御神木の前に立つと 樹木の時間 第1回

御神木 注連縄 紙垂 幹 樹木の時間 樹木医 随想

御神木の前に立つとき、私は何を見ているのか。幹の太さや樹齢の数字ではなく、自分の一生では測りきれない時間がそこに立っている、ということを見ているのだと思います。熱海の大楠と、祖父の盆栽の記憶から、連載「樹木の時間」を始めます。

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熱海の大楠の前で、最初に思ったこと

「この樹木は違う」と、はっきり思った最初の御神木は、静岡県熱海市の來宮神社(きのみやじんじゃ)の大楠でした。初めて訪れたのはまだこの職業に就く前の20代のころでした。樹木医になってから再度訪れた記録は、來宮神社の大楠(静岡県熱海市)として、このブログにも残してあります。

御神木の前では、私はまず一礼をして、手を合わせます。それから幹に手を当て、根元を見ます。順番を決めているわけではないのですが、気がつくといつもそうしています。來宮の大楠のときも同じでした。

手を当てて最初に感じたのは、幹の太さでした。見上げるというより、壁の前に立っているような感じがしました。根元は板のように四方へ広がっていて、幹のどこまでが根で、どこからが幹なのか、目で追っても区切りがつきません。そして、その幹には空洞があり、傷がありました。樹木医の目は、どうしてもそこへ行きます。けれども、この樹木は空洞も傷も抱えたまま、青い葉を茂らせて立っていました。

もうひとつ、強く残っているのは、人の多さです。参拝の方々が次々に幹へ近づき、手を当てていました。大楠の根元はウッドデッキで囲われていて、根のある土を直接踏まずに、幹のすぐそばまで行けるようになっています。人の手が届く距離に、二千年の樹木がある。その光景を見ながら、人が樹木に触れたくなる気持ちと、樹木の側の事情を、同時に考えていたのを覚えています。

樹木の側の事情というのは、根元の土のことです。多くの人が同じ場所を歩くと表土が固く締まり、水がしみ込まず、根の呼吸も妨げられて、樹勢の衰えにつながります。国土技術政策総合研究所の「景観重要樹木の保全対策の手引き」は、この「踏圧」を防ぐ方法のひとつとして、根のある土を直接踏ませないデッキや木道を挙げています。來宮神社のウッドデッキは、人が幹に近づきたい気持ちと、根を守ることの両方に応えようとした形なのだと、そのとき受け止めました。

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來宮神社の大楠。根元はウッドデッキで囲われている(2021年)
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來宮神社の大楠。瘤と空洞を抱えた幹

 

二千年、という数字の重さ

來宮神社の公式サイトには、大楠は「樹齢2100年以上」と記され、幹を一周廻ると寿命が一年延びる、という言い伝えが紹介されています。落雷や暴風雨に耐えて生き続けてきたこと、そして同じ境内の「第二大楠」は落雷で幹の中身がほとんど無いのに青々と葉を茂らせていることも、同じページに書かれています(來宮神社「大楠」)。

静岡県の文化財の情報では、この大楠は昭和8年(1933年)2月28日に国の天然記念物に指定されています。北側の幹は周囲約12.5メートル、南側の幹は約8メートルとされ、クスノキの巨樹を代表するものとして記録されています(静岡県「しずおか文化財ナビ 熱海 来宮神社(阿豆佐和気神社)の大クス」)。

ここで「巨樹」という言葉を、一度きちんと置いておきます。環境省の「巨樹・巨木林調査」では、原則として地上から1.3メートルの高さで測った幹周りが3メートル以上の樹木を巨樹として数えています(環境省 自然環境保全基礎調査「巨樹・巨木林調査」)。幹周り3メートルという基準に照らすと、來宮の大楠は北側の幹だけでその4倍を超えます。

來宮の大楠は、鹿児島県姶良市の蒲生の大クス、佐賀県武雄市の武雄の大楠と並んで「日本三大クス」と呼ばれることもあります。その3年後の2024年、そのうちの一本、鹿児島県姶良市の蒲生八幡神社の大クスを訪ねました(蒲生八幡神社 蒲生の大クス 鹿児島県)。姶良市の文化財の案内によると、根回り33.57メートル、目通りの幹囲24.22メートル、幹の内部には直径4.50メートル、畳8畳分の空洞があります。推定樹齢は1,500年。大正11年(1922年)に国の天然記念物に、昭和27年(1952年)に国の特別天然記念物に指定され、昭和63年度に当時の環境庁が行った「巨樹・巨木林調査」で、改めて日本一の巨樹とされました(姶良市「国指定文化財」)。高さは約30メートルです(姶良市「日本一の巨樹蒲生の大クス」)。

蒲生の大クスも、根元のまわりにウッドデッキの通路がめぐらされていて、根を踏まずに幹を間近に見ることができました。コケや着生植物のついた幹の肌を見ながら、ここでも私は、大きさより先に時間の長さを感じていました。幹の中には畳8畳分の空洞があり、その空洞ごと、この樹木は千数百年を立ってきたことになります。

数字を並べると、どうしても大きさの話に見えます。けれども私が引っかかっていたのは、幹囲が何メートルかということではなく、その幹が何年かけてここまで太ったのか、ということでした。一周すると寿命が一年延びる、という言い伝えも、人が自分の時間を樹木の時間に少しだけ重ねたくなる、その気持ちの表れなのだと思います。

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蒲生八幡神社の大クス(鹿児島県姶良市)。2024年

 

動けない樹木は、その場所で起きたことを全部受ける

2026年の秋、山梨県都留市の西涼寺様で、霊木として大切にされているケヤキを診させていただきました。樹高18.6メートル、幹周467センチのケヤキです(山梨県都留市・西涼寺様 樹木医による霊木ケヤキの樹木診断)。診断の中身はその記事に書きましたので、ここでは、伺う前に調べた土地の出来事のことだけを書きます。

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西涼寺様の霊木ケヤキ(山梨県都留市)。2026年

西涼寺様のある谷村(やむら)は、かつての城下町です。都留市立図書館の郷土資料によると、昭和24年(1949年)5月13日の午前2時30分、撚糸工場から出た火が15メートルの烈風にあおられて燃え広がり、全焼297戸、半焼16戸、罹災された方は1,544人にのぼりました。西涼寺を含む寺院と多くの文化財が焼けたと記されています。現在の本堂は、この大火のあとに再建されたものだと伺いました。

そのとき私は、どうしても境内の樹木のことを考えました。300戸近くを焼いた火と熱風のなかで、樹木はどうしていたのか。今回のケヤキの樹齢までは確かめられていませんので、大火のときにこの樹木がすでに立っていたのかどうかは、分かりません。ただ、もし立っていたのなら、逃げることはできなかったはずです。

その記事に、私はこう書きました。樹木は動けないぶん、その場所で起きたことを全部受けながら育ってきている、と。火事も、台風も、落雷も、隣に建った建物の影も、根元を踏む人の足も。樹木は選べません。受けたものは、幹の傷や空洞や、曲がった枝の形として、そのまま体に残っていきます。

來宮の大楠の空洞も、蒲生の大クスの8畳分の空洞も、そうやって残ってきたものなのだと思います。私たち樹木医は、その傷や空洞を測ります。測った数字は、その樹木が受けてきた時間の記録でもあります。

西涼寺様には、「泣き欅(なきけやき)」というケヤキの昔話が伝わっています。山梨県が県内の昔話をデジタル化して公開している「YAMANASHI DESIGN ARCHIVE」に、三百年ほど前の谷村から語り出される話として収められています。今回診たケヤキがその泣き欅にあたるのかどうかは、確かめられていません。ただ、一本のケヤキに名前がつき、物語になって語り継がれてきたということは、その樹木を気にかけてきた人が、代々この土地にいたということだと思います。樹木が受けてきた時間の中には、火や風だけでなく、そうやって見上げてきた人の目も含まれているのだと感じます。

 

縁側の盆栽と、境内の大樹

私は東京の恵比寿で生まれ育ちました。祖父が盆栽をやっていて、家の縁側と軒先に鉢が並んでいました。鉢の一つひとつの樹種までは、いまはもう覚えていません。覚えているのは、祖父が毎日水をやっていたことと、芽や葉を摘んだり、ハサミで切ったりしていた手の動きです。

盆栽は、人の手が毎日入ることで、鉢の中の小さな時間が保たれています。水をやらなければ数日で傾き、芽を摘まなければ形が崩れていきます。あの縁側の時間は、祖父の手と一緒にありました。

その恵比寿から渋谷へ歩いて行ける距離に、金王八幡宮(こんのうはちまんぐう)があります。子どもの頃から通っていた神社で、1092年に鎮座し、境内には樹齢100年を超えるシイノキやクスノキ、ケヤキ、イチョウなどの大木が何十本も立っています。いまは、その境内の高木の枯れ枝を切らせていただく側になりました(渋谷区内神社 高木枯枝剪定作業 東京都渋谷区)。

金王八幡宮 渋谷 クスノキ 御神木 見上げ 境内
金王八幡宮のクスノキ(渋谷区)。2023年

縁側の鉢と、境内の大樹。どちらも樹木ですが、流れている時間がまるで違います。鉢の時間は人の手で日々つくられ、人の都合で止まります。境内の大樹の時間は、人が毎日触れなくても流れ続け、私が生まれる前から、私がいなくなった後まで続きます。子どもの頃はそのことを考えもしませんでしたが、仕事で樹木に登るようになってから、この二つの時間の差を、体で感じるようになりました。

 

人の一生と、樹木の時間を並べてみる

人の一生を仮に80年とします。來宮神社が記す2,100年は、その26倍を超えます。姶良市が記す蒲生の大クスの1,500年でも、18倍を超えます。一本の帯にして並べると、人の一生は、樹木の帯の端に置いた小さな目盛りのようにしか見えません。

樹木医の仕事は、樹木の状態を数字にすることです。幹周を測り、空洞の大きさを測り、残っている健全な材の厚さを測ります。それは必要な仕事ですし、これからも続けます。ただ、御神木の前に立ったときに私が受け取っているものは、その数字ではありません。この樹木が立っていた時間のほうが、自分が測れる時間よりずっと長い、という単純な事実です。

その事実の前では、幹に手を当てている自分の数十年が、ずいぶん短いものに見えてきます。短いと分かったうえで、それでも手を当てる。來宮の大楠の前で参拝の方々がしていたことも、祖父が縁側で毎日していたことも、形は違いますが、同じことだったのかもしれません。

一周すると寿命が一年延びる、という來宮の言い伝えと、根を踏ませないためのウッドデッキは、同じ境内に並んでいました。片方は人の側の願いで、もう片方は樹木の側の事情です。この二つが同じ場所にあることが、私にはこの連載の出発点のように思えています。人は樹木に近づきたい。樹木は、近づかれすぎると根元を固められる。その間のどこに立つのかを、まだ自分の言葉で言えていません。

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問いのまま、置いておきます

樹木に敬意を払うとは、どういうことなのか。私はまだ、答えを持っていません。ただ、來宮の大楠の前で、蒲生の大クスの前で、谷村のケヤキの前で、同じことを考えていました。それは、自分の時間の尺度を、いちど樹木の時間のほうに合わせてみる、ということなのではないか。そこから何が見えてくるのかを、この連載で一つずつ確かめていきたいと思っています。

次回は、御神木は神そのものなのか、それとも神が降りてくる場所なのか、という問いから始めます。注連縄の内側に入るときの所作と、依り代という言葉のことを書くつもりです。

株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊

 

出典・参考

・來宮神社「大楠」 https://kinomiya.or.jp/top/overview/ookusu/(樹齢2100年以上、一周廻ると寿命が一年延びる伝説、第二大楠の記述。2026年10月7日確認)
・静岡県「しずおか文化財ナビ 熱海 来宮神社(阿豆佐和気神社)の大クス」 https://www.pref.shizuoka.jp/kankosports/bunkageijutsu/bunkazai/1002825/1041003/1041884/1004983/1021381.html(国指定天然記念物、指定年月日1933年2月28日、北の幹約12.5m・南の幹約8m。2026年10月7日確認)
・姶良市「国指定文化財」(蒲生のクス) http://www.city.aira.lg.jp/bunkazai/kanko/bunka/bunkazai/kunishitei.html(根回り33.57m、目通り幹囲24.22m、直径4.50mの空洞、推定樹齢1,500年、指定年月日、昭和63年度の巨樹・巨木林調査。2026年10月7日確認)
・姶良市「日本一の巨樹蒲生の大クス」 https://www.city.aira.lg.jp/shokan/gyosei/shisetsu/kanko/okusu.html(高さ約30m。2026年10月7日確認)
・環境省 自然環境保全基礎調査「巨樹・巨木林調査」 https://www.biodic.go.jp/kiso/13/13_kyoju.html(調査対象は原則として地上1.3mの幹周り3m以上。2026年10月7日確認)
・国土技術政策総合研究所「景観重要樹木の保全対策の手引き」(国総研資料 第565号、2010年1月。踏圧による表土の固結と根の呼吸の阻害、踏圧防止のデッキ・木道。当社記事 5787 で2026年9月27日に確認)
・山梨県「YAMANASHI DESIGN ARCHIVE」泣き欅(西涼寺「儀秀稲荷社」)(当社記事 12904 で確認)
・当社記事「山梨県都留市・西涼寺様 樹木医による霊木ケヤキの樹木診断」(2026年10月3日。谷村町大火の記述は都留市立図書館の郷土資料による) https://toshilandscape.co.jp/archives/12904
・当社記事「渋谷区内神社 高木枯枝剪定作業 東京都渋谷区」(2023年8月16日) https://toshilandscape.co.jp/archives/8594

連載「樹木の時間 ― 御神木の前で考えたこと」

第1回 御神木の前に立つと(この記事)
次回 第2回 樹木は、神そのものではなかった(公開後にリンクを追記)

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