるのに対し、チャドクガにはこの模様がありません。加えて、チャドクガは若齢のうちに集団で頭をそろえて並ぶ習性がはっきりしており、群れ方と体表の模様の両方を見れば見分けがつきます。判断に迷うときは、写真だけで断定せず、実際に現場で確認するようにしています。
駆除は、卵塊のうちに葉ごと取り除くか、若齢で集団のうちに枝ごと切り取って密閉するのがもっとも安全で確実です。殺虫剤で幼虫を死滅させても、皮膚炎の原因となる毒針毛そのものは枝や葉に残るため、私たちは薬剤散布だけに頼らず、発生した枝を物理的に取り除くことを基本にしています。分散が進んでからの駆除は範囲が広がり手間も増えるので、早期発見が何より効果的です。
学校や公園、マンションの共用部でも、春先と夏の終わりにこの虫への注意喚起が毎年のように出されます。都市部でここ数年もっとも問題の大きい毛虫のひとつだという指摘もあり、私たちが植栽計画やその後の管理計画を立てる際も、ツバキ科を多用する場所ではこの虫の存在を前提に、剪定の時期や葉裏の点検頻度を組み込むようにしています。
ツバキ科だけではない、寄主植物の広がり
今回のヤマモモの件で気になり、あらためて海外の文献にもあたってみました。同じ種を「茶毒蛾」として扱う中国・湖南省林業局の資料には、寄主として油茶や茶樹のほか、柑橘、サクランボ、柿、ビワ、ナシ、ナンキンハゼ、アブラギリ、トウモロコシまで挙げられていました。ツバキ科を強く好む性質は変わらないとしても、科をまたいで食べる幅を、この虫はもともと持っているようです。特定の樹種にしか手を出さない狭食性の虫ではなく、好みの樹種が不足すれば別の選択肢に移れる、広食性に近い性質を持っているということだと理解しています。
思い返せば、以前カナメモチについているのを見つけたことがあり、そのときは何かの見間違いだろうと思っていました。今回の一件で、あながち間違いではなかったのかもしれないと思い直しています。日本でツバキ科ばかりに発生しているように見えるのは、庭や生垣にツバキ・サザンカが圧倒的に多いという、こちら側の環境の事情かもしれません。先日、樹木診断で伺った大島では、ツバキの生産が盛んで、街中にもツバキが数多く植えられていました。そしてそのツバキにも、やはりたくさんのチャドクガがついていました。
今回のヤマモモについても、卵からこの木で育ったのか、根元に植えられていたハイカンツバキから移ってきたのか、正直なところ判断はつきません。チャドクガの幼虫は終齢になるまで集団で暮らす性質があります。遠くから群れごと移動してきたとは考えにくいので、隣の枝から歩いて移ったか、この木に直接産卵されたかのどちらかだろうと見ています。葉裏にカスリ状の若齢幼虫特有の食害痕や、卵塊の抜け殻が残っていれば手がかりになるのですが、今回はそこまで確認できていません。
天敵に見る個体数の波 ── 宮島の大発生とウイルス、寄生蜂
先ほど触れた宮島の大発生について、もう少し具体的に書いておきます。鹿児島大学の田中ら(2013)による調査では、チャドクガの卵に寄生する小さなハチ、ドクガクロタマゴバチ(Telenomus euproctidis)が、調査した卵の24.0パーセント、卵塊にすると71.7パーセントに寄生しており、卵の死亡原因のじつに97.4パーセントを占めていたと報告されています。宮島の大発生が終息した背景にも、このハチの働きが大きかったとされています(水田 1981)。
このハチの生態も興味深いものです。荒木(あらき)らの研究(1995、Applied Entomology and Zoology誌)によれば、この寄生蜂の雌は、チャドクガの雌成虫の体、それも尾の先の毛の塊に便乗して移動し、宿主が産卵する場面に立ち会って、その卵塊に自分の卵を産みつけるという習性を持っています。宿主にただ寄生するのではなく、宿主自身を乗り物として使う、少し変わった戦略です。
もう一つの天敵が、核多角体病ウイルスと呼ばれる、この虫に特有のウイルスです。中国の研究チームによるゲノム解析(唐ら 2009、Virus Genes誌)では、このウイルスのゲノムは141,291塩基対、139個の推定される遺伝子領域のうち126個が近縁の他のウイルスと相同性を持つと報告されています。このウイルスは、茶園での生物的な防除にも実際に利用されてきました。近年はこの虫自体のミトコンドリアゲノムや染色体レベルのゲノム解読も進んでおり、性フェロモンを介した防除方法の研究にもつながっています。
チャドクガは、卵塊ひとつに百数十個という単位で卵を産みます。条件がそろえば爆発的に増える一方で、こうしたウイルスや寄生蜂によって、ある時点で急激に個体数が崩れることがある。増減の波が大きい虫だというのは、こうした生態から見ても納得できます。
東京都内でここ数年見なくなった理由を考える
もう一つ、気になっていることがあります。私の感覚では、ここ数年、東京都内の現場でチャドクガをほとんど見かけていませんでした。まとまった統計は見つけられなかったので、ここから先は仮説として書きます。
一つ目は、今お伝えしたウイルスや寄生蜂による自然な抑え込みです。宮島の例のように、この虫はもともと増減の波が大きく、たまたま今が低い時期に当たっている可能性は十分にあります。
二つ目は気候です。温暖化は昆虫の分布を北へ広げ、越冬時の生存率を高め、年間の発生回数を増やす方向に働くとされます。日本植物防疫協会の紀要に掲載された桐谷の報告などがこれを裏付けます。
三つ目は寄主そのものの減少です。生垣のツバキやサザンカは、毛虫が出ることを嫌って伐られる例が増えています。数を減らせば、その場ではチャドクガも減るはずです。ただし、寄主となる木自体が減っていくと、残った個体が別の樹種に手を伸ばす場面が増えるかもしれません。今回のヤマモモの一件は、その動きを示す一例なのかもしれません。
もう一つ付け加えるなら、都市部特有のヒートアイランドの影響もあるかもしれません。都心は郊外に比べて夏の夜間気温が下がりにくく、幼虫や蛹が休む間もなく高い温度にさらされ続けている可能性があります。これも裏づけとなる資料は見つけられておらず、あくまで現場からの見立てにとどめておきます。

チャドクガ 毛虫 ケムシ
ツバキ科がないから安心、とは言い切れなくなってきたように感じています。かといって、毛虫がいるからとすぐに伐採を選ぶのではなく、まずは枝ごとの切除や薬剤による駆除で対処し、木そのものを残す方法を優先して考えたい。それが樹木医としての立場です。
チャドクガひとつを取っても、名前の由来をたどれば明治から昭和にかけての茶業の記録に行き着き、生態を追えば寄生蜂やウイルスといった別の生き物との関係が見えてきます。目の前の現場の小さな違和感を、こうして歴史や研究にまでたどってみると、樹木を見る目そのものが少しずつ広がっていくように感じます。今後もこの動向は、現場に立ちながら気にかけていきたいと思います。チャドクガらしき毛虫を庭木や生垣、あるいは今回のように思いがけない樹種で見かけた際は、一度ご相談いただければと思います。同じような経験をお持ちの方がいらっしゃれば、ぜひ聞かせていただきたいです。
株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊
出典・参考情報
南川(1952)「茶業技術研究」6号(著者フルネーム未確認) / 南川・刑部(1979)「Insect pests on tea plants」ほか、CABI/Plantwise Euproctis pseudoconspersaデータシート
水田国康(1981)「宮島におけるチャドクガの大発生」広島農業短期大学研究報告6号/田中隆昌・坂巻祥孝・津田勝男(2013)鹿児島大学農学部演習林研究報告40号
荒木ら(1995)”Phoresy by an egg parasitoid, Telenomus euproctidis…” Applied Entomology and Zoology 30(4)
唐ら(2009)”Morphology and genome of Euproctis pseudoconspersa nucleopolyhedrovirus” Virus Genes誌/PubMed 19347664
中国・湖南省林業局「茶毒蛾防治」
世田谷区「チャドクガについて」/渋谷区「チャドクガの生態と対策」
桐谷圭治ほか、日本植物防疫協会『植物防疫』64巻/村井保、茨城県病害虫研究会報45号
Wikipedia「チャドクガ」(分類・形態の補助確認用)