2026年10月15日、当社のアーボリスト 笠原功貴が、トロント大学の都市林業の授業でゲスト講義「Sacred Trees and Urban Tree Conservation(御神木と都市の樹木保全)」を行いました。日本語で話し、AI 通訳で届けた講義の経緯と中身を、スライド32枚の解説つきで紹介します。
講義は Zoom で、トロント時間の10月15日午後3時半から5時まで、日本では16日の朝4時半から6時でした。授業は「Green Urban Infrastructure」(都市の緑のインフラ)です。本編が約55分、そのあとに質疑です。笠原から報告を受け、社員が自分の名前で海外の大学の教室に立ち、日本の御神木と当社の現場の仕事を話す機会をいただけたことを、ありがたく思いました。この記事は、笠原がまとめた経緯のメモと講義のスライドをもとに、私が書いています。
講義の概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日時 | 2026年10月15日(木)15:30〜17:00 トロント時間(日本時間 10月16日 4:30〜6:00) |
| 形式 | Zoom によるオンライン講義、笠原は日本語で話し、AI 通訳を使用、本編約55分+質疑 |
| 大学 | トロント大学 ジョン・H・ダニエルズ建築・ランドスケープ・デザイン学部(John H. Daniels Faculty of Architecture, Landscape, and Design) |
| 授業 | FOR416H1/FOR421H1「Green Urban Infrastructure」(都市の緑のインフラ、都市林業の授業) |
| 招聘者 | ダニエラ・プリッチ゠ムラデノヴィッチ先生(Danijela Puric-Mladenovic, Ph.D.、森林保全) |
| 講義の題 | Sacred Trees and Urban Tree Conservation(御神木と都市の樹木保全) |
| 講師 | 笠原功貴(Isaki Kasahara)、株式会社トシ・ランドスケープ アーボリスト |
| スライド | 英語32枚(笠原作成) |
トロント大学の履修案内によると、「Green Urban Infrastructure」は、都市とその周辺の樹木や樹林が住民と環境にもたらす働きを学び、都市の森林をどう把握し、計画し、管理するかを扱う24時間の講義科目です。招いてくださったダニエラ先生は、同学部で都市や人の住む景観の中の森林の保全・復元を専門にされています。
きっかけは、LinkedIn に書いた「神木」の投稿でした
始まりは2026年4月、笠原が LinkedIn に英語で投稿した神木(Shinboku)についての記事です。それを読んだダニエラ先生から、「文化を越えた木と人のつながりを論文にしたい。Zoom でのゲスト講義も可能か」という連絡が届きました。先生はセルビアのご出身で、セルビアにも日本の神木とよく似た聖なる木の文化があるそうです。
そこから講義の当日までの流れを、笠原のメモから表にします。
| 時期(2026年) | 出来事 |
|---|---|
| 4月 | 先生から LinkedIn で連絡、論文の構想と Zoom でのゲスト講義の打診 |
| 4月25日 | 笠原が返信、英語でのライブ講義と質疑には自信がないと率直に伝え、書面インタビューと写真・スライド資料の提供を提案 |
| 4月27日 | 先生から「英語は私にとっても第二言語、気持ちはよく分かる」との返事、書面の形で合意し、6月に再連絡することに |
| 7月8日 | 先生から改めて依頼(講義日は10月15日)、笠原は AI 翻訳の進歩を踏まえ、ライブ講義と質疑を自分から提案、以降はメールで |
| 7月8〜9日 | 神木に関する19問の質問リストが届く、先生は AI 通訳を「言語の壁を越えるもの」と歓迎 |
| 8月14日 | 19問すべてに英語で回答を送付 |
| 8月24日 | 回答への評価とともに、日本とセルビアの神木を題材にした共著論文の提案 |
| 10月7日 | 当社サイト・SNS での講義の紹介を了承いただく |
| 10月8日 | スライドを送付、「great and inspiring」との評価 |
| 10月15日 | 講義当日(日本時間16日早朝4時半開始) |
| 10月15〜16日 | 先生から「翻訳はうまく機能し、すべて理解できた」とお礼、授業のスクリーンショットと SNS での使用の了承 |
英語のライブ講義をためらい、AI 通訳で踏み出した
この話で私がいちばん書き残しておきたいのは、笠原が一度は「書面での協力」を申し出た、というところです。4月の時点で、英語でのライブ講義と質疑には自信がないと正直に伝え、代わりに書面のインタビューと写真・スライドの提供を提案しました。先生も「英語は私にとっても第二言語」と応じ、いったんは書面の形で合意しています。
それが7月、先生から改めて依頼が届いたときに変わりました。笠原は AI 翻訳の進歩を踏まえ、今度は自分からライブ講義と質疑を提案しています。先生は AI 通訳を「言語の壁を越えるもの」と歓迎してくださいました。当日は笠原が日本語で話し、AI 通訳が英語にして学生に届ける形です。講義のあと、先生から「翻訳はうまく機能し、すべて理解できた」という言葉をいただきました。
英語で話せるようになってから海外に出るのではなく、日本語のまま、いま使える道具で海外の教室へ出ていく。この順番は、当社のこれからの海外との付き合い方そのものだと思っています。話す中身は、日本の現場で自分の手で積み上げたものです。言葉の壁を道具が下げてくれるなら、中身のある人から先に外へ出ていける。笠原の判断は、その実例になりました。
講義の中身
講義は、御神木という日本の文化を入口にして、「木の状態を調べること」と「人がその木を大切にする理由を知ること」の両方を、都市の樹木管理にどう結びつけるかを考える構成でした。流れは6つです。
- 自己紹介と会社紹介(父とのキャンプで森の心地よさを知った子ども時代、日本大学生物資源科学部での植物成分の研究、食品メーカーの営業職を経て造園の道へ。当社は2018年3月設立、21名、恵比寿・久が原・杉並の3拠点、グリーンメンテナンス/ツリーリスクアセスメント(樹木診断)/ランドスケープコンサルティングの3部門)
- 御神木とは何か(入口の事例は熱海・來宮神社の大楠。依り代と御神体の違い。木を特別にする4つの要素=場所・歴史・姿・信仰)
- どう守られ、何に脅かされているか(神聖であることと、法的に保護されていることは別の問題。脅威は気象・病害虫、参拝者の踏圧や舗装、担い手と資金の不足)
- 当社の現場(江戸川区・寿昌院の「臥竜の松」。毎年の剪定と土壌改良。土壌改良の3つの工法、高所作業、診断から継続管理へつなぐサイクル)
- 比較事例(赤坂氷川神社の大イチョウ、トロントのヘリテージ・レッドオーク、セルビアの聖なる木「Zapis」と日本の神木の比較)
- 学生へのメッセージ(木の状態と地域での意味の両方を知ること。根と土壌まで見ること。管理を続ける人と仕組みを育てること)
最後の問いかけは、「あなたの街で、次の世代に残したい木はどれですか」でした。
スライド32枚を、1枚ずつ解説します
以下は、当日のスライド(英語)を1枚ずつ載せ、日本語で要点を添えたものです。スライドの文章は笠原が書き、写真は当社の現場のものと、出典を記した引用です。図とイラストは当社で作ったものです。
自己紹介と会社紹介(スライド1〜6)

スライド1 表紙。University of Toronto | Guest Lecture, 16 October 2026(日本時間)。注連縄の巻かれたスギの大木の写真
表紙です。日付は日本時間の10月16日。注連縄の巻かれた大木の写真を背景に、講義の題「Sacred Trees and Urban Tree Conservation」と、講師の名前を置いています。

スライド2 自己紹介。東京出身、トシ・ランドスケープ4年目のアーボリスト
自己紹介。東京出身で、当社では4年目です。父とのキャンプで知った森の涼しい空気と木漏れ日、植物の研究と食品業界の営業を経て、生きた植物に直接関わる仕事へ来たこと、今は3部門すべての現場に立ちながら組織と仕組みづくりにも携わっていることを、短く話しました。

スライド3 造園の道に来るまで。子ども時代・大学・食品業界・現在の4つの節目
造園の道に来るまでを、4つの節目で並べた年表です。日本大学生物資源科学部では、アヤメ連の植物が作るフェニルプロパノイド配糖体の生合成を研究し、遺伝子を特定して大腸菌や酵母で化合物を作らせ、その働きを調べていました。食品メーカーの営業では、食を通じて人の健康に貢献する仕事をしています。そして今は、生き物の変化に合わせて判断が求められる樹木の仕事に惹かれている、と結んでいます。

スライド4 いまの仕事。現場の樹木作業、診断を管理につなぐこと、組織づくり
いまの仕事を3つに分けています。現場で樹木と向き合う仕事(植栽管理・樹木診断・植栽コンサルティングの3部門にまたがる実務と、高木でのツリークライミング)、診断を管理に変える仕事(現場の観察と診断機器を組み合わせ、剪定や手入れの方針を決める)、そして組織をつくる仕事です。写真はすべて当社の現場です。

スライド5 会社紹介。2018年3月設立、21名(2026年9月時点)、東京の3拠点
会社紹介です。科学的な知見と現場の技術を組み合わせ、長い目で樹木の手入れをする会社として、2018年3月の設立、2026年9月時点で21名、恵比寿・久が原・杉並の3拠点を紹介しています。個人の庭からマンション、公共の空間まで、植栽管理・樹木診断・コンサルティングを一つにして担うこと、という当社の立ち位置を英語で一文にしました。

スライド6 当社の3部門。剪定する人、幹を調べる人、住民と話す人のイラスト
当社の3部門です。グリーンメンテナンス(剪定・高木の手入れ・植栽の更新。高所作業車とロープの技術で、日常の手入れから難しい現場まで)、ツリーリスクアセスメント(樹木診断。外観と機器による評価、土壌・根・移植の適性、結果を管理計画に変える)、ランドスケープコンサルティング(主にマンションの植栽調査、長期計画・更新提案・予算、景観の質と住民の要望の両立)。イラストは当社の説明用に描いているものを使いました。
熱海・來宮神社の大楠と、日本の暮らしの中の樹木(スライド7〜9)

スライド7 熱海・來宮神社の大楠。樹齢2100年以上と伝わり、幹周り約24m
御神木の入口として、静岡県熱海市の來宮神社の大楠(クスノキ)を取り上げました。神社の公式サイトによると、樹齢2100年以上と伝わり、幹周りは約24m、国の天然記念物(1933年指定)です。健康長寿と心願成就の信仰があり、笠原自身が訪ねたときに、その大きさと存在感が強く印象に残ったことを話しています。

スライド8 大楠にまつわる祈りと物語。幹を一周する伝説と、伐採を免れた伝承
大楠にまつわる話を2つ。幹を1周すると寿命が1年延び、心に願いを秘めて1周すると願いが叶うという伝説。そして、江戸時代末期(嘉永年間)に境内の7本の楠のうち5本が訴訟の費用のために伐られ、残る大楠を伐ろうとしたとき白髪の老人が現れて鋸が折れ、村人がこれを神のお告げとみなして伐採をやめたという伝承です(來宮神社の公式サイトによる)。世代を越えて語り継がれる物語が、人がその木を守る理由になる。これが、講義の最初の論点でした。

スライド9 日本の暮らしの中の樹木。季節を感じること、地域の記憶を受け継ぐこと
日本で樹木が暮らしの中にどうあるかを、海外の学生向けに整理したスライドです。桜と紅葉で季節を感じること、神社を囲む森が「鎮守の森」と呼ばれること、祭りや人生の節目の参拝が、個人の記憶を特定の木と結びつけること。そして、同じ木に対する人の感じ方や信仰は人によって違う、という注意も添えています。
御神木とは何か(スライド10〜12)

スライド10 神木(Shinboku)とは。依り代と御神体の違い、注連縄の意味
「神木(Shinboku)」の説明です。宗教的・歴史的なつながりから特別な敬意をもって扱われる木、と定義したうえで、「依り代」(神が近づき、宿る場所や物)と「御神体」(神の存在を体現するものとして祀られる物。木そのものが御神体として祀られることもある)を分けて説明しました。注連縄は聖なる場所や物の印であること、意味や作法は神社や地域で異なることも添えています。

スライド11 木を特別にする4つの要素。場所・歴史・姿・信仰
木を特別なものにしている要素を、場所(神社や地域とのつながり)・歴史(出来事と土地の物語)・姿(大きさ・樹齢・形)・信仰(人がその木に見いだす意味)の4つに分けた図です。樹種と樹齢だけでは、木は神聖にはならない。同じ樹種・同じ樹齢でも、地域によって意味は違います。だから管理の計画を立てる前に、その木の歴史と、人がなぜ大切にしているかを聞く、というのがこの図の結論です。

スライド12 地域の暮らしの中の御神木。祈りと祭り、日々の手入れ、物語を伝えること
御神木が地域の暮らしの中でどう生きているかを、祈りと祭り(健康や長寿の願い)、日々の手入れ(境内の掃除や注連縄の掛け替え)、物語を伝えること(木の歴史と個人の記憶を語り継ぐ)の3つで示しました。
どう守られ、何に脅かされているか(スライド13〜15)

スライド13 御神木はどう守られているか。文化財の制度と、日々の管理の担い手
御神木を守る仕組みを、制度と人の2つに分けました。制度の側は天然記念物の指定で、国の指定を受けた木に手を加えるには、一般に許可が必要になります。現場では、指定の有無・所有者・手続きを確かめることが最初の仕事です。人の側は、神社・所有者・地域の人による日々の管理で、「誰が点検し、手入れし、費用を出し続けるのか」という問いがいつも残ります。神聖であることと、法的に保護されていることは、別の問題です。

スライド14 保全の課題。踏圧と舗装、枝と幹の変化、風・乾燥・病害虫、人と資金
保全を難しくするものを、1枚の絵にまとめました。参拝者の踏圧や舗装が根の周りの環境を変えること、枝と幹に現れる変化(空洞や枯れ枝)を観察すること、風・乾燥・病害虫のストレスを評価すること、そして手入れを続けるための人と資金を育てること。根を地面の下まで描いたのは、講義の後半で「根と土壌まで見る」と話すためです。

スライド15 樹木を守る人たち。専門家・管理者・森林の専門家・行政・地域、それをつなぐ情報
樹木を守る側の人を5つに分けた図です。樹木の専門家(診断と手入れ)、現場の管理者(管理の判断と日々の対応)、森林・保全の専門家(周りの環境を理解する)、行政(保護・規制・支援を結ぶ)、地域の人(変化に気づき、記憶を伝える)。これらをつなぐのは情報で、木の状態・地域の優先事項・必要な作業を共有して、管理計画に合意する、という流れを示しました。
当社の現場、江戸川区・寿昌院の「臥竜の松」(スライド16〜21)

スライド16 江戸川区・寿昌院の臥竜の松。クロマツ、推定樹齢約500年、当社が毎年剪定と土壌改良を行っている
ここからが当社の現場です。東京都江戸川区・寿昌院の「臥竜の松」は、クロマツで推定樹齢約500年。江戸川区の登録天然記念物です(区の文化財のページでは「松本弁天臥竜の松」として、昭和61年2月12日の告示)。大正期の大風で幹が折れ、低く這うような姿になったことから「臥竜(伏せた竜)」の名があります。当社は毎年の剪定と土壌改良を担当しています。

スライド17 毎年の手入れから学ぶ。新芽の伸び・葉の色・枝枯れを年ごとに比べる
毎年の手入れを続けるからこそ分かることを話しました。年に一度の剪定で枝と樹形を整えながら、新芽の伸び、葉の色、枝枯れを観察し、前の年と比べて木の状態に応じた手を打つ。手入れは一度の処置で終わらず、観察とともに続いていく、というのが当社の松の現場の基本です。写真は実際の剪定の様子です。

スライド18 樹冠と根の環境の手入れ。地上の剪定と、地下の土壌改良
地上と地下をひとつの絵にしています。地上は剪定と樹冠の手入れ、地下は土壌環境の改善です。根は呼吸し、水と養分を吸います。だから寿昌院では、土壌の締め固まり・通気・排水を評価して、根が伸びやすい環境を整える土壌改良を、剪定と組み合わせています。

スライド19 土壌改良の3つの方法。割竹挿入、水圧、圧縮空気
当社が使っている土壌改良の3つの方法です。割竹挿入法(加工した竹を土に差し込み、周りに土壌改良材を入れて空気と水の通り道を作る)、水圧による方法(差し込んだノズルからの水流で周りの土をほぐす)、圧縮空気による方法(圧縮空気で締め固まった土をほぐし、通気を改善する)。土と根の状態に合わせて方法を選びます。

スライド20 高所の作業。ツリークライミングと高所作業車の使い分け
高い木の作業は、ツリークライミング(木の状態とロープを掛ける枝の適否を見極める)と、高所作業車(進入路・設置のスペース・作業範囲を確かめる)を使い分けます。枯れ枝の除去や剪定に向く方法を、木の状態と、人や建物の位置から選ぶ、という当社の判断の仕方を説明しました。

スライド21 診断から継続管理へ。評価・決定・実行・見直しのサイクル
診断を継続管理へつなぐ流れを4段階で示しました。評価(枝・幹・根と、その場所の使われ方を調べる)、決定(残したい価値と、対処すべきリスクを決める)、実行(作業と役割分担に合意し、計画を実行する)、見直し(写真と記録を比べ、管理計画を更新する)。これを一回で終えず、回し続けます。
比較の事例、赤坂・トロント・セルビア(スライド22〜27)

スライド22 赤坂氷川神社の大イチョウ。推定樹齢400年、1945年の空襲で幹の大部分を焼損
東京都港区の赤坂氷川神社の大イチョウです。神社の公式サイトによると、推定樹齢400年、幹周り約7.5m。享保15年(1730年)の遷座より前からこの地に生えていたと考えられ、1945年の東京大空襲で幹の大部分を焼損しながら、今も毎年11月下旬に黄葉します。公開されている情報で紹介した事例で、当社の現場ではありません。

スライド23 公開と根の保護の両立。保護する根の範囲、人の動線、眺める場所
人が訪れる場所で、根をどう守るかの考え方です。根が伸びる範囲を守る区域を決めて「なぜここが守られているのか」を説明すること、人が歩く動線を導いて根の周りの踏み固めを減らすこと、少し離れて木を眺められる場所を用意すること。人が近づける木であることと、根の環境を守ることを、両立させるのが設計の課題です。

スライド24 トロントのヘリテージ・レッドオーク(76 Coral Gable Drive)。一本の木を守ることが土地の取得と公園の計画につながった
学生の街、トロントの事例です。トロント市のサイトによると、Coral Gable Drive 76番地のレッドオークは樹齢250年を超え、個人の住宅の裏庭に立っていました。この一本の木を守る動きが、市による土地の取得と公園の計画につながっています。写真は Canadian Geographic が公開したもので、出典は講義の注記に示しています。

スライド25 市民の関心が保全を支える。働きかけ・寄付・土地取得・公園計画
レッドオークの経過を4段階で示しました。地域の働きかけ、寄付、土地の取得、公園の計画です。トロント市のページでは、2020年11月26日に市議会が土地の購入を決め、1,300人を超える寄付が集まり、2026年7月の更新で家屋の撤去と詳細設計の完了、2027年秋の完成予定が報告されています(2026年10月に確認)。一本の木への関心が寄付と土地の保全につながる。ただし長期の保全には、資金と管理の仕組みも要る、と添えました。左上の写真は木について話し合う場面の一例で、トロントの事業ではありません。

スライド26 セルビアの聖なる木「Zapis」。祈りと地域の集まりの場
先生のご出身、セルビアの聖なる木「Zapis(ザピス)」です。祈りと地域の集まりの場であり、セルビア正教と土地の伝統に結びついています。樹種や儀式は地域で異なり、セルビア中部の調査(Cvetković ほか、2007年)では、幹に彫られた十字や木の下での祈りが記録され、伐採や損傷を避ける信仰がこれらの木を守ってきたとされています。写真はセルビア・Tulež の Zapis のオークで、Wikimedia Commons の CC BY-SA 4.0 のものを使いました。

スライド27 日本の神木とセルビアの Zapis、似ているところと違うところ
日本の神木とセルビアの Zapis を、宗教の背景(神道と土地の歴史/セルビア正教と土地の伝統)と地域の暮らし(祈り・祭り・日々の手入れ/祈り・祭り・集まり)で並べました。共通するのは、木の周りに人が集まり、記憶を受け渡すこと。違うのは宗教の文脈と儀式。だから保全は、それぞれの地域での対話から始まる、というのがこの比較のまとめです。
学生へのメッセージ(スライド28〜32)

スライド28 木の価値を理解する。木の状態、地域での意味、人と場所
木の価値を、木の状態(科学的な観察と評価)、地域での意味(歴史・記憶・信仰)、人と場所(その場所を使う人と、手入れをする人)の3つで捉える図です。評価と、地域での対話を組み合わせる。管理計画では安全、文化的な価値、人が近づけることを一緒に考える、と話しました。

スライド29 古木は生き物のすみか。樹皮の割れ目・空洞・枝・落ち葉
古い木は、それ自体が多くの生き物のすみかです。樹皮の割れ目や空洞、枝、落ち葉や枯れ木が、虫や鳥や菌類の居場所になります。生態的な価値と人の安全を並べて考え、何を残し、どう管理するかは、その場所の使われ方を見て決める、というスライドです。

スライド30 地域とともに手入れを続ける。聞く・記録する・一緒に計画する・実行する・見直す
地域とともに手入れを続けるための5つの輪です。人の価値観と心配を聞く、写真・記録・木の歴史を残す、価値と優先順位に合意して一緒に計画する、管理者・専門家・地域で役割を分けて実行する、変化を追って計画を見直す。当社が寿昌院で続けていることを、海外の教室でも通じる形に整理したものです。

スライド31 これからの都市林業の担い手へ。3つのこと
学生へのメッセージを3つにまとめました。木の状態を測るだけでなく、人がなぜその木を大切にするかを問うこと。樹冠だけでなく、根・土壌・周りの環境まで見ること。一度の処置で終えず、観察と対話を続ける人と仕組みを育てること。右の写真は当社の現場で、幹に手を当てて木を見ている場面です。

スライド32 結び。「あなたの街で、次の世代に残したい木はどれですか」
最後の1枚です。「Which tree in your community would you like to pass on to the next generation?(あなたの街で、次の世代に残したい木はどれですか)」と問いかけて、講義を閉じました。
先生からの言葉と、これから
講義のあと、ダニエラ先生から「翻訳はうまく機能し、すべて理解できた」というお礼の言葉と、授業のスクリーンショットを SNS で使ってよいという了承をいただきました。スライドを送った10月8日の時点では「great and inspiring(すばらしく、刺激を受けた)」という評価もいただいています。
この講義は、日本とセルビアの神木を題材にした共著論文の提案(8月24日)の延長にあります。先生の構想は、セルビア・日本・カナダ(先住民の樹木観を含む)を事例にする形へ広がっているそうで、今後は、共著論文の構想を Zoom で話し合う予定です。文化を越えて「人はなぜ木を大切にするのか」を比べる研究に、東京の現場から材料を出せるなら、当社の仕事の意味もひとつ増えると思っています。
海外に向けた講師・出版・発信を歓迎します
当社はこれまでも、ヨーロッパの樹木管理の基準やイギリスの樹木診断から学び、イタリアのアーボリストと対話を重ねてきました。今回は、学ぶ側から、日本の現場を話す側に回った最初の機会です。
今後も、海外の大学・研究機関・団体からの講師や講演のご依頼、海外向けの本の出版や寄稿、英語での発信を歓迎します。日本の御神木・名木・古木の手入れ、都市の樹木診断、マンションや寺社での長期の植栽管理など、東京の現場で積み上げてきたことを、海外の方にお伝えできればと思います。日本語で話して AI 通訳で届ける形も含めて、相談に応じます。LinkedIn、またはお問い合わせフォームからのご連絡をお待ちしています。
講義スライド(PDF)のダウンロード
当日の講義スライド(英語・32ページ)を PDF で公開します。授業・研究・社内の勉強会などでの参照に使っていただけます。転載・再配布の際は、出典として当社名と記事の URL を示してください。
講義スライド「Sacred Trees and Urban Tree Conservation」(英語・PDF・32ページ)をダウンロード
よくある質問(Q&A)
Q1. トロント大学のゲスト講義は、どのような経緯で実現したのですか?
A. 笠原が LinkedIn に英語で投稿した神木(Shinboku)の記事を、トロント大学のダニエラ・プリッチ゠ムラデノヴィッチ先生が読み、2026年4月に「文化を越えた木と人のつながりを論文にしたい、Zoom でのゲスト講義も可能か」と連絡をくださったのが始まりです。7月に改めて依頼を受け、10月15日(トロント時間)に講義を行いました。
Q2. 英語の講義を、日本語で行うことはできるのですか?
A. 今回は、笠原が日本語で話し、AI 通訳が英語にして学生に届ける形で行いました。本編約55分と質疑を含めて、先生からは「翻訳はうまく機能し、すべて理解できた」との言葉をいただいています。4月の時点では英語でのライブ講義に自信がなく書面での協力を申し出ましたが、7月に AI 翻訳の進歩を踏まえ、ライブ講義を自分から提案しました。
Q3. 御神木(神木)とは何ですか?
A. 宗教的・歴史的なつながりから、特別な敬意をもって扱われる木のことです。講義では、神が近づき宿る場所や物である「依り代」と、神の存在を体現するものとして祀られる「御神体」を分けて説明し、注連縄が聖なる場所や物の印であること、意味や作法は神社や地域で異なることを添えました。樹種や樹齢だけでは木は神聖にならず、場所・歴史・姿・信仰の4つの要素が重なって特別な木になります。
Q4. 御神木は、法律で守られているのですか?
A. 神聖であることと、法的に保護されていることは別の問題です。天然記念物などの指定を受けた木は、手を加えるのに一般に許可が必要ですが、指定の無い御神木も多くあります。現場では、指定の有無・所有者・手続きを確かめたうえで、誰が点検し、手入れし、費用を出し続けるのかという日々の管理の担い手を考えることが大切です。
Q5. 講義で紹介した当社の現場はどこですか?
A. 東京都江戸川区・寿昌院の「臥竜の松」です。クロマツで推定樹齢約500年、江戸川区の登録天然記念物で、大正期の大風で幹が折れて低く這う姿になったことから名前が付きました。当社は毎年の剪定と、割竹挿入・水圧・圧縮空気による土壌改良を担当し、新芽の伸びや葉の色を年ごとに比べながら手入れを続けています。
Q6. 海外の大学や団体から、講師や寄稿を依頼できますか?
A. はい、歓迎します。海外の大学・研究機関・団体からの講師や講演のご依頼、海外向けの本の出版や寄稿、英語での発信に応じています。日本の御神木・名木・古木の手入れ、都市の樹木診断、マンションや寺社での長期の植栽管理など、東京の現場で積み上げてきたことをお伝えします。日本語で話して AI 通訳で届ける形も含めて相談に応じますので、LinkedIn かお問い合わせフォームからご連絡ください。
トロントの教室で、東京の松の話が通じた朝のことを、私も忘れずにいたいと思います。ダニエラ先生、トロント大学の皆様、ありがとうございました。
株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊
※ 「アーボリスト」は、株式会社ツリークライミングワールドの登録商標です。当社の記事では、樹木の手入れを専門とする職業(英語の arborist)を指す言葉として使っています。
※ 「ツリークライミング」は、株式会社ツリークライミングワールドの登録商標です。当社の記事では、ロープとハーネスで樹木に登って作業する技術を指す言葉として使っています。
出典・参考情報
- University of Toronto, John H. Daniels Faculty of Architecture, Landscape, and Design「Danijela Puric-Mladenovic」 https://www.daniels.utoronto.ca/people/core-faculty/danijela-puric-mladenovic
- University of Toronto, Faculty of Arts & Science Academic Calendar「FOR416H1: Green Urban Infrastructure」 https://artsci.calendar.utoronto.ca/course/for416h1
- 來宮神社「大楠」 https://kinomiya.or.jp/top/overview/ookusu/
- 赤坂氷川神社「境内案内」 https://www.akasakahikawa.or.jp/about/precinct/
- 江戸川区「松本弁天臥竜の松」(江戸川区登録文化財) https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e_bunkazai/bunkazai/toroku/shokubutsu115.html
- City of Toronto「Historic Red Oak Tree Parkette at 76 Coral Gable Drive」 https://www.toronto.ca/city-government/planning-development/construction-new-facilities/park-facility-projects/historic-red-oak-tree-parkette-at-76-coral-gable-drive/
- City of Toronto「Heritage Red Oak Tree」 https://www.toronto.ca/business-economy/partnerships-sponsorships-donations/donate/heritage-red-oak-tree/
- Cvetković, D. ほか(2007)Kragujevac Journal of Science 29(セルビア中部の聖なる木の調査。講義スライド25の出典)




















