樹木医として緑を維持管理してきた経験から考える都市の価値

都市の価値について、樹木医として最近とても強く感じていることがあります。これからの都市に求められるのは、単に「新しくてきれいな空間」ではなく、その場所でしか得られない体験や、時間の積み重なりまで感じ取れる景観ではないか。なかでも、大きな樹木がつくる木陰は、お金では買えないということです。

大きな樹冠を広げた一本の樹木や、夏の日差しをやわらげる深い木陰、その土地の記憶を受け継いできた並木は、お金だけではつくれません。

 

樹木は植えられる。けれど、木陰は買えない

樹木を植えること自体はできます。環境省の「まちなかの暑さ対策ガイドライン」でも、植樹に要する費用は樹種や大きさによって異なるものの、材料と施工を合わせて1本あたり数万円程度とされています。

けれども、30年、50年、100年という時間を経た樹木がつくる景観や木陰は、今すぐ買ってくることができません。そこには、どうしても時間が要ります。

雨の日も、猛暑の日も、台風の日も、その土地でやり過ごしながら生きてきた時間があります。

人が木陰でひと休みした記憶。
子どもが遊んだ記憶。
通勤や通学の途中、毎日のように見上げてきた景色。
季節が変わるたびに感じる、その街らしさ。

そうした時間の積み重なりごと、都市樹木の価値なのだと思っています。

 

木陰が涼しいのは、気温が低いからではない

なかでも「木陰」は象徴的です。真夏の都市では、数メートル先に木陰があるというだけで、人の歩き方や過ごし方が変わります。立ち止まり、腰を下ろし、話し、休む。

この実感には、裏づけがあります。環境省の「まちなかの暑さ対策ガイドライン(令和4年度部分改訂版)」は、日向と木陰で気温がほぼ同じであっても、木陰では頭上からの日射と、熱くなった路面からの赤外放射(輻射熱)が少ないために涼しく感じる、と説明しています。真夏の日向では黒いアスファルトの表面温度が60℃を超えることもあり、同じガイドラインには気温約30℃のとき日向の路面が約50℃、木陰の路面が約32℃という例が示されています。

樹冠は日射の75〜95%程度を遮り、樹木の陰に入ると、日向に比べて暑さ指数(WBGT)が2程度、体感温度(SET)が7℃程度低くなる場合があるとされています。東京都が2025年1月にまとめた「東京都の緑の取組 Ver.3」の「緑の効果」の欄も、この木陰の説明をそのまま引いています。木陰は、単に日射を遮るものではなく、足元の路面まで含めて、人が都市のなかで過ごす時間そのものを変えてくれる空間なのだと感じています。

 

東京の街路樹は100万本になった。次に問われるのは「樹冠」

東京都は2007年の「緑の東京10年プロジェクト」で、都内の街路樹を100万本に倍増させる目標を掲げました。「東京都の緑の取組 Ver.3」によれば、2024年4月1日時点で都内の街路樹は1,000,983本、そのうち約65万本を東京都が管理しています。本数の目標は、およそ達成されたことになります。

そして東京都は2023年7月、100年先を見据えた緑のプロジェクト「東京グリーンビズ」を始動させました。それまでの「緑溢れる東京プロジェクト」が緑を「増やす」取組だったのに対し、東京グリーンビズは東京の緑を「まもる」「育てる」「活かす」の3つで組み立てられています。増やす段階から、すでにある緑を育て、活かす段階へ。行政の言葉の変わり方に、私は都市の樹木をめぐる転換点を感じています。

その「育てる」の柱に、街路樹の樹冠拡大による緑陰の確保が置かれています。樹種ごとの目標樹形と剪定手法を示した「街路樹維持管理計画書」に基づき、計画的な剪定で樹冠を広げていくという方針です。同じことは環境省のガイドラインでも紹介されていて、埼玉県川口市は街路樹の管理方針を、それまでの「樹冠のコンパクト化」から「樹冠拡大」を目指す方向へ切り替えています。

樹木の本数は、予算があれば増やせます。けれども木陰をつくる樹冠は、切り詰めない剪定を何年も重ねて、ようやく育ちます。剪定で小さく抑え続けてきた樹木を、木陰をつくる樹木として育て直す。そのための時間も、やはり買うことはできません。

 

都市樹木の価値は、大きさだけでは測れない

都市樹木の価値は、樹木の大きさだけでは測れないと思っています。その樹木がつくる涼しさや心地よさ、街並みとの調和、人の記憶、土地の歴史まで含めて、ようやくその価値が見えてくるのだと考えています。

海外の都市計画では、こうした価値を数字で確かめようとする動きが進んでいます。都市林学者のセシル・コナイネンダイク氏が2022年に提唱した「3-30-300ルール」は、すべての住まい・学校・職場から少なくとも3本の「十分に育った樹木」が見えること、どの地区でも樹冠被覆率(地面を樹冠が覆う割合)が30%以上あること、住まいから300m以内に公共の緑地があることを、健康で暑さに強い街の目安としています。ここで大切なのは、「3本」が苗木ではなく、育った樹木を指している点です。植えた本数ではなく、育った樹冠がどれだけ街を覆っているかで、都市の緑を測る。都市の樹木をグリーンインフラ、つまり道路や水道と同じ社会基盤として捉える考え方が、ここにあります。

東京にも、そうした時間を体現する樹木があります。東京都が公開している「東京グリーンビズマップ」は、都内約830か所の緑のスポットを紹介するデジタルマップですが、その特集のひとつに「歴史を今に伝える名木」があります。日比谷公園の「首かけイチョウ」は推定樹齢400〜500年、幹周り7m。明治34年頃、道路の拡張で伐採されるところを、公園の設計者・本多静六博士が「私の首をかけても」と移植を成し遂げたと伝えられ、その後の関東大震災も戦禍も、あの場所で越えてきました。浜離宮恩賜庭園の「三百年の松」は1709年に植えられたと伝わるクロマツ、林試の森公園のクスノキは樹高約29m。どれも、今から新しくつくることのできない景観です。

125年前の一人の判断が、いまも都心に木陰を落としている。9月28日には、その日比谷公園で東京都公園協会の樹木講座の講師を務めさせていただく予定で、あらためてこのイチョウの前に立つことを楽しみにしています。

 

「何をつくるか」から、「すでにある価値をどう残し、どう育てるか」へ

だからこそ、これからの都市づくりでは、「何を新しくつくるか」だけではなく、「すでにそこにある価値を、どう残し、どう育てるか」という視点が、ますます大切になってくると思っています。

東京都の調査によれば、樹林や草地、農地に公園や水面を加えた「みどり率」は、都全域で52.1%、区部で24.0%(いずれも2023年調査)と、減少傾向にあるとされています。都内には800か所を超える屋敷林が確認され、面積は200ha以上に及びますが、相続などを機に失われるものが多く、東京都は2043年度までに屋敷林などの身近な樹林地を100か所・50ha確保する目標を掲げています。都立公園でも、移植が必要になった樹木を「ツリーバンク」で受け入れて保管し、新しい公園の整備に活かす仕組みが動き始めています。

日本の都市には、長い時間をかけて育ってきた樹木や並木、寺社の森、公園、住宅地の緑など、お金だけではつくれない資産がすでに数多くあります。

足りないのは、樹木そのものではないのかもしれません。そこにある木陰や景観、歴史の価値を私たち自身がきちんと理解し、正しく評価し、この先にも残していこうとする視点なのだと思います。

 

残すためには、診ることが要る

ただし、時間を重ねた樹木を残すことは、放っておくこととは違います。大きく育った樹木ほど、内部の腐朽や根の傷みは外からは見えにくくなります。東京都自身も、都立公園の樹林を次の世代へ引き継ぐために、大径木を中心とした樹木診断やナラ枯れ対策、補植による樹林の更新を進めると「緑の取組 Ver.3」に書いています。2026年春に都有施設の樹木約80万本を一斉点検し、約14,000本に異状が確認された件については、別の記事で樹木医としての読み解きを書きました。

目視の点検は、詳しく診るべき樹木を選び出す「ふるい」です。その先で、ピカス(音響トモグラフ)やアーボソニック3D、レジ(Resi PD・穿孔抵抗測定)といった機器で幹の内部を確かめ、外観の所見と照らし合わせて、残せる樹木と処置が必要な樹木を見分けていく。危険性があるからという理由だけで伐採に傾くのではなく、利用者の安全を確保しながら、育った樹冠を一本でも多く次の世代に渡す。そのために樹木診断があると考えています。機器の違いは、同じ樹木で3機器を比べた研修会の記事にまとめています。

都市樹木は、単なる緑ではありません。時間をかけて育てていく、都市の資産です。

そして気持ちのよい木陰は、その価値を私たちがいちばん身近に感じられる場所だと思っています。その木陰に向き合い、樹木を育て、残していける存在でありたいと考えています。

株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊

 

よくあるご質問

Q1. 木陰はなぜ涼しいのですか。気温が下がっているのですか。
A. 気温はほとんど変わりません。環境省のガイドラインによれば、木陰で涼しく感じるのは、頭上からの日射と、熱くなった路面からの赤外放射(輻射熱)が減るためです。樹木の陰では日向に比べて暑さ指数(WBGT)が2程度、体感温度(SET)が7℃程度低くなる場合があります。

Q2. 木陰と日除け(テントやオーニング)では、涼しさに違いがありますか。
A. 環境省のガイドラインでは、樹冠は葉の蒸散によって日射を受けても熱くなりにくいため、上からの赤外放射が少ないとされています。人工の日除けは素材の表面温度が上がることがあり、日射反射率の高い製品を選ぶ必要があります。両方を組み合わせる考え方もあります。

Q3. 都市樹木の価値はどのように評価すればよいですか。
A. 樹高や幹周といった大きさだけでなく、樹冠がつくる木陰の広さ、街並みとの調和、その土地での歴史や人の記憶まで含めて捉える必要があります。海外では樹冠被覆率30%などを目安とする「3-30-300ルール」が使われ、日本でもi-Tree Ecoのように樹木の働きを数値化する手法があります。

Q4. 「3-30-300ルール」とは何ですか。
A. 都市林学者セシル・コナイネンダイク氏が2022年に提唱した、健康で暮らしやすい街の目安です。すべての住まい・学校・職場から少なくとも3本の育った樹木が見えること、地区の樹冠被覆率が30%以上あること、住まいから300m以内に公共の緑地があることの3つで構成されています。

Q5. 「東京グリーンビズ」とは何ですか。
A. 東京都が2023年7月に始動させた、100年先を見据えた緑のプロジェクトです。「自然と調和した持続可能な都市」を目指し、東京の緑を「まもる」「育てる」「活かす」の3つの取組で進めています。公式サイト「東京グリーンビズマップ」では都内約830か所の緑のスポットや名木の特集、イベント情報が公開されています。

Q6. 東京の街路樹は何本ありますか。
A. 「東京都の緑の取組 Ver.3」によれば、2024年4月1日時点で都内の街路樹は1,000,983本で、そのうち約65万本を東京都が管理しています。樹種別ではハナミズキ、イチョウ、サクラ類、トウカエデ、ケヤキの順に多くなっています。

Q7. 剪定で小さく抑えている街路樹を、木陰をつくる樹木に育て直せますか。
A. 樹種や植栽環境によりますが、可能な場合があります。東京都は樹種ごとの目標樹形を示した「街路樹維持管理計画書」に基づく計画的な剪定で樹冠拡大を進めており、埼玉県川口市も管理方針を「樹冠のコンパクト化」から「樹冠拡大」へ切り替えています。落ち葉対策や電線・標識との関係を含めて、中長期の管理計画として検討することが大切です。

Q8. 大きく育った古い樹木は、そのまま残しておいて大丈夫ですか。
A. 大きな樹木ほど内部の腐朽は外から見えにくくなります。定期的な外観の点検に加え、気になる樹木はピカスやレジなどの機器診断で内部を確かめたうえで、残す・処置する・やむを得ず伐採するの判断をすることをおすすめします。東京都も都立公園の樹林更新において、大径木を中心とした樹木診断を位置づけています。

Q9. マンションや寺社の敷地にある古い樹木も、同じ考え方で管理できますか。
A. できます。管理組合や寺社の場合も、まず樹木医による外観診断で全体を把握し、必要な樹木だけ機器診断に進む流れが基本です。診断結果をもとに、剪定や土壌改良などの処置と、中長期の管理計画をあわせて考えることで、木陰と安全の両方を確保しやすくなります。

Q10. 東京の緑は増えているのですか、減っているのですか。
A. 東京都の調査では、樹林や草地、農地に公園や水面を加えた「みどり率」は減少傾向にあり、2023年調査で都全域52.1%、区部24.0%とされています。一方で、街路樹はおよそ100万本に達し、都心3区では大規模開発によって新たな緑も生まれています。量を増やす段階から、すでにある緑を守り育てる段階に入ったと言えます。

 

出典・参考情報

・東京都政策企画局「東京グリーンビズマップ」 https://www.tokyo-greenbizmap.metro.tokyo.lg.jp/
・同 特集「歴史を今に伝える名木~いつもの景色の奥にある生きる歴史~」 https://www.tokyo-greenbizmap.metro.tokyo.lg.jp/tokusyu/meiboku/
・東京都「東京都の緑の取組 Ver.3」(令和7年1月) https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/seisakukikaku/green_action_ver3
・環境省「まちなかの暑さ対策ガイドライン 令和4年度部分改訂版」(令和5年3月) https://www.wbgt.env.go.jp/pdf/city_gline/city_guideline_full.pdf
・Konijnendijk, C.C. (2022) Evidence-based guidelines for greener, healthier, more resilient neighbourhoods: Introducing the 3-30-300 rule. Journal of Forestry Research 34, 821-830 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9415244

 

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