AI樹木診断は海外でどこまで進んでいるか──シンガポール・英国・米国の事例と論文を樹木医が一次情報で読み解く

AI 樹木診断 車載レーザー 街路樹 台帳 樹木医

海外のAIによる樹木診断は、樹木台帳づくりと、多くの木から「気になる木」を絞り込む用途では実用の段階に入っています。一方、1本ごとの内部腐朽や倒木の危険度を最終的に判定するところまでは届いていません。論文と導入事例を一次情報で確かめ、樹木医として読み解きます。

海外の報道や企業の発表には、「AIで倒木を予測」「事故が85%減った」といった強い言葉も見かけます。そこで、2018年から2026年までの海外の論文と導入事例を集め、数字の一つひとつを論文の原文、政府の答弁、企業の発表まで戻って確かめました。確かめてみると、よく引用される数字の中にも、意味の取り違えや、根拠の見つからないものが混じっていました。この記事では、確かめられた事実だけを並べ、どこまでが研究の結果で、どこからが私の見立てかを書き分けます。

 

結論──AIは「広く浅く」、樹木医は「1本ずつ深く」

先に結論を書きます。海外でAIが成果を上げているのは、何万本という木を短い時間で調べ、台帳を作り、枯れた木や衰えた木の候補を拾い上げる仕事です。反対に、幹の中がどれだけ傷んでいるか、その木が倒れたときに誰に何が起きるか、伐るのか残すのかを決める仕事は、今も現地で木を見る樹木医やアーボリストが担っています。

AI 樹木診断 できること できないこと 樹木台帳 スクリーニング 内部腐朽 リスク判定 図解

AIが担い始めたことと、今も樹木医と精密機器が担うこと(海外の事例と論文をもとに当社作成)

この線引きは、私の感想ではなく、海外の研究者自身の書き方でもあります。後で紹介する論文の多くは、自分たちのAIを「予備調査向け」「概念実証」と位置づけ、学習と答え合わせに、音波トモグラフィの画像や伐った幹の断面、専門家の評価を使っています。AIの「正解」をつくっているのは、今のところ人と精密機器です。

 

海外の導入事例──どこで、何に使われているか

まず、自治体や公的機関、企業での使われ方を表にまとめます。数字の多くは企業自身の発表で、第三者が確かめたものは限られます。表では「誰の発表か」を必ず添えました。

国・都市など 何に使っているか 技術 公表されている数字 誰の発表か
シンガポール(国立公園局) 樹木調査・点検の記録と管理 LiDAR・デジタルの管理システム LiDARによる樹木調査で人手(人時)を85%削減(補助を受けた造園会社の例) 国立公園局の発表(2023年3月29日)
英国・グラスゴー市 アッシュダイバック(トネリコの病気)のリスク調査 車載カメラと画像AI 10kmの試験区間を市が現地で確かめ精度約84%、その後数週間で全道路を調べトネリコ13,000本超を特定 委託先 Mott MacDonald 社の事例紹介
イタリア・ローマ、米国・ミネソタ州プリマス市など 街路樹の台帳づくりと健全度の把握 車載LiDAR・画像とAI(greehill 社) 1本あたり70以上の指標、ローマで84,000本(試験事業の一部)、プリマス市で約40,000本 企業の発表と報道
スウェーデン・カールスタード市 都市樹木の台帳・被害の監視 ドローンとAI(Arboair 社) 1本18クローナ(従来の調査は150〜500クローナ) 市の発表(2024年7月15日)と企業の発表
韓国・釜山市 街路樹の生育情報の自動収集 車載LiDAR・高解像度カメラとAI 2026年5月から試験導入、中央大路など約8,000本 市の報道資料(2026年5月13日)と報道
北米の電力会社 送電線・配電線沿いの危険木の抽出 衛星画像とAI(AiDASH・LiveEO・Overstory 各社) 下の表を参照 企業の発表が中心

出典: 記事末尾の「出典・参考情報」の各資料をもとに当社作成

シンガポール──「85%」は事故ではなく、調査の手間の数字

海外の事例でいちばんよく引用されるのが、シンガポールです。ここで、数字の読み違いに気をつける必要があります。

国立公園局(NParks)が2023年3月29日に出した発表にある「85%」は、補助を受けた造園会社がLiDAR(レーザーで物の形を測る技術)で樹木調査をしたときに、人手(人時)が85%減ったという数字です。事故が85%減ったという意味ではありません。

一方、倒木などの事故そのものは、たしかに大きく減っています。国家開発省の国会答弁(2021年3月3日)によると、2000年の3,100件から2020年の339件へ、約9分の1になりました。ただし答弁は、これを6〜24か月ごとの定期点検、2016年11月からの幹周4m超の木の毎年の詳細点検、剪定、樹種の入れ替え、技術、アーボリストの育成を合わせた「総合的な樹木管理」の成果として説明しています。AIやセンサーのおかげで事故が減った、とは書かれていません。

シンガポール 国立公園局 NParks 倒木 事故 件数 LiDAR 85% 樹木調査 図

シンガポールの数字は、事故の減少と調査の手間を分けて読む(国家開発省の答弁と国立公園局の発表をもとに当社作成)

報道では、国立公園局の最高経営責任者(CEO)が事故の減少を語り、その一部が技術によると述べた記事もあります(The Register、2022年11月28日)。それでも、どれだけが技術によるのかは示されていません。「AIで事故が85%減った」と書くのは、一次情報に照らすと誤りです。

研究開発も進んでいます。南洋理工大学(NTU)は国立公園局と組み、幹から少し離して電波を当て、AIで幹の中の欠陥を判定する装置を開発しています。2024年11月14日の発表では、走査から判定まで3〜4分で、現場で使えるよう調整を続けている段階です。成績は後の「論文で分かったAIの実力」で紹介します。

グラスゴー──試験区間で市が確かめてから、全域へ

英国グラスゴー市は、トネリコの病気(アッシュダイバック)で道路沿いの木がどれだけ危なくなっているかを調べるため、車に載せたカメラと画像AIを使いました。委託先の Mott MacDonald 社の事例紹介によると、まず10kmの試験区間で調べ、その結果を市が自分たちの現地調査で確かめ、精度は約84%でした。そのうえで数週間のうちに市内の全道路を調べ、13,000本を超えるトネリコを見つけ、健全度と道路からの距離で分けています。

この進め方は、日本の自治体にもそのまま参考になると思います。いきなり全域をAIに任せず、短い区間で人が答え合わせをして、精度を数字で知ってから広げる。約84%という数字は、裏返せば16%ほどは人の目で直す必要があったということでもあります。

車載レーザーの樹木台帳──いちばん実用に近い分野

車にレーザー計測器とカメラを載せ、道路を走りながら街路樹の位置・樹高・幹の太さ・樹冠の広がりを記録する方法は、欧米と韓国で広がっています。ローマや米国ミネソタ州プリマス市の例、2026年5月に試験導入を始めた韓国・釜山市の例がこれに当たります。

車載レーザー LiDAR 街路樹 樹木台帳 点群 計測車 ケヤキ イラスト

車に載せたレーザー計測器で、走りながら街路樹の形を記録する(イラストは当社作成)

当社も、手で持って歩くタイプの3Dレーザースキャナーで樹木を計測しています(3Dレーザースキャナーで樹木を計測 点群データと樹木管理)。点群は、樹高や枝張り、木の位置を短い時間で記録できる一方、幹の中の腐朽までは写りません。台帳づくりの道具としては大きな力になりますが、診断そのものとは分けて考えています。

送電線沿いの危険木──いちばん商業化が進んだ分野

北米では、送電線・配電線の近くに伸びる木や、倒れ込むおそれのある木を、衛星画像とAIで探すサービスが広がっています。何万kmもの線沿いを、人の巡視では追いつかない頻度で見られることが強みです。ただし、公表されている数字のほとんどは企業自身の発表です。

企業 内容 公表されている数字 確かめられ方
AiDASH(米国) 衛星画像とAIで、線に近づく木・倒れ込みの危険を予測 135〜140を超える電力会社が利用(2025年8月の発表) 企業の発表
AiDASH の試験調査 Tulane 大学ロースクールの研究部門(UVMI)による現地での答え合わせ(米国南東部の配電線54.3マイル、1,076径間) 側方から伸びる枝の判定97%、通常の点検で見つからなかった危険な接触55件(約1マイルに1件) 大学の研究者による検証(ただし AiDASH の寄付で行われ、要約は同社のサイトで公開、全文は未刊行)
LiveEO(ドイツ) 衛星画像で送電線沿いの植生を解析 米国の架空送電線574,000マイルを解析(2021年の発表) 企業の発表
Overstory(オランダ・米国) 衛星画像とAIで1本ごとの植生のリスクを評価 4,300万ドルを調達、南北アメリカの大手電力10社のうち6社が利用 企業の発表

出典: 各社の発表、Tulane University Law School UVMI の要約(2023年)をもとに当社作成

電力の分野でも、伐る前には人が現地を見ます。衛星で疑わしい区間を見つけ、現地で確かめてから作業する。この順番は、街の木の管理でも変わらないと考えています。

 

論文で分かったAIの実力──数字の「条件」を読む

次に、査読を経た論文で、AIがどこまでできるようになったかを見ていきます。論文の数字は、試料の条件によって大きく変わります。ここでは、数字と一緒に「何を、どんな条件で」測ったのかを書き添えます。

幹の中の腐朽──研究室では高く、生きた木ではまだ少数の試験

研究 何を調べたか 方法 結果 条件・限界
Hrdina・Surový 2023(チェコ) 根元の内部腐朽の有無 写真とスマートフォンのLiDARで作った3D点群をAI(PointNet)で分類 正解率 針葉樹65.5%・広葉樹58.4%・混合57.7% 正解は音波トモグラフィ、著者は予備調査向けと位置づけ
Qian ら 2024(シンガポール・NTUと国立公園局) 幹の中の欠陥 幹から10cm離した電波(0.5〜4GHz)の画像をAIで判定 伐った幹で最良96.88%、5分割の平均91.38% 学習はアンサナの伐った幹20本/生きた木は空洞のある1本で4方向中3方向を検出、健全な4本では誤報18.75%
Qiu・Lau 2024(中国・香港) 幹の表面の穴と亀裂 ドローンの画像をAI(YOLOv7-tiny と DeepLabv3+)で検出・計測 大きさの推定精度 平均92.62% 表面の欠陥だけ、検出はリアルタイムだが計測は地上で処理
Saurio ら 2026(イタリアほか) カサマツの樹冠の枯れ下がり ドローンの多波長画像と Google ストリートビューをAIで判定 AUC ドローン0.906・ストリートビュー0.834 111本・1樹種の概念実証

出典: Remote Sensing 15(24):5712、IEEE TGRS 62:5106915、Forests 15(8):1374、Urban Forestry & Urban Greening 126:129707 をもとに当社作成

チェコの研究の正解率57.7〜65.5%は、外から見た形だけで中の腐朽を当てることがどれだけ難しいかを示しています。著者たちも、全部を同じ答えにしても約6割は当たる水準に近いと読める数字で、精密診断の代わりにはならないと位置づけています。

シンガポールの電波とAIの研究は、伐った幹で9割を超えました。ただ、生きた木での試験は空洞のある1本と健全な4本だけで、空洞のある木では4方向のうち1方向を見逃し、健全な木では16回の測定のうち3回を「欠陥あり」と判定しています。将来が楽しみな技術であることと、まだ現場で使える段階ではないことの、両方が読み取れます。

AI 精度 研究 伐った幹 生きた木 マツ材線虫病 早期 点群 内部腐朽 正解率 図

AIの成績は、条件が現場に近づくほど下がる。研究ごとに指標が違うので横には比べない(各論文をもとに当社作成)

腐朽を起こすキノコ(腐朽菌)の見きわめや、レジ(Resi PD)のような穿孔抵抗の波形をAIで読む研究も探しましたが、生きた街路樹で確かめた査読論文は、今回の範囲では見つかりませんでした(無いと断定するものではありません)。レジの波形の読み方は樹種ごとの材の性質を知っていることが前提で、AIで扱うにも樹種ごとの学習データが要ると考えられます。

病害虫──マツ材線虫病は研究が多く、早い段階はまだ難しい

画像AIの研究がいちばん多いのは、マツ材線虫病です。日本で「松枯れ」「松くい虫被害」と呼ばれているのと同じ病気で、林野庁によると、令和7年度の全国の被害量は約63万m³、前年度の163%でした(マツ枯れ 2026年10月の全国最新状況)。中国・韓国の研究成果は、日本の海岸林や公園のマツの管理にも参考になります。

ドローン マツ材線虫病 松枯れ クロマツ 被害木 検出 AI 樹木医 イラスト

ドローンで上空から撮り、葉の色が変わったマツをAIが拾い出す(イラストは当社作成)

研究・取り組み 方法 結果 条件・限界
Yu ら 2021(中国) ドローンの多波長画像とAI 正解率 Faster R-CNN 60.98〜66.7%、YOLOv4 57.07〜63.55% 早い段階の木は42.36〜44.59%(広葉樹を考えに入れると46.08〜48.88%)
Xu ら 2024(中国) 改良したYOLOv8 感染木の検出 mAP@0.5 89.1%、再現率93.1% 葉の色が変わった木の検出
Ye ら 2023(中国・南京) 軽いAI(PWD-YOLO) mAP@0.5 87.7% 一般向けのドローンに載せやすい/混交林など背景が複雑な場所が課題
Liu ら 2024(中国・広東省) 普通のカラー写真から多波長の情報を推定 健全か罹病かの判定 77% 1か所・320本、カラー写真だけでは約50%
福岡市の実証(2025年) ドローンとAIで被害木を判定 AIが判定した92か所のうち、市の目視調査の39か所と一致したのは11か所 市の実施報告書による
Valicharla ら 2023(米国) ドローンとAIでエメラルドアッシュボーラー(トネリコを枯らす甲虫)の被害木を検出 AP50 0.789、mAP 0.542 秋の画像と小さな木で失敗

出典: Forest Ecology and Management 497:119493、Ecological Informatics 84:102846、Plant Phenomics 5:0129、Frontiers in Plant Science 15:1453761、福岡市「ドローンによる松くい虫被害調査」実施報告書(2025年12月)、Plants 12(4):798 をもとに当社作成

葉の色がはっきり変わった木なら、AIは9割近くを拾えるようになっています。ところが、症状の出始めた早い段階の木になると、正解率は40%台まで下がります。秋の画像で失敗したエメラルドアッシュボーラーの研究も含め、季節や樹種、背景が変わると精度が落ちるのは、どの研究にも共通する課題です。

福岡市の実証は、日本の現場の数字として貴重です。AIが「被害の疑い」とした92か所のうち、市の目視調査と重なったのは11か所でした。AIは人より多くの候補を挙げ、その中から本物を見分ける仕事が人に残る──現場での使われ方を、よく表した結果だと思います。なお、ナラ枯れについては、ドローンや衛星で被害を把握する研究や、AIを使った実証は始まっていますが、精度を示した深層学習の論文は今回の調査では見つかりませんでした。

倒木の予測──データのある範囲では働くが、ほかの地域に広げた検証は少ない

倒木を機械学習で予測する研究もあります。米国の Kabir らの研究(2018年)は、嵐のあとの倒木の記録で8つの手法を比べ、複数の手法を組み合わせたモデルが最もよく当たると報告しました。イランの研究者らによるスズカケノキ属(Platanus orientalis)500本の研究(2022年)では、12の項目を使ったモデルの正解率が97.5%で、効いた項目は土の深さ、亀裂と空洞、風からの守られ方でした。

ただ、どちらも1回の嵐、1つの樹種のデータで作ったモデルです。ほかの地域・樹種・気象に当てはめてどれだけ当たるかの検証は、ほとんど見当たりません。倒木は年に何度も起きるものではないため、学習に使える実例が集まりにくいことも、この分野の難しさです。

日本のデータを使った研究もあります。横浜国立大学の片山さんらの論文(Scientific Reports、2026年)は、首都圏の大学キャンパスで2019年の台風15号のあとに倒れた28本の記録を使い、幹の太さと樹高から30年に一度の暴風での倒木の確率を推定しました。台風15号の倒木を予測した成績はAUC(1に近いほどよく当たる)で広葉樹0.94、針葉樹0.77で、背の高い外来樹と針葉樹ほどリスクが高いという結果です。AIではありませんが、日本の実データで倒木のリスクを数字にした例として参考になります。国内の倒木の全体像は、国土交通省の全国倒木調査を樹木医が読み解くで紹介しています。

 

外から見ただけでは、幹の中は分からない

AIの話から少し離れて、診断の基本に戻ります。エストニアの研究者らは、ドイツトウヒ50本で、外から見た「重い欠陥」の評価と、伐った後の切り株の腐朽を比べました(Forests、2022年)。結果は、目で見た評価と実際の腐朽には、統計的に意味のある関係がありませんでした(p=0.651)。一方、ピカス(音波トモグラフィ)の結果と切り株の腐朽には、はっきりした関係がありました(p<0.001)。

内部腐朽 空洞 幹の断面 外観 見えない 樹木診断 精密診断 サクラ イラスト

外から見ればそっくりな2本でも、幹の中は大きく違うことがある(イラストは当社作成)

林の木を対象にした研究なので、街路樹にそのまま当てはめることはできません。それでも、外観の画像だけで内部腐朽を当てるAIの成績が伸び悩む理由と、同じところにあると考えています。外観から得られる情報には、もともと限りがある。だからこそ、外観診断で「中を調べるべき木」を選び、ピカスやアーボソニック3D、レジで確かめる手順が要ります。3つの機器の違いは、ピカス・アーボソニック3D・レジを同一木で比較で詳しく書きました。

 

人の評価にもばらつきがある──資格と経験の意味

AIに期待が集まる理由の一つは、人の評価が人によって違うことです。この点についても、海外ではしっかりした研究があります。

樹木 リスク評価 評価者 ばらつき 同じ木 判定 樹木医 イラスト

同じ木を見ても、評価する人によって判定が割れることがある(イラストは当社作成)

  • 米国の Koeser・Smiley の研究(2017年)では、296人のアーボリストが3本ずつ木を評価しました。同じ研究グループの後の論文の要約によると、総合的なリスクの評価には、評価する人の違いが、木そのものの違いの約4倍効いていました。
  • 米国・カナダの評価者702人を調べた Martin らの研究(2026年)では、ISA(国際アーボリカルチャー協会)の樹木リスク評価の資格(TRAQ)を持つ人ほど、倒れる可能性を低めに評価し、評価のばらつきも小さいという結果でした。
  • 米国ウィスコンシン州の研究(2026年)では、嵐の前に簡易な目視で評価した2,253本のうち、169本(8%)が被害を受け、67本(3%)が倒れました。著者は、簡易な目視評価で倒れる木を予測する力は弱かったとまとめています。

一方で、訓練を受けた人の評価がよく当たっていたという研究もあります。2016年のハリケーン・マシューのあと、米国サウスカロライナ州とジョージア州の5か所で2,069本を調べ直した研究(Koeser ら、2020年)では、嵐の前に「差し迫った」と評価されていた木の94.1%が被害を受け、「起こりうる」は38.8%、「可能性あり」は15.3%でした。

ハリケーン マシュー 樹木 リスク評価 壊れる可能性 被害 割合 imminent probable possible 図

嵐の前の評価と嵐のあとの被害(Koeser ら 2020 をもとに当社作成)

人の評価にはばらつきがあり、それでも訓練と経験を積んだ目は、壊れやすい木をかなりの確度で拾っている。この2つは矛盾しません。資格や研修は、判断のばらつきを小さくするための仕組みだと受け止めています。日本の樹木医や街路樹診断の資格も、同じ役割を持っていると思います。

ドイツの Rust・Stoinski は、目視で記録した項目からリスクの水準を推定し、その理由を説明できるAI(Dylogos)を試作しました(Arboriculture & Urban Forestry、2022年)。利用者の判断を取り込んで学び続ける仕組みで、評価をそろえる道具、経験を次の世代へ渡す道具として提案されています。段階としてはまだ概念実証です。

 

AIの「正解データ」をつくるのは、精密診断の記録

ここまでの研究に共通するのは、AIを学ばせ、成績を測るための「正解」が、音波トモグラフィの画像、伐った幹の断面、専門家の評価だということです。どれも、樹木医やアーボリストが現地で積み上げてきた記録です。

AI 正解データ 精密診断 記録 音波トモグラフィ 学習 スクリーニング 樹木医 外観診断 循環 図

AIの「正解データ」をつくるのは、精密診断の記録(当社作成)

この点から、私は精密診断の記録を残すことの価値が、これからさらに大きくなると考えています。写真、機器の波形や断面画像、その後の経過、伐ったときの断面。1本の木について、診断から結果までをつなげた記録は、将来のAIにとっても、次の診断をする人にとっても、確かな手がかりになります。

 

日本の樹木管理でどう生かすか──3つの段階を組み合わせる

海外の到達点を日本の管理に置き換えると、次の3つの段階を組み合わせる形になると考えています。

AI スクリーニング 外観診断 打診 精密診断 ピカス 音波トモグラフィ 3段階 樹木医 イラスト

広く調べる(AI)→目で確かめる(樹木医)→機器で測る(精密診断)(イラストは当社作成)

段階 担い手 すること 向いている場面
1 広く調べる AI(車載レーザー・ドローン・衛星) 台帳をつくり、枯れた木・衰えた木の候補を拾う 街路樹の路線、公園、海岸林のマツなど本数の多い所
2 目で確かめる 樹木医 候補の木を現地で外観診断し、精密診断の要否を決める すべての候補の木
3 機器で測る 樹木医と精密機器 ピカス・アーボソニック3D・レジで幹の中を測り、措置を決める 外観診断で中を調べる必要があるとされた木

日本ですぐに参考にできるのは、マツ材線虫病のドローンとAIによる被害木の拾い出し、台風による倒木のリスクの数値化、そして街路樹台帳のデジタル化だと思います。グラスゴーでは、全域の調査で13,000本を超えるトネリコを見つけ、作業の順番づけにつなげました。AIが広がると、樹木医の仕事が減るというより、精密に診るべき木が見つかる数が増える方向に働く可能性があります。これは研究で確かめられたことではなく、海外の事例を読んだうえでの私の見立てです。

当社は樹木診断で、外観診断と、ピカス・アーボソニック3D・レジによる機器診断を組み合わせ、点群の計測も取り入れています。新しい技術は道具として使いながら、最後の判断は、木と、その木の下を通る人と、管理する方の事情を見て決める。そこは変わらないと考えています。診断の流れは、街路樹診断で樹木医が見ているところ 後編でも紹介しています。

 

よくある質問(Q&A)

Q1. AIで樹木診断はできますか?

A. 多くの木から「気になる木」を絞り込むことと、樹木台帳をつくることは、海外ではすでに実用の段階です。一方、幹の中の腐朽の程度や、伐るか残すかの判断は、今も樹木医やアーボリストが現地で行っています。海外の論文の多くも、AIを予備調査の道具と位置づけています。

Q2. AIで倒木は予測できますか?

A. 研究の段階です。1回の嵐や1つの樹種のデータで作ったモデルでは高い正解率の報告がありますが、ほかの地域・樹種・気象に当てはめた検証はほとんどありません。倒木の実例が少なく、学習に使えるデータが集まりにくいことも課題です。

Q3. AIで木の中の空洞や腐朽が分かりますか?

A. 電波や3D点群とAIを組み合わせる研究が進んでいますが、生きた木での検証はまだ少数です。外から見た形だけで内部腐朽を判定した研究の正解率は57.7〜65.5%でした。今のところ、幹の中を調べるにはピカスやレジなどの精密機器による診断が必要です。

Q4. シンガポールではAIで倒木事故が85%減ったのですか?

A. 一次情報では確かめられません。シンガポール国立公園局が公表した85%は、LiDARによる樹木調査で人手(人時)が減った割合です。倒木などの事故は2000年の3,100件から2020年の339件に減りましたが、国家開発省は定期点検やアーボリストの育成などを含む総合的な樹木管理の成果と説明しています。

Q5. 松枯れの被害木はドローンとAIで見つけられますか?

A. 葉の色が変わった木なら、海外の研究で9割近くを拾えるようになっています。ただし症状の出始めた早い段階の木では正解率が40%台に下がります。福岡市の実証でも、AIが挙げた92か所のうち市の目視調査と一致したのは11か所で、AIの候補を人が確かめる手順が欠かせません。

Q6. AIがあれば樹木医はいらなくなりますか?

A. 海外の到達点を見る限り、そうはなっていません。AIの学習と答え合わせには、音波トモグラフィの画像や専門家の評価が使われていて、その正解をつくるのは樹木医やアーボリストです。AIが広い範囲から候補を拾い、樹木医が確かめ、精密機器で測る組み合わせが現実的だと考えています。

 

AIの研究の数字は、これからも毎年のように更新されていくと思います。新しい数字を見たときも、何を、どんな条件で測ったのかを確かめ、現場の判断に生かしていきます。

株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊

 

出典・参考情報

導入事例

  • シンガポール国立公園局(NParks)「NParks rolls out new model of greenery management for parks and streetscape…」2023年3月29日 リンク
  • シンガポール国家開発省 口頭答弁「NParks’ current tree inspection regime」2021年3月3日 リンク
  • The Register「Singapore extends tracking to an internet of trees」2022年11月28日 リンク
  • 南洋理工大学(NTU)「AI-powered innovation being developed to detect tree trunk decay」2024年11月14日 リンク
  • Mott MacDonald「Unlocking data-driven planning with computer vision AI」(グラスゴー市の事例) リンク
  • greehill 社 リンク、CBS Minnesota(プリマス市)2025年8月6日 リンク
  • カールスタード市 発表 2024年7月15日 リンク、Arboair 社 リンク
  • 釜山広域市 報道資料 2026年5月13日 リンク
  • Tulane University Law School UVMI「Remote Sensing Technology and Artificial Intelligence for Utility Vegetation Management」要約(AiDASH 社が公開) リンク
  • AiDASH 社 発表 2025年8月18日 リンク、LiveEO 社 リンク、Overstory 社 リンク
  • 福岡市「ドローンによる松くい虫被害調査」実施報告書 2025年12月 リンク
  • 林野庁「松くい虫被害」 リンク

論文

  • Hrdina, M., Surový, P. (2023) Remote Sensing 15(24):5712 DOI
  • Qian, Z. ほか (2024) IEEE Transactions on Geoscience and Remote Sensing 62:5106915 DOI
  • Qiu, Lau (2024) Forests 15(8):1374 DOI
  • Saurio ほか (2026) Urban Forestry & Urban Greening 126:129707 DOI
  • Tarmu ほか (2022) Forests 13(8):1260 DOI
  • Yu, R. ほか (2021) Forest Ecology and Management 497:119493 DOI
  • Xu ほか (2024) Ecological Informatics 84:102846 DOI
  • Ye ほか (2023) Plant Phenomics 5:0129 リンク
  • Liu ほか (2024) Frontiers in Plant Science 15:1453761 リンク
  • Valicharla ほか (2023) Plants 12(4):798 リンク
  • Kabir, Guikema, Kane (2018) Reliability Engineering & System Safety 177:68–79 DOI
  • Jahani, Saffariha (2022) Natural Hazards 110(2):881–898 リンク
  • Katayama, Mochida, Koike (2026) Scientific Reports 16:32106 リンク
  • Koeser, Smiley (2017) Urban Forestry & Urban Greening 24:109–115 DOI、要約は Klein ほか (2023) Arboriculture & Urban Forestry 49(6):271 リンク
  • Koeser ほか (2020) Urban Forestry & Urban Greening 52:126701 DOI
  • Martin ほか (2026) Urban Forestry & Urban Greening 116:129192 DOI
  • McBride ほか (2026) Urban Forestry & Urban Greening 119:129369 DOI
  • Rust, Stoinski (2022) Arboriculture & Urban Forestry 48(2):138–146 リンク
  • ISA「Tree Risk Assessment Qualification」 リンク

関連記事

※ 「アーボリスト」は、株式会社ツリークライミングワールドの登録商標です。当社の記事では、樹木の手入れを専門とする職業(英語の arborist)を指す言葉として使っています。

※ 「レジストグラフ」は、穿孔抵抗測定器を指す通称として、日本の樹木診断の現場で広く使われています。ただし、RESISTOGRAPH® は RINNTECH 社(ドイツ)の登録商標で、当社が使用している「レジ(Resi PD)」は IML 社(ドイツ)の製品です。両者は製造しているメーカーが異なります。呼び名の違いは「レジストグラフ・貫入抵抗測定器とは」で説明しています。

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    アーボソニック3D(ArborSonic 3D)の仕組みと得られる結果──センサーの数、測れる太さ、断面画像と安全率の読み方を樹木医が解説

  3. AI 樹木診断 車載レーザー 街路樹 台帳 樹木医

    AI樹木診断は海外でどこまで進んでいるか──シンガポール・英国・米国の事例と論文を樹木医が一次情報で読み解く

  4. アーボソニック3D 風荷重 樹冠 写真 撮り方 樹高 離れて撮る 樹木医

    アーボソニック3Dの風荷重解析 強風で幹は折れないか、安全率の出し方と読み方を樹木医が解説

  5. クレーン 伐採 ブーム 建物 高木 特殊伐採 樹木医

    クレーンと高所作業車を使う伐採──ロープワークとの分担、運転と玉掛けの資格、建物越しの作業を樹木医が解説|高木・特殊伐採とケーブリング 第4回

  6. ファコップ Fakopp アーボソニック3D 樹木診断機器 メーカー ハンガリー ショプロン 樹木医

    ファコップ社とは──アーボソニック3Dをつくるハンガリー・ショプロンの樹木診断機器メーカーと、製品の全体像を樹木医が解説

  7. マンション 植栽 コンサルティング 流れ 管理組合 理事会 樹木医 中庭 ケヤキ

    マンションの植栽コンサルティングは、どう進むのか──管理組合と樹木医が歩く8つの段階と、3つの入口

  8. 巨木 御神木 大径木 樹木診断 樹木医

    日本人は子どものころから御神木に特別な思いを持っているのか 御神木・霊木と日本人の関係、歴史、文化を樹木医がたどる

  9. ハーネス 各部の名前 ウエストベルト レッグループ アタッチメントブリッジ リング サイドD環 ギアループ アーボリスト イラスト

    ハーネス ― 各部の名前と役割|アーボリストの基礎 第4回

  10. 3級造園技能士 実技試験 竹垣 縁石 敷石 植栽 模式図

    3級造園技能士の試験 竹垣・縁石・敷石の実技と樹種判定60種、学科の範囲を1級の樹木医が解説

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