杉板の表面を焼いて炭の層をまとわせる「焼杉板(やきすぎいた)」は、潮風や雨の強い土地で家を守ってきた、西日本ゆかりの外壁材です。炭化層が実際にどこまで建物を守るのかを研究で確かめつつ、壁際の植栽との相性と、陰翳礼讃や侘び寂びに通じる焼杉の美しさを考えます。
タイ・プーケットの別荘建築の現場で焼杉板を施工させていただいた際、この素材が持つ美しさと合理性に、改めて感銘を受けました。ただ、壁際の植栽まで含めて考えると、昔からの言い伝えと研究で確かめられていることは、分けて整理しておきたいと思います。
焼杉板とは──杉板を炎で焼き、炭の層をまとわせる西日本の知恵
焼杉は、杉板の表面を焼いて炭化させ、黒い炭の層をまとわせた板です。古くから西日本を中心に、家屋の外壁として使われてきました。兵庫県豊岡市の竹野地域には、潮風の厳しい土地柄から焼杉板の家並みが今も残っていて、市は2026年度も、町並みを守るために焼杉板の資材購入費の一部(3分の1以内)を補助する焼杉板景観保全事業を続けています。焼杉は、過去の建材ではなく、いまも土地の景観として守られている素材です。
伝統的なつくり方は「三角焼き」と呼ばれます。長さ2mほどの杉板3枚を煙突のような三角の筒に組んで立て、下から火を入れて内側を焼き上げる方法です。東京理科大学の研究室が2024年に公開した研究報告では、三角焼きの焼杉の炭化層は約2.5〜4.2mm、工場のバーナーによる機械焼きは約0.8〜1.2mmと、厚みにはっきりとした差がありました。
素材のスギにも触れておきます。林野庁の資料では、日本書紀にスギを舟に用いるよう記した一節があることが紹介されています。いまも日本の人工林1,009万haの約7割はスギ・ヒノキ林で(林野庁「スギ・ヒノキ林に関するデータ」、令和4年3月31日現在)、戦後に植えられたスギが木材として使える時期を迎えています。国産の杉板を外壁に使うことは、伐って使い、また植えるという森の循環を支えることにもなります。
海外では「焼杉板」の漢字を別の読み方で読んだ「Shou Sugi Ban(ショウ・スギ・バン)」の名で広まり、アメリカでは外壁材として市販されるまでになっています。
焼杉の炭化層は何を守るのか──言い伝えと研究のあいだ
焼杉は「腐りにくい」「虫がつきにくい」「燃えにくい」と言い伝えられてきました。ただ、先ほどの東京理科大学の報告自身が、こうした性能を実際に確かめた論文はごくわずかだと書いています。樹木の腐朽を診る樹木医の立場からも、ここは丁寧に見ておきたいところです。
同じ報告の劣化促進試験では、炭化層が厚いものほど紫外線による劣化に強く、腐朽試験でも焼杉は無垢材より腐朽に強い結果が出ました。なかでも伝統製法の焼杉のほうが、腐朽の進みが遅かったそうです。深く焼いた焼杉は、藻類の汚れによる色の変化も小さく抑えられていました。
一方、米国農務省林産物研究所が2021年に発表した試験報告では、アメリカで市販されている焼杉材(サイプレス、ツガ、オークなど)の腐朽への強さや燃えにくさの改善は樹種によってまちまちで、一貫した効果は認められませんでした。炭化で性質が変わるのは表面の2〜3mmほどで、報告は焼杉を主に見た目を高める仕上げと捉えるべきだと結んでいます。ただしこの試験にスギは含まれておらず、著者ら自身もスギでは結果が違う可能性に触れています。
シロアリについても整理しておきます。森林総合研究所の試験では、スギの心材は密度がそれほど高くないにもかかわらず、比較的シロアリに強い結果が出ています。焼杉が虫に強いと感じられてきた理由の一部は、炭よりもスギという樹種そのものにあるのかもしれません。また、住宅に大きな被害を出すシロアリは、地中や地際の枯れ木などを住みかにする種類です。炭化層に頼るよりも、壁の足元を乾いた状態に保つほうが、確かな備えになります。
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「経年劣化」ではなく「経年優化」──寂びの時間を育てる
一般的な塗装の外壁は、紫外線で塗膜が傷み、定期的な塗り直しが欠かせません。焼杉の黒は塗膜ではなく、炭そのものの色です。時間とともに色味が落ち着き、風合いが深まっていく姿は、古びて価値を失う「経年劣化」ではなく、時を重ねて価値が増していく「経年優化(けいねんゆうか)」という言葉がよく似合います。
この感覚は、日本の美意識でいう「寂び」に通じています。寂びは、古さや静けさ、枯れたものの中に趣を見出す美のあり方で、和歌や茶の湯など、分野を越えて重んじられてきました。質素で静かなおもむきを尊ぶ「侘び」と合わせて、私たちが「侘び寂び」と呼んでいるものです。
今年2026年は、柳宗悦らが「日本民藝美術館設立趣意書」を発表してから100年にあたり、日本民藝館でもその歩みをたどる創設90年記念展が開かれました。名もない職人の手による日用の品にこそ美が宿るという民藝の考え方は、よく「用の美」という言葉で語られます。雨風から家を守るためにつくられた焼杉の黒い壁も、使われるための美しさを持った素材だと思います。
ただし、焼杉も放っておけばきれいに年を重ねるわけではありません。東京理科大学の研究室は、建築家・藤森照信氏が設計した大分県のラムネ温泉館(焼杉と漆喰のストライプの外壁で知られる建物)で実建築の調査を行っています。焼杉はおおむね健全だった一方、出窓から雨だれが落ちる箇所では炭化層がはがれ、湿気の多い北面では藻類などによる汚れが付き、その部分の炭化層は水を含んで土のようにもろくなっていたと報告されています。
苔むした石灯籠に趣を感じるのと同じ目で、湿って崩れていく壁を眺めるわけにはいきません。寂びは、手入れの行き届いた時間の上に現れるものです。経年優化は素材まかせで起きるものではなく、雨と湿気の通り道を整え続けた結果として育っていくもの──私はそう考えています。

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樹木医が見る焼杉と植栽──照り返しは減り、熱はたまる
植物の立場から見ると、焼杉の壁には良い面と気をつけたい面があります。良い面は、照り返しの少なさです。白い壁やガラス面の前では、壁が返す強い光と熱が葉に当たり、夏に葉焼けや乾燥を起こしやすくなります。光を返さない焼杉の壁際では、こうした反射光による負担が小さく、半日陰を好む下草や低木にとって落ち着いた光の環境になります。
気をつけたいのは熱です。黒い面は光を返さない代わりに、そのエネルギーを吸収して温まります。前述の東京理科大学の測定では、外気温が10℃前後の冬でも、日の当たる焼杉の表面は40℃ほどまで上がっていました。夏の南面や西面ではさらに高温になると考えるのが自然で、壁のすぐ近くでは、その熱で葉や土が乾きやすくなります。
もうひとつは湿気です。同じ研究では、日がよく当たる面は温度が上がるため藻類や地衣類が育ちにくく、湿った北面で汚れや炭化層の劣化が見られました。枝葉が壁に触れるほど密に植えると、壁は日にも風にも当たらず、乾く機会を失います。足元に土やマルチング材を寄せすぎれば、雨はねで壁の下端が汚れ、地際で暮らすシロアリにとっても近づきやすい条件になってしまいます。
ですから、焼杉の壁際に植栽を計画するなら、樹冠が育っても壁に触れない距離をとり、剪定で壁との間に風の通り道を残しておきたいところです。壁の足元は砂利敷きなどで雨はねを抑え、土やマルチング材を壁に寄せないようにします。樹種は方角で考え、日射の強い南面・西面には暑さと乾燥に強いものを、日の当たる時間が短い面には半日陰を好む下草を選びます。京都の町家で壁の下部を雨はねや汚れから守ってきた竹の囲い「犬矢来(いぬやらい)」と同じく、足元を守る発想は植栽の計画にもそのまま生かせます。
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風景を育てる植栽管理──建築素材を知ることから
焼杉の美しさを長く保てるかどうかは、壁のまわりの植栽と足元の環境に大きく左右されます。私たちが考える植栽管理は、植物だけを手入れすることではありません。外壁や舗装、建築素材の性質を理解したうえで、植栽が健やかに、長くそこにあり続けられる環境を整えることです。GREEN MANAGEMENT(グリーンマネジメント)として、科学的知見と現場経験を合わせ、長期の計画で緑を管理することを大切にしているのも、そのためです。建物際の植栽を組み直したい場合は、植栽リノベーションとしてご提案しています。
時を重ねるほど価値が増していく風景は、緑を傷んでいくものではなく、育っていくものとして扱うところから生まれます。私たちが掲げる「緑を、街の資本に。」という言葉も、同じ思いから来ています。焼杉の黒い壁と植栽が、10年後、20年後にいっそう美しく見える。その時間を、機能と美の両面から支え続けていきたいと思います。

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焼杉板の外壁と植栽 よくあるご質問(Q&A)
Q1. 焼杉板(焼杉)とはどのような外壁材ですか?
A. 杉板の表面を焼いて炭化層をつくった板で、西日本を中心に家屋の外壁として使われてきました。伝統的な「三角焼き」では、杉板3枚を煙突状に組んで内側から焼き上げます。炭化層の厚さは、三角焼きで約2.5〜4.2mm、機械焼きで約0.8〜1.2mmという測定例があります。海外では「Shou Sugi Ban」とも呼ばれます。
Q2. 焼杉板は本当に腐りにくく、シロアリに強いのですか?
A. 研究結果は一様ではありません。東京理科大学の研究室の試験では無垢材より腐朽に強い結果が出た一方、米国農務省林産物研究所の試験(スギは対象外)では、樹種によって一貫した効果は認められませんでした。スギの心材そのものが比較的シロアリに強いことも考え合わせると、炭化層だけに頼らず、壁の足元を乾いた状態に保つ設計と管理が大切です。
Q3. 焼杉板は燃えにくいのですか?
A. 炭の層には下の木材への熱の伝わりを遅らせる働きがあると考えられてきました。ただ、米国農務省林産物研究所の2021年の試験では、炭化によって着火のしにくさや発熱量が一貫して改善したとは言えない結果でした。建物の防火性能は、下地を含めた外壁全体の仕様として設計者に確認することをおすすめします。
Q4. 焼杉板の外壁にメンテナンスは必要ですか?
A. 塗装外壁のような定期的な塗り直しは基本的に要りませんが、何もしなくてよいわけではありません。雨だれが当たる箇所では炭化層がはがれやすく、湿った北面では藻類などの汚れが付き、炭化層がもろくなった例が報告されています。部分的な張り替えや、雨水と湿気をためない納まり・植栽配置の見直しが役立ちます。
Q5. 黒い焼杉の壁は照り返しが少なく、植物にやさしいのですか?
A. 可視光の反射が少ないため、白い壁のような強い照り返しは起きにくくなります。一方で黒い面は熱をため込み、外気温10℃前後の冬の日射でも表面温度が約40℃まで上がった測定例があります。日射の強い南面・西面では、壁から離して植える、暑さと乾燥に強い樹種を選ぶといった配慮が必要です。
Q6. 焼杉板の外壁のすぐ前に植物を植えても大丈夫ですか?
A. 植えられますが、壁との距離が大切です。枝葉が壁に触れるほど密に植えると壁面が乾きにくくなり、炭化層の劣化や藻類の汚れを招きやすくなります。樹冠が育っても壁に触れない位置に植え、足元は砂利敷きなどで雨はねを抑え、土やマルチング材を壁に寄せないようにしてください。
Q7. 焼杉板の外壁に合う植物はありますか?
A. 決まった正解はありませんが、黒い壁は葉の緑や花の色を引き立てます。樹種は壁の方角ごとの光と熱の条件で選ぶのが基本で、日射の強い面には暑さと乾燥に強い樹種を、日の当たる時間が短い面には半日陰を好む下草を合わせると、無理のない植栽になります。
Q8. 「経年優化」とはどういう意味ですか?
A. 時間とともに傷んで価値が下がる「経年劣化」に対して、年月を重ねることで風合いが深まり、価値が増していくことを表す言葉です。古さや静けさの中に趣を見る「寂び」の美意識にも通じます。ただし焼杉の場合も、雨や湿気の条件を整えてはじめて成り立つものだと考えています。
Q9. 焼杉と『陰翳礼讃』や侘び寂びには、どのような関係がありますか?
A. 谷崎潤一郎が1933年に発表した『陰翳礼讃』は、日本の住まいが陰影の中に美を見出してきたことを綴った随筆です。光を吸い込む焼杉の黒い壁に枝葉の影が柔らかく映る景色は、その感覚に重なります。質素な素材が時とともに味わいを増していく点で、侘び寂びとも通じ合う素材です。
Q10. 焼杉の外壁まわりの植栽や、建物際の樹木について相談できますか?
A. 株式会社トシ・ランドスケープでは、樹木医が外壁や舗装などの建築素材との関係も含めて、植栽の管理計画や植栽リノベーションをご提案しています。建物際の大きな樹木については、外観診断に加えて、レジ(Resi PD)、ピカス、アーボソニック3Dによる機器診断も行っています。樹木診断は全国で対応しています。
焼杉の外壁まわりの植栽や、建物際の樹木についてのご相談は、お問い合わせよりお気軽にご連絡ください。
株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊
出典・参考情報
・豊岡市「焼杉板を張りませんか?/2026年度 豊岡市焼杉板景観保全事業について」
・東京理科大学 今本研究室 中嶋亮介「焼杉の特性と劣化に及ぼす環境要因に関する研究」(2024年 研究パネル)
・Hasburgh L.E. ほか「Durability and Fire Performance of Charred Wood Siding (Shou Sugi Ban)」Forests 12:1262(2021年、米国農務省林産物研究所)
・森林総合研究所 所報No.12「木質材料の耐蟻性の評価と改良」(2002年)
・森林総合研究所 平成28年版研究成果選集「変わりゆくシロアリ生息地と寒冷地におけるシロアリ対策の必要性」
・林野庁「スギ・ヒノキ林に関するデータ」
・環境省 環境技術実証事業 ヒートアイランド対策技術分野 高反射率塗料 実証試験結果(平成21年度)
・芦屋市広報(谷崎潤一郎記念館「陰翳礼讃」紹介)
・新潮社『陰翳礼讃・文章読本』書籍ページ
・和樂web「侘び寂び」とは
・日本民藝館「創設90年記念 柳宗悦と日本民藝館」
・るるぶ&more「ラムネ温泉館」
・京都市「伝統的な京町家の知恵」
・JAANUS(日本建築美術用語辞典)「inuyarai 犬矢来」
・Wikipedia「Yakisugi」(Shou Sugi Banの呼称について)
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