4月2日午前、千鳥ヶ淵緑道のソメイヨシノ1本がお堀側に倒れている(倒木)のを、巡回スタッフが発見したと報じられました。

千代田区 桜 ソメイヨシノ 倒木
木の根元から折れていることなどから、1日夜の雨と強風が引き金になったとみられています。幸いけが人はなく、さくらまつり期間中のボート営業は継続されていますが、一部水域が封鎖されました。
そして同じ4月2日の午後、世田谷区の砧公園でもふたたび倒木が発生しています。砧公園では3月7日に桜が倒れて歩行者が負傷し、翌8日にはヒマラヤスギが倒れて駐車場の車2台が巻き込まれたばかり。わずか1か月の間に、同じ公園で3度目の倒木です。
同日に都内2か所で起きた倒木。これを偶然として見過ごすことは、もうできません。
千鳥ヶ淵の桜はどういう木なのか
千鳥ヶ淵緑道には国と区が管理する桜があわせて約150本あり、今回倒れたのは国が管理する桜(環境省皇居外苑管理事務所の所管)だと報道されています。堤塘(お濠側の土手)に植わっている個体と、緑道側に植わっている個体で管理主体が異なるという、都市のインフラとしてはかなり複雑な現場です。
千鳥ヶ淵に桜が植えられた歴史は、明治14年(1881年)に英国公使館前でアーネスト・サトウ氏が桜を手植えしたことに端を発します。ただし、その桜は戦時の空襲で焼失しました。現存する最古のソメイヨシノは昭和5年(1930年)植栽とする記録と、1955年頃とする記録が併存していますが、いずれにしても千鳥ヶ淵の桜の大部分は、戦後の復興気運を背景に昭和30年代に植えられたものです。植栽から60年から70年を超えています。
ソメイヨシノの「寿命60年説」自体に科学的根拠はありません。しかし、都市に植栽されている環境下では生育のピークは植栽後30〜40年で、それを過ぎると老齢化に伴ってさまざまな傷害が生じていくというのが樹木医のあいだで共通の認識になりつつあります。人の健康と同じで、管理次第で寿命は変わります。
千鳥ヶ淵の倒木——原因をどう推察するか
現場を見ていない以上、断定は避けなければなりません。しかし、報道にある「根元から折れてお堀側に倒れた」という情報から、いくつかのことが推察できます。
まず、気象条件です。3月31日から4月1日にかけて、前線を伴った低気圧が本州付近を通過し、九州から東北にかけて非常に強い風が吹きました。東京でも1日夜にまとまった雨と強風があったと考えられます。これが直接的な引き金になった可能性があります。
しかし、風雨だけで健全な樹木が根元から折れることは通常ありません。根元から折れたということは、地際部ないし根株に何らかの腐朽が進行していた可能性が高い。木材腐朽菌が幹の地際や根系の内部に入り込み、長い年月をかけて木を支える構造体そのものを劣化させていた——その蓄積の上に、満開時の花の重量による荷重や根から吸い上げてきている水分による荷重、風による動的荷重が加わり、限界を超えたのではないかと考えます。
千鳥ヶ淵特有の立地条件も見逃せません。周囲の高層ビル化によって日照不足が生じ、ビルとビルの間から強風が吹き抜ける環境が常態化しています。さらに、お堀に面した急斜面という植栽基盤の問題があります。桜の根は地表近くに張りますから、あの傾斜した城壁の上で必死に根を伸ばして生きているわけです。平坦な公園に植わっている桜とは、根系にかかるストレスがまるで違います。お堀側に倒れたという方向性も、斜面側で根鉢が十分に発達できなかった可能性を示唆しています。
加えて、環境省の千鳥ヶ淵環境再生プランの中でも、「千鳥ヶ淵周辺のサクラは老木化が進んでおり、致命的な病害の蔓延のおそれや、樹木の成長とともに鬱閉化が進み、景観的な劣化が進んでいる」と指摘されています。今回の倒木は突発的な事故というよりも、長期的な樹勢低下と立地環境の複合的な帰結として見るべきです。
砧公園——1か月で3度の倒木が意味すること
砧公園では3月7日、高さ10mを超えるサクラが根元から倒れ、70代女性が下敷きになりました。倒れた桜は植栽後60年以上が経過しており、根の内部にキノコ(木材腐朽菌)に侵された痕跡が確認されています。直前の降雨で地盤が緩んでいたことも要因とされています。翌8日には10mを超えるヒマラヤスギが駐車場で倒れ、車2台が巻き込まれました。
- 倒れたサクラの根鉢
- 倒れたサクラと玉切りした幹
- 根鉢と幹の切断面
- 園路脇で倒れたサクラ
弊社では3月7日の事例について、規制帯外から目視した状況と報道内容をもとに、樹木医としての考察を公開しています。根が土ごと持ち上がる「根返り」に近い倒れ方だったこと、3月3日・4日の先行降雨で土壌が湿潤化していたこと、そして当日の最大瞬間風速12.3m/sが最後のきっかけになった可能性を整理しました。台風シーズンと比べればはるかに弱い風です。しかし、地盤が緩んだ後の風は、弱っていた高木にとっては十分に無視できない外力になります。
専門の研修を受けた職員(樹木点検員)による点検が年1回以上(異常を発見した樹木は年4回程度)、日常巡回での目視確認と合わせて実施されていた。それでも前日時点で異常は確認されていなかったという事実こそが、外観診断だけでは限界があることを端的に示しています。
そして4月2日、3度目の倒木。現場に居合わせた方は「バキバキと音がして、枝ごと花が落ちてきた」と証言しています。倒木の詳細はまだ確認中ですが、砧公園は1957年に開園した都立公園(ファミリーパークは園内の区画)で、当時の緑化政策の象徴としてソメイヨシノなどが大量に植栽された公園です。開園時に一斉に植えた木が、いま一斉に老齢期を迎えている。同じ時代に植えた木が、同じような内部の問題を抱えていても不思議はありません。
千鳥ヶ淵と砧公園——共通する構造
千鳥ヶ淵にはお堀の急斜面とビル風そして踏圧、砧公園には多数の来園者の踏圧と樹木同士の被圧という、それぞれのストレスがあります。しかし根本にある構造は同じです。「植栽後60年超のソメイヨシノが、内部に蓄積された腐朽と、降雨で緩んだ地盤と、風の外力というこの三つが重なったときに倒れる」という構図が、東京のあちこちで同時に顕在化しつつあります。
花が咲き、葉が茂っていても、根元や根株の内部では腐朽が静かに進行している。外から見える情報だけでは、その木が明日倒れるかどうかは判断できません。これは都市の老齢サクラが広く抱えている問題です。
全国の統計を見ても、都道府県・市区町村が管理する街路樹約720万本を対象とした調査では、2018年度から2022年度の5年間で約26,000本の倒木が確認されています。年平均で約5,200本。さらに、点検に基づく危険木の事前伐採が年平均で約26,700本にのぼります。潜在的な倒木リスクの大きさを、数字が物語っています。
樹木医としてできること
外観診断は樹木医による樹木診断の基本です。傾き、枯れ枝、幹の亀裂、根元のキノコ、地際の陥没といった兆候を見落とさない目は大前提です。しかし、外観だけでは内部の腐朽は見抜けません。疑わしい個体には、レジやピカス(音響トモグラフ)、アーボソニック3Dなどの診断機器を用いて内部の状態を確かめる必要があります。
- ピカスで測った木にレジを通す
- 幹のセンサーと画面の断面画像
- トロニックの本体
- レジ(Resi PD)の本体
- 音波トモグラフの測定画面
- 音波(左)と電気抵抗(右)の断面画像
ただし、大切なのは機械の数値だけで判断しないことです。機器は強力な補助ですが、最終的には立地、樹種、樹形、土壌条件、利用状況まで含めた総合的な判断が欠かせません。
千鳥ヶ淵の桜は、まだ日本が貧しかった時代に、先人たちが未来を信じて植えた木です。それが70年を経て、毎年130万人の人に見られる桜の名所になりました。その桜が老いていくことは自然の摂理です。しかし、老いた木を「危ないから切る」のではなく、一本一本の状態を正確に把握し、必要な処置を施しながら次の世代の桜へつないでいく。それが、都市の景観を守る樹木医の仕事です。
3月7日、3月8日、そして4月2日の砧公園。同じ4月2日の千鳥ヶ淵。この1か月に起きたことは、一つの公園の問題ではありません。高度成長期に一斉に植えられた都市の樹木が、一斉に老齢期を迎えているという、東京全体が——いえ、日本の都市全体が抱える構造的な課題の現れです。
花の盛りに木が倒れるのは、樹木医にとってつらい出来事です。しかし、この事実から目を背けるわけにはいきません。一本一本の木と向き合い、外から見えない問題を確かめ、危険な木には適切な処置を施し、次の世代の樹木へつないでいく。それが、いまこの瞬間に求められている仕事だと思います。
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株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊
樹木医 髙尾聡司











































