伊豆大島「泉津の切通し」へ スダジイの根と島の歴史

伊豆大島での樹木診断の道中、大島のサクラ株に続いて「泉津の切通し」に立ち寄りました。切り開かれた道の両側に巨木がそびえ、太い根が石段を抱くように張り出しています。苔に落ちる木漏れ日は、映画の一場面のようでした。樹木医として目を奪われたのは、その美しさと、地面の形に沿って生きてきた根の姿です。

この記事の要点

  • 泉津の切通しは、伊豆大島の泉津地区にある、巨木と石段が特徴的な景観です。
  • 根の姿は、樹種の性質、土壌条件、人による地形改変が重なった結果と考えられます。ただし、形成過程は未確認です。
  • 古木の保全では、木の健康や安全性に加え、根の生育環境と土地の記憶を守る視点が大切です。

泉津の切通しとは? 巨木の間を抜ける、島の小さな道

切通しとは、丘や山などを掘り下げ、人が通れるようにした道です。 泉津の切通しは、大島一周道路から脇道に入った場所にあり、東京都の「東京宝島」でも撮影スポットとして紹介されています。東海汽船の大島案内には、2本のシイの大木に挟まれた階段として掲載されています。

私が現地でスダジイとして観察した木々は、切土の上から根を伸ばし、土の壁に沿って複雑な輪郭を描いていました。見上げた枝葉から足元へ視線を戻すと、普段は土に隠れている木の姿が、ここでは景観の主役になっています。

 

何のために開かれた道なのか? 通園路の伝承と泉津の歴史

オリオンツアーの紹介には、かつて保育園への通路として使われていたとあります。ただし、今回確認した公開資料では、開削した年代や人物、保育園の沿革まで裏付ける一次史料は確認できませんでした。「通園路だったと紹介される場所」として受け止めたいと思います。

もし子どもたちがここを通っていたのなら、今は撮影のために足を止める石段にも、毎朝の足音や送り迎えの会話があったはずです。景観をつくるのは、自然の力だけではありません。道を通した人と、その道を使った暮らしも、風景の一部なのだと感じます。

同じ泉津地区波治加麻神社は、『延喜式』神名帳に記載された「波治神社」に比定されています。伊豆大島ジオパークの解説には、伊豆諸島の創世神話『三宅記』との関わりや、「日忌様」の伝説も紹介されています。

この伝説では、若者たちが大杉から丸木舟を造って島を離れたと語られます。切通しの由来を説明する話ではありませんが、樹木と海、信仰と暮らしが結び付いた泉津の文化を伝えています。古い木を見るとき、その土地にどのような物語が残っているかも、知っておきたいと思います。

泉津の切通し 大島 伊豆諸島 スダジイ 樹木医

泉津の切通し 大島 伊豆諸島 スダジイ 樹木医

なぜ太い根が張り出すのか? 樹木医が考える三つの視点

酸素や水分を得られる土の条件、スダジイの根の形、道を開いたことによる地形の変化。この三つが、根の姿を考える手掛かりです。 一つの理由だけで説明できるとは限りません。

1.根にも酸素が必要で、土の条件に応じて広がる

根は水を吸うだけでなく、呼吸によって生きるためのエネルギーを得ています。米国ポートランド市の樹木解説でも、根の生育には土中の酸素が必要で、土の締め固まりや過剰な水分が、その供給を妨げると説明されています。

根は、幹の形をそのまま逆さにしたように深く伸びるわけではありません。酸素、水分、養分、生育空間を得られる場所へ広がります。

森林総合研究所が2026年に公表した全国829地点の解析では、細根と中サイズの根が分布する深さは、それぞれ平均65cm、49cmと報告されています。

ただし、これは森林土壌断面の調査から得た値で、泉津の木の実測値でも、根が到達できる深さの上限でもありません。研究でも垂直根の評価が十分ではないとしています。数字は木を見る手掛かりとして使い、目の前の一本にそのまま当てはめないことが大切です。

2.スダジイには板状の根が発達する例がある

スダジイはブナ科の常緑高木で、イタジイという別名があります。森林総合研究所九州支所の樹木図鑑でも、その名称と性質が紹介されています。

板状に発達した根は「板根」と呼ばれます。千葉県立中央博物館の観察記録には、スダジイの板根の実例と、少ない材で幹を支える機能があるとする考察が掲載されています。

泉津でも、幹の根元から張り出す形を、この性質と重ねて見たくなります。ただし、露出した太根をすべて板根と呼ぶことはできません。板状に発達した部分と、土が失われて見えるようになった根を、区別して観察する必要があります。

3.人が道を開き、根の生育条件が変わった可能性

切通しでは、人が土地を掘り下げています。道の開削や、その後の土の移動によって根が露出し、残った部分が成長を続けた可能性があります。一方、開削後に新しい地形に沿って伸びた根もあるかもしれません。

どの根が先にあり、いつ土が取り除かれたのかは、現在の外観だけでは分かりません。それでも、根の曲がりや太り方には、その場所で生きてきた過程が表れているように感じます。私には、この根の壁が、人と木の時間を重ねた記録に見えました。

今後、こうした場所の調査に携わるなら、古い写真や道の補修記録を探し、地域の方々から以前の姿を伺いたいと思います。木の診断に、人の記憶が役立つこともあります。現在の形を詳しく測ることと、過去の変化を知ること。その両方から、この景観ができた過程に近づけるはずです。

火山の島だから根が浅い? 土壌は現地で確かめる

伊豆大島が火山島であることだけで、根の深さや土の肥沃さは決められません。

産業技術総合研究所の伊豆大島火山の解説には、火山灰スコリアが積み重なり、島が形づくられてきた歴史が示されています。しかし、噴火の影響や堆積物の厚さは、場所ごとに異なります。

また、火山灰から生じる土が、必ず薄く養分に乏しいわけでもありません。農研機構の黒ボク土の解説では、有機物の集積や良好な保水性・透水性が説明されています。これは泉津の土を黒ボク土と判定するものではなく、火山灰土壌を一律に扱えないことを示す例です。

この木の根を支える土はどのくらい厚いのか。硬い層や岩の隙間はあるのか。水はどう流れるのか。答えを出すには、そうした現地の確認が必要です。苔に覆われた姿は印象的でしたが、苔が根の乾燥を防いできた効果の大きさまでは、今回の観察では分かりません。

泉津の切通し 大島 伊豆諸島 スダジイ 樹木医

泉津の切通し 大島 伊豆諸島 スダジイ 樹木医

御神木や霊木への畏敬は、身近な古木にも通じる

巨木を前にすると、声を少し落としたくなることがあります。自分の一生より長い時間を生きる相手に、自然と距離を取るような感覚です。

神社本庁の解説では、木や岩、山や海などに大きな力を感じ、神を祀ってきたことが神道の背景として説明されています。御神木霊木を敬う心も、こうした自然へのまなざしと重なります。

伊豆諸島にも、その考え方を伝える記述があります。環境省掲載の三宅島「迷子椎」のコラムで、地元ガイドは、巨木に神が宿るという信仰が木を残す理由の一つではないかと教わってきた、と述べています。地域の語りとして大切な証言です。

泉津の切通しの木々について、天然記念物指定や御神木としての位置付けは今回確認できませんでした。それでも、名前や指定の有無を超えて、生き物を人の都合だけで扱わないという姿勢は、どの古木にも向けられるものだと思います。

巨木を守ることは、周囲の小さな生き物を守ること

スダジイの巨木は、伊豆諸島の自然を考えるうえでも大切です。日本樹木医会が紹介する御蔵島の大ジイにも、発達した板根が見られます。

さらに、伊豆諸島のスダジイ巨樹と着生植物を調べた研究では、大島新島三宅島御蔵島八丈島を対象に調査が行われています。巨樹と周囲の小径木、計142本で多様な着生植物が確認され、森林群落も含めた保全が論じられています。

この研究を読むと、木を一本残すことと、その木が生きる環境を残すことは、つながっていると分かります。泉津の苔や周辺植物も、写真の背景としてだけでなく、木とともにある生き物として見ていきたいと思います。

根上がりは切ればよい? 伊豆諸島の樹木管理に生かしたい視点

根の露出だけで危険とも、太い根が見えるから安全とも判断できません。 根の状態、木の傾き、周辺地盤、人が通る場所を合わせて確認する必要があります。

ポートランド市の根と歩道の解説でも、根の切断が水分・養分の吸収や安定性に影響すること、歩道の位置や構造を工夫する選択肢が示されています。

街では根上がりが相談のきっかけになりますが、泉津では露出した根そのものが景観をつくっています。使われ方によって求められる管理は違っても、まず木と場所を理解するという出発点は共通しています。

訪れる私たちも、根に登ったり、苔を剥がしたりせず、通路から観察したいものです。管理する側には、木の変化と歩行環境を同じ位置から記録し、補修の際にも根への影響を検討することを提案したいと思います。見に来る人が増えるほど、観光と保全を一緒に考える意味も大きくなります。

株式会社トシ・ランドスケープは、伊豆大島をはじめ伊豆諸島の樹木診断、古木・御神木の保全、植栽管理についてのご相談を承ります。必要な調査を見極め、地元で管理する皆様と、継続して観察できる方法や管理の優先順位を考えていきたいと思います。

根が石段を抱く姿から感じたのは、人がつくった道と、木が生きる時間の長さでした。今見えている風景を、次の世代も見られるように。伊豆諸島の土地と暮らしを学びながら、樹木医としてその時間に関わっていきたいと考えています。

株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊

参考資料・出典

歴史上の伝承は伝承として記載。根の形成過程は、一般的な研究知見と現地での考察を区別しています。訪問時の観察・感想は提供原案に基づき、泉津の切通しの樹木・土壌を実測したものではありません。資料確認日:2026年9月12日。

東京都「東京宝島/泉津の切通し」:所在地、道路との位置関係、撮影スポットとしての紹介。
https://www.t-treasureislands.metro.tokyo.lg.jp/spotlist/oshima/452936-senzu-path-cut.html

東海汽船「伊豆諸島 大島のおすすめ観光スポット」:泉津の切通しのシイの大木、石段の景観、アクセス案内。
https://www.tokaikisen.co.jp/island/oshima/

伊豆大島ナビ「神秘の森と光に包まれた場所『泉津』」:切通しの巨木・露出根・苔の景観、現地への道順、泉津地区の文化紹介。
https://oshima-navi.com/senzu/index.html

オリオンツアー「泉津の切通し」:かつて保育園への通路として利用されたという紹介。開削年代や経緯を裏付ける一次史料としては扱っていません。
https://www.orion-tour.co.jp/izu/spot/senzunokiritoshi/

伊豆大島ジオパーク「波治加麻神社」:泉津地区の信仰の歴史、延喜式神名帳への比定、『三宅記』に関わる神話と「日忌様」の伝説。
https://izuoshima-geo.org/know/highlights/culturalsite/bunkasite-9.html

森林総合研究所(2026)「日本の森林の『根』の分布を初めて全国規模で明らかにしました」:全国829地点の土壌断面調査に基づく根の分布、細根・中サイズの根の深さ、垂直根の評価に関する限界。
https://www.ffpri.go.jp/press/2026/20260407/index.html

森林総合研究所九州支所「スダジイ」:樹種の基本情報、別名イタジイ、分布・性質・用途。
https://www.ffpri.go.jp/kys/business/jumokuen/jumoku/zukan/sudajii.html

千葉県立中央博物館(2022)「フィールドノート:スダジイの板根」:スダジイの板根の観察例と、幹を支持する機能についての考察。
https://www.chiba-muse.or.jp/natural/special/yama/news/2022/20220916buttress.htm

米国ポートランド市(2021)「Tree Physiology Primer – All About Roots!」:根の呼吸と酸素要求、土壌の締め固まり・水分条件と根の生育の関係。
https://www.portland.gov/trees/get-involved/news/2021/3/30/tree-physiology-primer-all-about-roots

産業技術総合研究所・地質調査総合センター「伊豆大島火山」:島の形成史、火山灰・スコリア・溶岩の堆積、噴火の歴史。
https://www.gsj.jp/Muse/100mt/izuoshima/index.html

農研機構「日本土壌インベントリー/黒ボク土」:火山灰を主な母材とする土壌の性質、有機物の集積、保水性・透水性。泉津の切通しの土壌を黒ボク土と判定したものではありません。
https://soil-inventory.rad.naro.go.jp/explain/D.html

神社本庁「神社について」:木や岩、山や海などの自然に神を見いだす信仰の背景。
https://www.jinjahoncho.or.jp/shinto/jinja/

環境省・巨樹巨木林データベース(2023)「迷子椎(まいごじい)【東京都・三宅島】」:スダジイの巨木と島の暮らし、巨木への信仰についての地元ガイドによる記述。
https://kyoju.biodic.go.jp/?_action=gtcontents&_command=column061

日本樹木医会「御蔵島の大ジイ」:伊豆諸島のスダジイ巨木の事例、板根の発達、天然記念物指定の紹介。
https://jumokui.jp/tree-data/御蔵島の大ジイ/

仲山真希子・上條隆志・平田晶子(2012)「伊豆諸島におけるスダジイ巨樹とその着生植物の保全」『Mikurensis』第1巻、7–23頁:伊豆諸島5島におけるスダジイ巨樹と着生植物の調査、森林群落も含めた保全の考察。
https://mikura-isle.com/pdf/mikurensis2012/7-24.pdf

米国ポートランド市(2021)「Trees and Sidewalks – Healthy Roots, Healthy Tree」:根と歩道の干渉、根の切断が樹木に及ぼす影響、歩道の配置・構造を工夫する管理方法。
https://www.portland.gov/trees/get-involved/news/2021/3/30/trees-and-sidewalks-healthy-roots-healthy-tree

 

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