腹掛け(はらがけ)は、胸から腹を覆い、両肩の紐を背中で交差させて脇で留める職人の仕事着です。樹木医の中村雅俊が、辞典と博物館の資料で腹掛けの成り立ち(1689年の用例、江戸で生まれ京坂では「江戸腹当」)、どんぶりと横隠しの形、紺木綿と浅葱の裏、「どんぶり勘定」の語源をたどり、当社の松の手入れでの使い方を紹介します。
私が修業時代に最初に買った仕事着は、紺の腹掛けと地下足袋でした。松の手入れの日は、いまも手ぬぐいを巻いて腹掛けを着け、その上に腰ベルトを締めて鋏と鋸を吊り、木に向かいます。連載「庭師の装い」の第3回は、この腹掛けの話です。第1回「手ぬぐい」、第2回「半纏と法被」に続きます。

松の庭で、腹掛けの上に腰ベルトを締め、鞘から植木鋏を抜く庭師(イラストは当社作成。服の色は藍染の色合いのイメージ)
先に答え ― この記事で分かること
- 腹掛けは、胸と腹を覆う1枚の前身頃に、両肩の共布の紐を付け、背中で斜め十文字に交差させて後ろの脇で留める仕事着です。用例の初出は俳諧『曠野』(1689年)で、江戸で生まれ、京坂では「江戸腹当」と呼ばれました(精選版 日本国語大辞典、世界大百科事典)。
- 腹の前の横幅いっぱいの物入れが「どんぶり」です。体から少し離れて付いているので、かがんでも中身がこぼれにくく、その下には横に細長い「横隠し」があります(世界大百科事典、ブリタニカ国際大百科事典)。
- 表は紺木綿、裏は浅葱(あさぎ)の木綿が普通で、大工・左官・鳶・庭師の職人や、酒・米・醤油・魚を扱う商人が着ました。江戸後期から昭和初期まで、腹掛けの上に半纏、下に股引が職人の制服のような姿でした(日本大百科全書)。
- 当社の松の手入れでは、襷(たすき)に首を通して腰紐を後ろで結び、その上に腰ベルトを締めて鋏と鋸を吊ります。どんぶりには縄などの小物が入り、しゃがんでも落ちないのは、江戸の職人が工夫した形のおかげです。
腹掛けの成り立ち ― 前がはだける衣服を押さえるために

江戸末期から明治・大正のころの植木職人の仕事着。印半纏の下に腹掛け(記事「庭師の服装の歴史」から再掲)
腹掛けは、世界大百科事典によると、保温のために胸から腹にかけて衣服の下に着ける補助衣で、腹当てともいいます。日本の衣服は帯や袴で押さえないと前が開くため、近世以後に生まれ、主に庶民の男子が用いました(山辺知行による記述)。同じ事典は、紐が4本付いた「四手式」(子どもの寝冷え知らずや金太郎の腹掛け)と、職人が半纏の下に着て背中で襷(たすき)になるものの、2つの形式を挙げています。
精選版 日本国語大辞典は、腹掛けを「胸と腹をおおい、細い共布を背中で斜め十文字に交差させてとめる」職人などの作業衣とし、用例の初出に俳諧『曠野』(1689年)を挙げています。日本大百科全書は、職人の労働着としての腹掛けは江戸後期から用いられ、素肌やシャツの上に着たと書き、昭和初期まで、腹掛けの上に半纏、下にももひきという姿が職人の制服のようだった、と説明しています。着た人は、大工、左官、鳶、庭師などの職人と、酒・米・醤油・魚などを扱う商人です。
世界大百科事典(鈴木晋一による記述)は、腹掛けは江戸で生まれたとされ、京坂では「江戸腹当」と呼ばれた、としています。日本大百科全書も、関西では「腹当て」と呼び、京坂の形は胸の上の細紐を首に掛けて脇布の端の紐を後ろで結ぶものだった、と江戸との違いを書いています。庭師の腹掛けは、江戸の職人の装いの流れにあるもので、第2回で書いた印半纏と同じく、江戸後期に職人の制服として定着しました。
形と各部の名前 ― 前身頃、紐、どんぶり、横隠し

腹掛けの各部(前と後ろ)。両肩の襷が背中で交差し、腰紐は腰の後ろで結ぶ(祭用品店の着方の説明と辞典の記述をもとに図にしたもの)
日本大百科全書は、江戸形式の腹掛けの構造を、前身頃の両脇に幅の狭い脇布を付け、両肩の共紐を背中で交差させて後ろ脇で留める、と説明しています。辞典の記述を各部に分けると次のとおりです。
| 部分 | 辞典の記述の要点 |
|---|---|
| 前身頃 | 胸から腹にかけて前身をおおう(日本大百科全書)、胸と腹をおおう(日本国語大辞典) |
| 襷(肩の紐) | 両肩の共紐を背中で交差させて後ろ脇で留める(日本大百科全書)、細い共布を背中で斜め十文字に交差させてとめる(日本国語大辞典)、背中でたすきになる(マイペディア)、いまの祭用品の腹掛けでは襷に首を通して着る(浅草絆纏屋) |
| 腰紐 | 脇布から出る細い紐、背中で交差させて前に回し、腹掛けの内側(丹田から下腹)で結ぶ(浅草絆纏屋)、表で結ぶとどんぶりが使えない(同) |
| 脇布 | 前身頃の両脇に付けた幅の狭い布、紐の留め先(日本大百科全書) |
| どんぶり | 腹部の幅いっぱいのポケット(日本大百科全書)、体から離れているためかがんでも中身がこぼれにくい(世界大百科事典)、同じ布で作った大きな物入れ(日本国語大辞典) |
| 横隠し | どんぶりの下の横長の物入れ、逆立ちしても中身が落ちない工夫(ブリタニカ)、内ポケットを「隠し」と呼んだ(世界大百科事典) |
| 裏 | 浅葱木綿の裏(日本大百科全書、世界大百科事典) |
出典: コトバンク(日本大百科全書「腹掛け」、改訂新版 世界大百科事典「腹掛け」、精選版 日本国語大辞典「腹掛け」「丼」、ブリタニカ国際大百科事典「腹掛け」、百科事典マイペディア「腹掛け」)、浅草絆纏屋「腹掛の着方」
辞典は江戸の形を「両肩の共紐を背中で交差させて後ろ脇で留める」と書きますが、いま祭用品として作られている腹掛けは、祭用品専門店の浅草絆纏屋の着方の説明によると、2本の襷に首を通し、片腕ずつ襷に腕を通してから、脇布から出た腰紐を背中で交差させて前に回し、腹掛けをめくって内側で結びます。結ぶ位置は丹田から下腹で、腰紐を腹掛けの表で結ぶとどんぶりが使えなくなるので誤り、ともあります。着るときは首から、脱ぐときは腕から、という順序も書かれています。襷は縫い付けてあるので、背中にも脇にも結び目はできません。
日本大百科全書は、このほかに、筒形の「すっぽり腹掛け」と、菱形の布の上部を折って紐通しを付けた「隅取(すみとり)腹掛け」を挙げています。隅取腹掛けは小児の寝冷え知らずとして使われ「金太郎」とも呼ばれて、江戸初期から近年まで多く用いられました。昔話の金太郎の腹掛けと、庭師の腹掛けは、同じ名前でも形も紐の数も別のものです。
どんぶりと「どんぶり勘定」
「どんぶり」という名は、精選版 日本国語大辞典が落語『磯の白浪』(1890年)の「腹掛の隠袋(ドンブリ)の中で金が迂鳴(うなっ)てるんだ」を用例に挙げるように、職人の腹掛けの前の大きな物入れを指す言葉でした。語源は、井戸に物を投げ入れた音を表す漢語「丼」に由来するか、と同辞典の補注にあり、確かなことは分かっていません。デジタル大辞泉は、「どんぶり勘定」は、昔の職人が腹掛けのどんぶりから無造作に金を出し入れして使ったことに由来する、と説明しています。細かく計算せずに大まかに金を出し入れすること、という意味は、職人の腹の前の袋から来ています。
素材と色 ― 紺木綿と浅葱の裏
日本大百科全書によると、腹掛けの表は紺木綿の縞、裏は浅葱木綿が普通でした。世界大百科事典も、紺の縞が職人や戸外労働者に愛用され、浅葱木綿の裏を付けた、と書いています。ブリタニカ国際大百科事典は、職人の作業着としての腹掛けはほとんど紺木綿製で、江戸時代から昭和初期まで職人の必需品だった、としています。例外として、鮨屋の職人は羽二重の腹掛けを用い、物入れの袋は付けなかった、ともあります。
裏が浅葱なのは、肌に当たる面に薄い色の布を使ったということです。紺の表と浅葱の裏は、どちらも藍で染めた木綿で、藍の濃さが違うだけです。藍の仕組みと色名、使い込むうちに腹掛けの色に深みが出ることは「藍染と庭師の装い」に書いたので、ここでは重ねません。
世界大百科事典には、『守貞漫稿』を引いて、医者の下僕の腹掛けは全面に医者の苗字を染め抜き、地が浅葱なら文字は紺、ねずみ色なら花色で染めた、という記述もあります。第2回の印半纏と同じで、腹掛けにも、誰に仕える者かを示す印が入ることがあったわけです。
江戸東京博物館のデジタルアーカイブズには、江戸末期から明治期の腹掛け(74.5cm×46.8cm、火消装束として使われたもの)が収められています。火消しの腹掛けは、職人の腹掛けと同じ形で、仕事の場面を変えて使われていました。
庭師の仕事で、腹掛けはどう働くか

当社の腹掛けの着け方。襷に首を通し、腰紐を後ろで結び、その上に腰ベルトを締めて鋏と鋸を吊る(イラストは当社作成)
ここからは現場での経験から書きます。腹掛けは、胸から腹を覆う1枚の布に紐が付いただけの簡単な仕事着ですが、庭師の仕事では4つの働きがあります。
- 前がはだけない: 腹掛けの上に半纏を羽織る日も、半纏を脱いで上衣だけの日も、胸から腹は腹掛けが覆っています。前かがみになって松の枝の中に体を入れても、上衣がめくれて肌が枝に当たることがありません。
- 両手が空く: どんぶりに縄や小物を入れ、鋏と鋸は腹掛けの上に締めた腰ベルトの鞘に吊るので、両手を空けたまま、必要なときに手を伸ばせます。どんぶりの中身がしゃがんでも落ちないのは、どんぶりが体から少し離れて付いているからで、辞典が「かがんでも中身がこぼれにくい」と書くとおりです。
- 襷が肩に食い込まない: 両肩の襷は共布で幅があり、背中で交差しているので、どんぶりに物を入れても肩の一点に食い込みません。腰紐は細くても、重さを受け持つのは襷なので、腰を締めつけることもありません。
- 腹を冷やさない: 辞典が「保温のための補助衣」と書くとおり、朝の冷える時間に腹が温かいだけで、体の動きが違います。
私の感覚では、腹掛けは「着る道具箱」です。縄と小物が腹の前に、鋏と鋸が腰にあって、どこに置いたか探す時間がありません。使い込んだ腹掛けは、どんぶりの口が自分の手の形に開いてきて、見ずに物を出し入れできるようになります。

棚仕立ての松の手入れ。手ぬぐいに腹掛け姿(記事「庭師の服装の歴史」から再掲)
現代の現場で ― どんぶりの続きにあるもの
当社の松の手入れの日は、手ぬぐいに腹掛け、地下足袋という伝統の装いです。腹掛けは、襷に首を通して、腰紐を腰の後ろで結びます。辞典が京坂の形として書く「首に掛ける」着け方に近いものです。その上に幅のある腰ベルトを締め、革の鞘に入れた剪定鋏と鋸を左右に吊ります。どんぶりには縄などの小物を入れます。
一方、高木の剪定や特殊伐採の日は、法令と規格が求めるヘルメット・ハーネス・防護ズボンを着けます。この装備にも、どんぶりに当たるものがあります。ハーネスの腰まわりのギアループと、作業ズボンの太ももの物入れです。「両手を空けたまま、道具を体に付けておく」という役目は同じで、付ける物が鋏と鋸と縄から、カラビナとスリングに変わっただけです。

当社のハーネスを前から。腰まわりのギアループが、現代の「どんぶり」(記事「庭師の服装の歴史」から再掲)
違うのは、留め方です。腰ベルトの鞘は道具を差し込むだけ、どんぶりは上が開いた袋で物を落とし込むだけですが、ギアループには道具をカラビナで掛けて、落下を防ぎます。樹上では、落とした鋏が下の人に当たります。地上の松の手入れで育った「差す・入れる」習慣を、樹上では「掛けて留める」に切り替えることが、当社の現場の決まりです。
職人の視点 ― 腹掛けの紐を結ぶ朝
襷に首を通して腰紐を後ろで結び、腰ベルトを締める動作は、慣れると10秒もかかりません。それでも、この10秒で体が仕事に向きます。胸と腹が覆われて、鋏と鋸の重さが腰にある。その状態で木を見上げると、どこから手を入れるかが自然に決まってきます。1689年の俳諧に詠まれた腹掛けと、いま私が着けている腹掛けは、形がほとんど変わっていません。変える必要がなかった道具は、それだけで完成していたということです。
よくある質問(Q&A)
Q1. 腹掛けとは何ですか?
A. 胸から腹を覆う1枚の前身頃に、両肩の共布の紐を付け、背中で斜め十文字に交差させて後ろの脇で留める職人の仕事着です(精選版 日本国語大辞典、日本大百科全書)。腹の前に「どんぶり」と呼ぶ横幅いっぱいの物入れが付いています。関西では「腹当て」と呼びます。
Q2. 腹掛けはいつからありますか?
A. 精選版 日本国語大辞典は、用例の初出に俳諧『曠野』(1689年)を挙げています。職人の労働着としては江戸後期から用いられ、昭和初期まで、腹掛けの上に半纏、下にももひきという姿が職人の制服のようでした(日本大百科全書)。世界大百科事典は、江戸で生まれたとされ、京坂では「江戸腹当」と呼ばれた、と書いています。
Q3. どんぶりとは何ですか?
A. 腹掛けの腹の部分に付いた、横幅いっぱいの大きな物入れです。体から少し離れて付いているので、かがんでも中身がこぼれにくいと世界大百科事典は説明しています。名前の用例の初出は落語『磯の白浪』(1890年)です(精選版 日本国語大辞典)。
Q4. 「どんぶり勘定」は腹掛けと関係がありますか?
A. あります。デジタル大辞泉は、昔の職人が腹掛けのどんぶりから無造作に金を出し入れして使ったことに由来する、と説明しています。細かく計算せずに大まかに金を出し入れすること、という意味です。
Q5. 横隠しとは何ですか?
A. どんぶりの下に付いた、横に細長い小さな物入れです。ブリタニカ国際大百科事典は、腹部正面のどんぶりの下に横隠しがあり、逆立ちしても中身が落ちない工夫がある、と書いています。世界大百科事典は内ポケットを「隠し」と呼んだとしています。
Q6. 腹掛けはなぜ紺色なのですか?
A. 日本大百科全書によると、表は紺木綿の縞、裏は浅葱木綿が普通でした。藍で染めた木綿が安く丈夫で汚れが目立ちにくかったためで、裏の浅葱も藍の薄い色です。藍の仕組みと色名は、記事「藍染と庭師の装い」で説明しています。
Q7. 金太郎の腹掛けと職人の腹掛けは同じものですか?
A. 名前は同じですが、形が違います。金太郎の腹掛けは、菱形の布の上部を折って紐通しを付けた「隅取腹掛け」で、紐が4本付いた四手式です。小児の寝冷え知らずとして江戸初期から使われました(日本大百科全書、世界大百科事典)。職人の腹掛けは、両肩の紐を背中で交差させて脇で留める形です。
Q8. 腹掛けの着け方を教えてください。
A. 辞典が書く江戸の形は、前身頃を胸から腹に当て、両肩の共紐を肩の上から後ろへ回し、背中で斜め十文字に交差させて、後ろの脇で脇布の端に留めるものです(日本大百科全書)。いま祭用品として作られている腹掛けは、襷に首を通し、脇布から出た腰紐を背中で交差させて前に回し、腹掛けの内側で結びます(浅草絆纏屋の着方)。当社は、襷に首を通して腰紐を腰の後ろで結び、その上に腰ベルトを締めます。
Q9. 庭師は鋏をどこに付けますか?
A. 当社の松の手入れでは、どんぶりには縄などの小物を入れ、剪定鋏と鋸は腹掛けの上に締めた腰ベルトの鞘に吊ります。両手を空けたまま、必要なときに手を伸ばせます。高木の作業の日は、ハーネスのギアループに道具をカラビナで掛けて、落下を防ぎます。
Q10. 腹掛けはいまも売っていますか?
A. 職人向けの作業着として、いまも作られています。ブリタニカ国際大百科事典は、衣服の下の保温用の腹掛けは西洋風の衣服の普及で見られなくなったと書いていますが、職人の作業着としての腹掛けは、庭師や鳶、祭礼の装いとして続いています。当社も松の手入れの日に着けています。
次回は、股引と乗馬ズボン、ニッカーボッカーズの話です。公開したら、連載の一覧からたどれるようにします。
株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊
出典・参考情報
- コトバンク「腹掛け」「丼」「丼勘定」「腹当て」(精選版 日本国語大辞典、改訂新版 世界大百科事典、日本大百科全書、ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典、百科事典マイペディア、デジタル大辞泉) https://kotobank.jp/
- 江戸東京博物館 デジタルアーカイブズ「腹掛け」(江戸末期〜明治期、74.5cm×46.8cm、火消装束) https://www.edohakuarchives.jp/detail-136602.html
- 浅草絆纏屋「祭衣装の着方【腹掛(はらがけ)の着方】」 https://hantenya.co.jp/haragake-kikata/
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連載「庭師の装い」のすべての回は、連載の一覧からご覧いただけます。
































