都内の桜で、モンクロシャチホコ、俗にサクラケムシと呼ばれるガの幼虫の防除に、樹木医として施工に立ち会いました。
幼虫が葉を食べはじめる前のこの時期に、薬剤ウッドスターを幹へ注入し、秋に大きくなる食害を先回りして抑える、樹幹注入という作業になります。
立ち会ったのは先月6月です。木にはまだ幼虫の姿がありません。それでも、この虫に対しては、今が勝負どころになります。
- サクラ 毛虫 ウッドスター
- サクラ 毛虫 ウッドスター
「サクラケムシ」と呼ばれる虫──モンクロシャチホコの一年
モンクロシャチホコはシャチホコガ科に属するガの仲間で、幼虫が桜を好むことから「サクラケムシ」の名で呼ばれています。桜のほか、ナシやウメなど、バラ科の樹木の葉につきます。
一年の暮らしは、はっきりしています。蛹のまま土の中で冬を越し、多くの地域では6月から7月ごろに成虫が現れます。雌は葉の裏に、数十から数百の卵をまとめて産みつけます。幼虫が目立ちはじめるのが8月。若いうちは枝先に群れ、整列するように並んで葉を食べていきます。育ちきると体長は5cmほどになり、9月から10月にかけて食害が大きくなります。
勢いのある年には、木一本の葉をほとんど残さず食べてしまいます。食べ終えた幼虫は地面に降り、土に潜って蛹になり、そのまま次の夏を待ちます。幼虫に毒はなく、人が触れても害はありません。ただ、桜にとっては別の話です。葉を丸ごと失った枝は枯れることがあり、秋に大量発生した年は、翌年の花芽にまで影響が及ぶことがあります。
もうひとつ、覚えておきたい性質があります。北海道立総合研究機構 林業試験場の資料にもあるとおり、この虫は同じ場所で繰り返し発生する傾向が知られています。一度出た桜は、翌年もまた狙われやすい。防除の計画は、この性質を前提に組むことになります。
被害が出てからでは、手を打ちにくい
厄介なのは、被害が目に見えてからでは対応が難しくなる点です。
若齢のうち、幼虫は枝の単位で固まっています。ところがある程度育つと集団を解いて、木全体へ散っていきます。散らばった幼虫を薬剤散布で追いかけるとなると、樹冠のすみずみまで、広い範囲にまかなければなりません。公園や街路では、薬液の飛散や、木の下を行き来する人への影響がどうしても気がかりになります。病害虫防除の資料でも、幼虫が分散する前の早期発見・早期対応が基本とされています。
今回、幼虫が出てくる前のこの時期に樹幹注入を選んだのは、こうした理由からです。ウッドスターのラベルでも、ケムシ類への使用時期は「幼虫発生前〜発生初期」と定められ、メーカーは幼虫発生前の注入を勧めています。虫の暦に、処置の暦を合わせる形です。
幹に入れる薬──ウッドスターと樹幹注入という方法
- サクラ 毛虫 ウッドスター
使用したウッドスターは、サンケイ化学のジノテフラン液剤(有効成分8.0%)で、ネオニコチノイド系の殺虫剤にあたります(農林水産省登録 第23624号)。幹にドリルで小さな孔をあけ、専用の注入器で薬液を入れると、木が根から水を吸い上げる流れにのって、成分が枝先の葉まで行きわたります。その葉を食べた幼虫に効く、という仕組みです。
ラベルの定めは細かいものです。桜の場合、注入孔は直径5〜10mm、深さ6〜7cm。幹の地上高50〜100cmあたりに斜め下45度で開け、1孔あたり4mlずつ注入します。全体の量は幹の太さで決まり、胸高直径(胸の高さで測った幹の直径)が20〜30cmの木で24〜36ml。木の大きさからすれば、ごくわずかな量です。注入を終えた孔は、癒合剤などでふさぎます。
幹にドリルで孔を開けること自体には、正直なところ、気持ちの上で抵抗がなくはありません。それでも、散布とちがって薬液が飛び散らない。周りの環境や、木の下を通る人への影響を抑えられます。注入量が少なく樹体への負担が小さいことも含めて、街なかの桜に合った方法だと思います。
一方で、ネオニコチノイド系はミツバチへの影響が議論されてきた系統でもあります。ラベルにも、開花期を避けて落花後に使うこと、周辺で養蜂が行われていないか確認することが定められています。花の時期から遠く離れた8月の処置は、その点でも理にかなっています。
なお、ラベルの適用害虫には、桜のケムシ類のほかに、いま各地で被害を広げている外来種クビアカツヤカミキリの名前も並んでいます。こちらについてはクビアカツヤカミキリの被害と対策——都市で被害が止まらない理由を、樹木医はどう読むかで書きました。
- クビアカツヤカミキリ サクラ 桜 モモ ウメ
- クビアカツヤカミキリ サクラ 桜 モモ ウメ
- クビアカツヤカミキリ サクラ 桜 モモ ウメ
使えない木がある──注入の前に、1本ずつ診る
どんな薬剤にも、向き不向きがあります。ウッドスターのラベルには、樹勢の弱った木、空洞や腐朽のある木、極端な老齢木には使用を避けるよう、はっきり書かれています。
薬液を運ぶのは、木自身が水を吸い上げる力です。その力が落ちている木では薬は行きわたりにくく、開けた孔という傷をふさぐ力も弱っています。ラベルの但し書きは、木の生理に沿った線引きだと受け止めています。
ですから、注入の前にやることがあります。1本ずつ幹の状態を確かめ、この木に入れてよいか、入れるならどれだけか、を見極めたうえで進めていきます。薬を入れる前に、まず木を診る。順番は、そこから変わりません。秋、この桜の葉がどれだけ残っているか。今回の防除の答え合わせは、少し先になります。
ご依頼をいただきありがとうございました。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊
関連記事