巨樹はなぜ、神社やお寺に多く残っているのか。全国の巨木の半分以上は社寺の持ちものだと、環境省の調査は伝えています。神だから残ったのか、残ったから神になったのか。渋谷の金王八幡宮の涼しい木陰と、蒲生の大クスの静けさから考えます。

渋谷の街の音が、遠のいていく
子どもの頃、渋谷の金王八幡宮(こんのうはちまんぐう)は、遊びに行く場所であり、ふだんの通り道でもありました。例大祭や初詣のような行事のときにも出かけました。
境内に入ると、渋谷の街の音が遠のいていきました。木陰は涼しく、少し暗かった。いま思い返して浮かぶのは、特定の一本の樹木というより、境内の森全体の気配です。
子どもの私に届いていたのは、一本一本の樹木の姿よりも、樹木が集まってつくる空気のほうだったのでしょう。涼しさも、ほの暗さも、街の音が遠のいていく感じも、一本の樹木だけでは、なかなか生まれないものなのかもしれません。神社を囲むこうした森を、社叢(しゃそう)と呼びます。
金王八幡宮は、寛治6年(1092年)に鎮座したと伝わる神社です。境内には、シイノキやクスノキ、ケヤキ、イチョウなど、樹齢100年を超える大木が何十本も立っています。源頼朝が鎌倉から移させたと伝わる金王桜は、一枝に一重と八重の花が混じって咲く桜で、渋谷区の天然記念物になっています。

いま私は、その境内の高木に、ロープで登って枯れ枝を切らせていただく側にいます(渋谷区内神社 高木枯枝剪定作業)。子どもの頃に下から見上げていた森の中へ、仕事として登っていく。同じ森を、見上げる側から、手を入れる側へと立場を変えて見ていることになります。
大きさより、時間の長さ
2024年、九州で樹木医の研修に参加した折に、鹿児島県姶良市の蒲生八幡神社を訪ねました(蒲生八幡神社 蒲生の大クス 鹿児島県)。
日本一の巨樹といわれる大クスの前に立ったとき、私が感じたのは、大きさよりも時間の長さでした。苔や着生植物に覆われた幹は、しっとりとしていました。根元の大きな空洞を前にすると、あたりは静かでした。見上げると、枝が空を覆うほどに広がっていました。

姶良市の案内によると、この大クスの推定樹齢は約1,500年です。そして、1123年にこの地の初代領主が八幡神社を建てたときには、大クスはすでに神の木とされていた、と伝えられています。
同じ案内には、かつて境内に土を盛ったため、根元が2メートル近く埋もれていて、本当の根回りはもっと大きいと考えられている、とも書かれています。目の前に見えている姿は、この樹木のすべてではありません。土の下にも、まだ見えていない時間が埋もれています。
大きさは、目で見て測ることができます。けれども千五百年という時間は、どれだけ見上げても、目で測ることはできません。人の想像が届かないものを前にしたとき、体のほうが先に、静けさとしてそれを受け取るのかもしれない。あの日、大きさより時間の長さを感じたのは、そういうことだったのではないかと、いまは考えています。
神社が建つより前から、この樹木はそこに立ち、人々に神の木として見上げられていた。今回の問いの入口は、ここにあります。
巨木の半分以上は、社寺にある
環境省は、地上から約1.3メートルの高さで幹周りが3メートル以上ある樹木を「巨木」として、全国の数を調べてきました。2001年に公表された調査の結果では、全国の巨木のうち、およそ57%が神社やお寺の持ちものでした。信仰や言い伝え、祭りの対象になっている巨木も、全体の4分の1ほどあったといいます。都道府県別でいちばん多かったのは東京都でしたが、その多くは、奥多摩町や御蔵島村といった山や島の巨木です。
その一方で、1988年度の最初の調査から十年あまりのあいだに、1,660本の巨木が失われていたことも報告されています。枯れたもの、伐られたもの、なくなったもの。巨木は、放っておいても残り続けるものではありません。
この二つの数字を並べると、神社やお寺の境内が、樹木にとって伐られにくい場所だったことが見えてきます。境内の樹木は、神の木であり、社(やしろ)を囲む森でした。そこに斧を入れることを、人は長くためらってきたのだと思います。
神だから残ったのか、残ったから神になったのか
ここからは、私の解釈です。
二つの向きが考えられます。神の木だったから、伐られずに残った。あるいは、長く残っていたから、神の木になった。

蒲生の大クスは、神社が建ったときにはすでに神木でした。少なくともその時点で、大クスは「残っていたもの」だったことになります。そして神木とされてからは、伐られることなく、さらに九百年あまりを生きてきました。残っていたから神になり、神になったから、さらに残った。そう考えると、二つの向きは、どちらが先というより、互いを支え合ってきたように見えます。
前回、柳田國男が、高いものを立てたから神が憑くと考えたのか、神が高い樹に降りるという信仰が先だったのかは「容易に決しかねる」と書いていたことにふれました。ここでも同じことが言えそうです。信仰が先か、樹木が先か。おそらく答えは、そのあいだを行き来する長い時間の中にあるのだと思います。
樹木の側から見れば、ただ同じ場所に立ち続けてきただけです。その立ち続けた時間に、人が敬意を重ね、その敬意がまた樹木を守ってきた。時間と敬意が、互いを育ててきたのではないかと、私は考えています。
都市の小さな境内だけ、時間の流れが違う
渋谷駅のまわりでは、百年に一度とも言われる再開発が続いています。ビルが建て替わり、道のかたちが変わっていきます。そのすぐ近くで、子どもの頃に通った金王八幡宮の森が、いまも立っています。
境内に入ると街の音が遠のき、木陰が涼しく、少し暗かった。あの感覚は、いま思えば、時間の流れの違いを体で受け取っていたのだと思います。
都市の時間は、建て替えの時間です。数十年もすれば、街の顔はすっかり変わります。
建暦2年(1212年)に鴨長明が書き終えた『方丈記』は、「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず」と始まります。長明は続けて、都の家も昔からあるものはまれで、去年焼けて今年建て直したり、大きな家が滅んで小さな家になったりする、と書きました。八百年以上前の都もまた、建て替えの時間の中にあったのです。
けれども、境内の森も止まっているわけではありません。樹木は毎年葉を落とし、新しい葉を開き、枝を伸ばしています。入れ替わり続けながら、同じ場所に、同じ一本として立ち続けている。都市の建て替えと違うのは、その入れ替わりが、ゆっくりと、樹木の内側から起きていることなのだと思います。都市の小さな社叢は、街の中に残された、もう一つの時間の流れ方なのかもしれません。
木陰の涼しさや、街の音が遠のいていく静けさは、どんな統計にも数えられません。けれども子どもの頃の私にとって、それは確かにそこにあるものでした。都市の緑の値打ちの中には、こうした、数にならない時間の手ざわりが含まれているのだと思います。
残すと決めた人たちの時間
巨樹が残っているのは、樹木が長く立ち続けたからです。同時に、伐らずに残すと決めた人たちが、その土地に代々いたからでもあります。蒲生の大クスの九百年は、樹木の九百年であり、それを見上げ続けた人々の九百年でもありました。
2023年の夏、金王八幡宮の例大祭を前に、落ちそうな枯れ枝を取り除くため、境内の高木に登らせていただきました。祭りに集まる人の頭上を安全にして、森をそのまま次の祭りへと渡していく。いま思えば、あの仕事も、残すという長い営みの、ほんの小さな一部だったのだと思います。

あの空洞の前の静けさを思い出すと、そこには樹木の時間だけでなく、人の時間も積み重なっていたように思えてきます。残るということは、樹木だけの力ではなく、人と樹木がいっしょに続けてきた営みなのかもしれません。
残ったから神になったのか、神だから残ったのか。どちらとも言い切れないまま、私はまた、どこかの境内の木陰に入っていくのだと思います。
次回は、「山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)」という言葉はどこから来たのか、という問いから、草木にも心があるという考えをたどります。
株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊
出典・参考
・金王八幡宮「金王八幡宮について」 https://www.konno-hachimangu.jp/yuisho.html(寛治6年(1092年)の鎮座、金王桜。2026年10月8日確認)
・当社記事「渋谷区内神社 高木枯枝剪定作業 東京都渋谷区」(2023年8月16日) https://toshilandscape.co.jp/archives/8594
・当社記事「蒲生八幡神社 蒲生の大クス 鹿児島県」(2024年10月2日) https://toshilandscape.co.jp/archives/9179
・姶良市「シンボリックツリー/日本一の巨樹「蒲生のクス」」 http://www.city.aira.lg.jp/hisho/closeup/kamo-kusu.html(推定樹齢約1,500年、1123年の八幡神社建立のときにはすでに神木とされていたという伝え、盛土で根元が約2m埋もれていること。2026年10月8日確認)
・環境省 報道発表「第6回自然環境保全基礎調査『巨樹・巨木林フォローアップ調査』について」(2001年10月4日) https://www.env.go.jp/press/2887.html(所有者の約57%が社寺、信仰・タブー・祭の対象が約25%、都道府県別では東京都が最多で奥多摩町・御蔵島村が上位、前回調査から失われた巨木1,660本。2026年10月8日確認)
・環境省 自然環境保全基礎調査「巨樹・巨木林調査」 https://www.biodic.go.jp/kiso/13/13_kyoju.html(調査対象の定義。2026年10月8日確認)
・鴨長明『方丈記』(建暦2年) 青空文庫 https://www.aozora.gr.jp/cards/000196/files/975_15935.html(底本「國文大觀 日記草子部」。2026年10月8日確認)
・小川直之「神霊樹信仰の諸相 ― アジアの視点から ―」『東アジア文化研究』第7号、2022年 https://doi.org/10.57529/00001631(柳田國男「諏訪の御柱」の引用。2026年10月8日確認)
連載「樹木の時間 ― 御神木の前で考えたこと」
第1回 御神木の前に立つと
前回 第2回 樹木は、神そのものではなかった
第3回 残ったから、神になったのか(この記事)
次回 第4回 「山川草木悉皆成仏」は誰の言葉か(公開後にリンクを追記)









