イタリアで、ヴェローナを拠点に活動するアーボリストのゼノ・ガスパリさんにお会いしました。以前、欧州の樹木管理の基準書を日本へ送ってくださった方です。自然樹形の残し方、強風による倒木、掘削工事で傷む根、専門家との役割分担について伺ったことを、東京の現場と重ねてまとめます。
アーボリストは、樹木の剪定や伐採、樹上での作業など、樹木の管理を専門にする職業です。日本の樹木医とは資格も仕事の範囲も違いますが、樹木と向き合う立場は近いところにあります。2026年9月、ヴェローナの街で、Instagram でしかやり取りのなかったゼノさんと初めて顔を合わせました。
Instagramから始まった交流と、ヴェローナの「Fotosintesi」
当社は「良い技術は国境を越える」という前提で、海外のアーボリカルチャー(樹木管理の学問と技術)の知見を日々の仕事に取り入れています。ゼノさんとは Instagram でつながり、以前、ヨーロッパ各国で共通の言葉として使える基準書と、アーボリカルチャーの根幹に触れる書籍を日本へ送っていただきました。
基準書は「EAS(European Arboricultural Standards、欧州アーボリカルチャー基準)」です。EU の助成を受けて2019年9月に始まった「TeST(Technical Standards in Tree Work)」というプロジェクトの作業部会がまとめたもので、英国のArboricultural Association(AA)もその経緯を紹介しています。剪定(EAS 01:2021)、ケーブリング・ブレーシング(EAS 02:2022)、植栽(EAS 03:2022)の3冊で、剪定の基準は2024年秋に最初の改訂を終えています。書籍は、イタリアの樹木と都市の緑を扱った『AMICO ALBERO』(Francesco Ferrini、Alessio Fini 著)と、樹木をひとつのシステムとして捉えた Alex L. Shigo の『Modern Arboriculture』(1991年)でした。届いたときのことはヨーロッパの樹木管理スタンダードに学ぶ 現場の判断精度に書いています。
ゼノさんは、ヴェローナを拠点に「Fotosintesi(フォトシンテージ、イタリア語で光合成の意味)」という名前で活動されていて、日本人の高橋さんと2人で運営していると伺いました。公式サイトには、ツリークライミングによる剪定と高木の伐採を中心に、庭づくり、灌水設備、乾式の石積みまでが並んでいます。庭づくりのページでは、水をできるだけ使わない庭にすること、除草剤や化学薬剤を使わないこと、単一の植物より生物多様性を大切にすることが書かれていて、厳しい管理の基準を課すより、時間をかけて自然な釣り合いを見つけていく庭を目指す、という考え方でした。
お会いした際には、お互いの書籍を交換させていただきました。そのあと、ゆっくり時間をとっていただき、樹木の管理について率直に話し合うことができました。

枝が横に広がる樹木は、その形を残す──自然樹形の考え方
最初に印象に残ったのは、樹形の話でした。枝が大きく広がる樹木をどう管理しているのかを尋ねると、その樹種が本来持っている形を残すことを大事にしている、という答えが返ってきました。枝が長く横に伸びる性質の樹木なら、その枝をできるだけ残す。必要なときはほかの枝を切って少し軽くするけれど、最後は自然な樹形を保つようにする、という順序の説明でした。
枝を抑えて小さくするのか、伸ばすのか、その中間なのかと重ねて尋ねると、立地や環境によって変わる、としたうえで、基本は枝を伸ばした状態をつくりたい、とのことでした。樹木が枝や葉をつくるのは、樹木自身にそれが必要だからだ、というお話もありました。公式サイトの剪定のページにも、剪定は樹木を「手なずける」ためのものではない、という趣旨の一文があり、余分な切り口をできるだけ減らす保守的な剪定を優先すると書かれています。
当社も、ぶつ切りの強剪定を避け、「透かし」を基本にした自然風剪定を続けてきました。国は違っても、その樹種の育ち方を出発点に据えるところは同じだと思いました。
強風による倒木と、暑さで増える虫の被害
細いイトスギは倒れやすい
樹木の大きな問題は何かという話の流れで、まず挙がったのが倒木でした。ヨーロッパでは異常気象の影響か、気象が変わり始めていて、風が以前より強くなり、こちらでも倒れる樹木が多いと伺いました。どの樹木が倒れるのかと尋ねると、マツやスギの倒木が増えてきていて、とくに細いイトスギ(細長い樹形になるヒノキ科の針葉樹)が多い、とのことでした。倒木への対応としては、自分たちは枝を軽くする、という説明でした。
2018年の暴風雨「Vaia」
ヴェローナのあるヴェネト州を含むイタリア北東部では、2018年10月29日に暴風雨「Vaia」が森林を襲っています。イタリア森林学会(SISEF)の会誌に載った論文によれば、この嵐で約800万立方メートルの立木が失われました。同じ論文は、突風が毎時94〜100km(約26m/s)を超えると、樹木の性質にかかわらず幹が折れたり根返りしたりする、としています。森林での話なので街の樹木とは条件が違いますが、手入れだけでは防ぎきれない強さの風がある、ということは日本の台風にも通じると思います。
材が柔らかく、油のようなものが出る樹木
倒木の話の中では、ある樹木について、材が柔らかいこと、樹液とは違う粘り気のある油のようなものが出ること、枝が広がって重くなることを教えていただきました。もともとその土地の樹木ではなく、北アフリカのアトラスの方から持ち込まれたものだそうです。原産地と違う気候や土の中で育つ樹木を、現場でどう見ているのか。実際の樹木を前にして、あらためて伺いたいと思っています。
暑さと虫、そしてサクラ
倒木と並んで挙がったのが、虫や寄生する生物による被害でした。年々問題が大きくなっていて、暑さと関係がある、というお話です。花を楽しむサクラは美しいけれど、涼しいところを好むので、暑さや熱い風には苦しむ、という話も出ました。
掘削工事で根を傷める──イタリアと東京に共通する課題
根の話になったとき、イタリアでは周辺の掘削工事で根を傷めることがよくある、という指摘がありました。樹木の状態は足元の条件にもより、岩の多い場所か土の場所かで違ってくること、都市の樹木は本来の自然環境とは違う育ち方をすることも話されていました。
東京でも同じ課題があります。東京都建設局の街路樹診断等マニュアル(令和3年度)は、第Ⅵ章を「街路樹の根の保護に関するガイドライン」にあて、街路樹の周りに「工事配慮エリア」を設けています。高木の幹芯から1m以内はできるだけ工事の範囲に含めないこと、必要な場合は樹木医などの立ち会いのもとで掘ること、根を切らないようできるだけ人力で掘ること、支えになる根が出てきたら切らずに保護して報告すること、が挙げられています。
当社でも、掘削工事の現場に樹木医として立ち会い、この根は切ってよいのかをその場で判断してきました。そのときの判断の考え方は掘削工事の樹木医立会い 街路樹の根を切ってよいかの判断に、マニュアルの要点は東京都「街路樹診断等マニュアル」の要点にまとめています。地上の姿が健全に見えても、足元で根を傷めれば、樹木は体を支える力を失うおそれがあります。ヴェローナでも同じ悩みを抱えていると知って、この仕事の大切さをあらためて思いました。
診る人と作業する人──重要な樹木はアグロノモの評価を受けてから
樹木を診る専門家なのかと尋ねると、ゼノさんは、ご自身は樹木の管理と造園の作業をする立場だと説明されました。そのうえで、重要な樹木についてはアグロノモ(agronomo、農学系の専門家)に評価を頼み、樹木の状態を診てもらって、どうすればよいかを確かめてから、その判断に沿って作業をする、と伺いました。
イタリアでは、大学で農学や林学を修めたうえで国家試験を経て登録する「dottore agronomo」「dottore forestale」という専門職があります。ゼノさんの公式サイトにも、林学や農学の専門家と協働し、機器を使って法的な効力のある安定性の評価を出している、と書かれていました。
日本でいえば、樹木医が診断し、その結果を受けて施工する流れに近いと思いました。当社のツリーリスクアセスメント(樹木診断)でも、樹木医や街路樹診断士が目視や打音による外観診断で兆候を確かめ、必要なときにだけ、ピカス(音響トモグラフ)やアーボソニック3Dなどの機器診断へ進みます。診る人と作業する人の役割を分けて考えるところは、国が違っても変わらないのだと思いました。
ヴェローナの現場の日常──道具、作業服、お客様への説明
ノコギリ、ハサミ、チェーンソー
剪定はノコギリを使うことが多いけれど、ハサミだけで仕上げる剪定もあり、大きな樹木にはチェーンソーを使う、という使い分けでした。クレーンなどの揚重機械はあまり使わないそうで、理由は、庭を新しくつくる仕事が少ないからとのことでした。
目立つ作業服は、安全のため
オレンジや黄色の目立つ作業服は文化なのか、決まりなのかと尋ねると、安全のためで、見つけやすい方が安全だから、という答えでした。欧州には高視認性の作業服を定めた「EN ISO 20471」という規格があり、規格の紹介によれば、色は蛍光の黄・橙・赤の3色で、蛍光素材と反射素材の面積によって3つのクラスに分かれています。
伐採と剪定は半々、公共の仕事の実感
主な仕事は伐採か剪定かと尋ねると、「50・50」との答えでした。公共の仕事については、地域の人たちのために何かをしているという実感を、民間の仕事より強く感じる、というお話でした。よく働くことは好きだけれど、気負いすぎずに取り組むことも大事にしていて、お客様との関係はとても大切だ、とも話されていました。
お客様に、一度、二度、三度、四度と説明する
仕事の苦労の話になると、お客様への説明の難しさが話題にのぼりました。樹木を傷めない管理を説明しても、お客様が樹木を怖がっていて、なかなか伝わらない。図を描くなどの工夫をしているのかと尋ねると、一度、二度、三度、四度と説明を繰り返す、という答えでした。それでも理解が得られなければ、その場を離れることもある、という話も続きました。お客様から「いつ来るのか」と何度も作業日を急かされることも、こちらでは結構あるそうです。
樹木の側の事情を、樹木に詳しくない方に伝える難しさは、東京の現場で私たちが日々感じていることと同じでした。説明を重ねることは遠回りに見えますが、樹木を残すための確かな方法だと、あらためて思いました。
一人で担う仕事の大変さと、働く人の年代
今後の話の中では、お客様への対応、見積もりの作成、現地の確認、実際の作業、その全体の段取りまでを一人で回す大変さが語られました。木に登る、切るという技術だけでなく、その前後を含めて仕事が成り立っている、ということです。イタリアには従業員を雇う会社もあれば、一人で働く人もいて、造園の分野で働く人は30〜40代が多い、とお二人から伺いました。仕事の写真を見せる話では、きれいな写真には服装や光、カメラが関わってくるけれど、作業着に穴があいていたりするので難しい、と笑っておられました。木の仕事が好きで、仕事をすると気分がいい、という言葉が印象に残っています。
次はヴェローナの現場で
次回はヴェローナで、実際の仕事とツリークライミングを見せていただくことになりました。ロープやハーネスの予備もあるので、道具の面でも受け入れてくださるそうです。樹上の作業だけでなく、地上で支える人の仕事も大変だという話も出て、現場全体で成り立つ仕事だという点も、東京と変わりませんでした。
海外の考え方を学ぶのは、海外が正しいからではありません。日本の現場には日本の条件があり、イタリアにはイタリアの条件があります。それでも、枝の広がり方、倒れ方、根の傷み方には、国が違っても通じるところがあると思いました。当社が大切にしている「科学的な知見(アーボリカルチャー)と現場経験の融合」を、こうした往復の中で深めていきたいと考えています。日本の現場で積み重ねてきたことも、こちらから手渡していけたらと思います。
ゼノさん、高橋さん、ありがとうございました。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
株式会社トシ・ランドスケープ
よくある質問(Q&A)
Q1. アーボリストとは何ですか?日本の樹木医とは違いますか?
A. アーボリストは、樹木の剪定や伐採、樹上での作業など、樹木の管理を専門にする職業です。日本の樹木医とは資格も仕事の範囲も違いますが、樹木と向き合う立場は近いところにあります。イタリアでは、重要な樹木はアグロノモ(農学系の専門家)が評価し、アーボリストがその判断に沿って作業する流れがあると伺いました。
Q2. イタリアでは樹木をどのように剪定していますか?
A. ヴェローナのアーボリストのゼノ・ガスパリさんは、その樹種が本来持っている形を残すことを大事にしています。枝が横に広がる樹木なら、その枝をできるだけ残し、必要なときはほかの枝を切って少し軽くしながら、自然な樹形を保つという考え方です。当社も、強剪定を避けて透かしを基本にした自然風剪定を続けています。
Q3. ヨーロッパでは強風による倒木が増えていますか?
A. ゼノさんからは、風が以前より強くなり、マツやスギ、とくに細いイトスギの倒木が増えていると伺いました。イタリア北東部では2018年10月29日の暴風雨「Vaia」で約800万立方メートルの立木が失われ、論文では突風が約26m/sを超えると樹木の性質にかかわらず折れたり根返りしたりするとされています。
Q4. 掘削工事は樹木の根にどのような影響がありますか?
A. 周辺の掘削工事で根を傷めると、樹木は体を支える力を失うおそれがあります。東京都建設局の街路樹診断等マニュアル(令和3年度)は、高木の幹芯から1m以内はできるだけ工事の範囲に含めないこと、必要な場合は樹木医などの立ち会いのもとで、できるだけ人力で掘ることを挙げています。イタリアでも、掘削工事で根を傷めることはよくあると伺いました。
Q5. 欧州アーボリカルチャー基準(EAS)とは何ですか?
A. EAS(European Arboricultural Standards)は、EU の助成を受けて2019年9月に始まったプロジェクト「TeST」の作業部会がまとめた、ヨーロッパ共通の樹木管理の基準です。剪定、ケーブリング・ブレーシング、植栽の3つがあり、国や言語が違っても同じ目線で作業の手順や品質を話し合えるように整理されています。剪定の基準は2024年秋に最初の改訂を終えています。
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