小田急線の線路跡につくられた下北線路街で、葉の生理状態を測る機器「LI-600」のデモンストレーションに参加させていただきました。主催は一般社団法人シモキタ園藝部様で、樹木医が普段の外観診断では見えない、葉の中の働きを数値で確かめる機会になりました。
会は2026年8月28日、樹木医の佐々木さんのご提案から企画されたと伺いました。樹木医やシモキタ園藝部の有志、公園管理に携わる方などに向けた会で設定されていました。
小田急線の線路跡に生まれた緑地──下北線路街とシモキタ園藝部様
会場となった下北線路街は、小田急線の東北沢駅から世田谷代田駅までの区間が地下化されたことで生まれた、全長約1.7kmの線路跡地につくられたエリアです。かつて電車が走っていた地面の上に、商店街や広場、緑地が連なっています。今回のフィールドは、代田さくら広場から、2020年4月に開業した商店街「ボーナストラック」、そして2022年夏に一般開放された「シモキタのはら広場」へと続く一帯でした。
この線路街の植物を日々手入れされているのが、主催のシモキタ園藝部様です。2020年に発足し、2021年に一般社団法人となった団体で、公式サイトによれば、世田谷区と小田急電鉄の委託を受けて線路街各所の植栽管理を担われています。プロからアマチュアまで様々な方が参加し、植栽された環境などの影響で生育が弱った樹木には、樹勢回復のための手入れを続けてこられました。まちの人と専門家が一緒に緑を育てている場所で葉の生理を測ってみるという企画は、この場所だからこそ成り立つものだったと思います。
「LI-600」は何を測る機器か
私たち樹木医が診断で普段手にしているのは、幹の内部の腐朽や空洞を診る機器が中心です。弊社の樹木診断でも、目視による外観診断に、音の伝わり方で内部を推定する「ピカス」(音響トモグラフ)や、細いドリルの穿孔抵抗を測る「Resi PD」といった機器を組み合わせています。いずれも、幹がどれだけ健全に残っているかを診るための機器です。
- LI-600 葉 光合成 気孔 樹勢
- LI-600 葉 光合成 気孔 樹勢
今回の「LI-600」は、幹ではなく葉に挟んで使う機器です。米国LI-COR社の機器で、気孔を通したガスの出入り(気孔コンダクタンス)と、葉が受け取った光をどれだけ光合成に使えているか(クロロフィル蛍光)という二つの側面を、その場で数値にしてくれます。私たち樹木医が外観から判断している葉の色や量といった目に見える変化とは別に、葉の中で起きている働きそのものを見せてくれる、とても興味深い機器です。
診断の属人性という問い──講話から計測へ
初めに、シモキタ園藝部の河合菜採樹木医から「診断の属人性と主観の問題」について、佐々木樹木医から伊豆大島の事例と葉の構造・光合成のしくみについてお話があり、続いてメイワフォーシス様から機器の仕組みの説明を受けて、実際の計測へ移りました。河合さん、佐々木さんのお話は、普段から現場で樹木と向き合っているからこそ疑問や課題に感じる部分を言葉にしてくださっていたので、とても共感できることが多かったです。同じ樹木を診ても、診る人の経験によって見立ては揺れうる──外観診断に携わる者として、そこに測定という共通の物差しをどう添えるかが、この会の根っこにある問いなのだと受け取りました。
会場提供は小田急電鉄株式会社様と株式会社散歩社様、機器提供とデモンストレーションはメイワフォーシス株式会社様が担われていました。
生育状態の違う樹木を、同じ物差しで測る
計測では、植栽環境などの影響で生育が弱り、シモキタ園藝部の皆さんが樹勢回復の手入れを続けてこられた樹木と、旺盛に育っている樹木の葉を同じ機器で測り、結果を見比べました。生育状態も管理履歴も違う樹木を同じ物差しで測って並べてみるという組み立てそのものに、日頃の観察と科学的な測定を行き来しながら樹木を理解しようとするシモキタ園藝部の姿勢が表れていると思いました。
ご案内にもあったとおり、「LI-600」は測定値だけで樹木の健康・不健康や樹勢を判定する機器ではありません。樹冠や枝葉、根系、土壌、生育環境の観察と組み合わせて、これからの管理を考えるための手掛かりの一つです。一度の診断はその時点の状態を切り取ったものにすぎない──普段の現場の実感とも重なっていました。
猛暑の夏、葉の中で先に起きていること
当日の話を聞きながら、どうしても昨今の夏の暑さと結びつけて考えていました。暑さと乾きが強まると、樹木は水を失わないように気孔を閉じていきます。気孔が閉じれば蒸散が減り、葉から熱を逃がす働きも、光合成のための二酸化炭素の取り込みも一緒に弱まります。葉の色が変わる、葉を落とすといった目に見える変化の前に、まずこの見えないところで変化が起きているはずで、「LI-600」が測っているのはその部分です。
海外の研究では、猛暑の時期でも土の深い所に水があれば、樹木は気孔を絞りながら蒸散を保ち、周囲を冷やし続けることが報告されているそうです。裏を返せば、植え桝が小さく土が締まった都市の樹木ほど、暑さの中で先に気孔を閉じやすいということになると思います。気孔という小さな器官の開き閉じが、樹木の周りの涼しさにまで関わっていることになります。
- LI-600 葉 光合成 気孔 樹勢
これからの樹木診断と植栽管理へ
これから先も夏の暑さがこの調子で続くのであれば、樹木の診断も、幹の腐朽や空洞といった安全性の側面に加えて、葉がどの程度働けているかという生理の側面を数値で持っておくことが必要になってくると考えています。たとえば、樹勢回復の手入れをした樹木の葉が翌年の夏にどう変わったか、同じ樹種でも日当たりや土壌の違いで気孔の開き方にどれだけ差が出るかといった比較を季節をまたいで重ねていけば、どの樹木にいつ水をやるか、どこの土を先に改善するかといった判断の根拠が、人の目に加えてもう一つ増えることになります。
数値は一瞬を切り取るもので、時間帯や光の当たり方でも変わりますから、扱いには慎重さが要ります。それでも、日頃の観察と測定を行き来しながら樹木を診るという当日の考え方は、これからの植栽管理の基本になっていくと思いました。弊社もツリーリスクアセスメント(樹木診断)の現場で、外観と機器、そして生育環境を照らし合わせながら樹木を診てきましたが、そこに葉の生理という視点をどう組み込んでいけるか、考えていきたいと思います。
樹木医としてお付き合いのある佐々木樹木医、河合樹木医、そしてシモキタ園藝部の皆様と、研修の合間に意見を交わせたことも当日の収穫でした。皆様、機器のご説明をいただいたメイワフォーシス様、貴重な機会をありがとうございました。
株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊
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