剪定の切り口に癒合剤は必要か──樹木医がトップジン・バッチレートの効果と研究、塗るべき場面をまとめました

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剪定の切り口に塗る癒合剤は、塗っても材の腐朽は防げないことが、海外の13年・275本の解剖試験で分かっています。一方、国内には塗ると巻き込みが速まった試験もあり、果樹の病気や公共の基準では塗る意味があります。研究と製品、塗るべき場面を樹木医の立場でまとめました。

この記事の結論

  • 塗っても、材の腐朽(木材腐朽菌による腐れ)は防げません。米国の研究者が13年かけて275本を解剖し、腐朽を防いだ資材は一つもなかったと報告しています。
  • 巻き込みの速さは、研究によって結果が分かれます。海外の試験では塗っても速まらず、国内の試験では登録のある塗布剤で速まった報告があります。どちらの研究でも、切り方・切る時期・木の勢いの差の方が大きく出ています。
  • 塗る意味があるのは、新しい傷から入る病気を防ぐ場面です。果樹の腐らん病・銀葉病、サクラてんぐ巣病の病枝の切除、それに仕様書で処理が定められた公共の樹木です。塗るなら、農薬登録のある塗布剤をラベルどおり原液で使います。

「太い枝を切ったら、切り口に薬を塗っておかないと腐る」。造園の現場でも、お客様からも、よく聞く言葉です。トップジンMペーストのオレンジ色の切り口は、日本の街ではおなじみの景色になりました。

ところが海外の樹木管理の規格は、「傷の処理剤は使うべきではない」という立場です。もとになった研究は、半世紀近く前に始まりました。日本の公共の基準は、今も多くが「塗る」側です。どちらが正しいのか。この記事では、製品・歴史・研究・規格を一次情報で確かめながら、塗る場面と塗らなくてよい場面を整理しました。

 

癒合剤は2種類ある──殺菌成分入りの農薬と、保護資材

「癒合剤」と呼ばれる製品は、農薬登録のある殺菌癒合剤と、農薬ではない保護資材の2種類に分かれます。殺菌の効果をうたえるのは、農薬登録のある製品だけです。農薬取締法は、「農薬」を農作物(樹木を含む)を害する菌などの防除に使う薬剤と定め、登録のない農薬を製造・加工することを禁じているからです(第2条・第3条)。

2026年10月25日に農林水産省の農薬登録情報提供システムで確かめたところ、樹木の切り口に塗る用途で今も登録があるのは、トップジンMペーストとバッチレートの2つだけでした。

殺菌成分入り(農薬)──トップジンMペーストとバッチレート

トップジンMペースト(日本曹達、農林水産省登録 第13411号、1975年登録)は、殺菌成分のチオファネートメチルを3.0%含むペースト剤です。残りの97.0%は酢酸ビニル樹脂・色素・水などで、塗ると膜をつくります。登録の内容は、作物「樹木類」に対して「切り口及び傷口のゆ合促進」、原液のまま、剪定整枝時・病患部削り取り直後・病枝切除後に、5回以内で塗布、です。

トップジンMペースト 日本曹達 殺菌癒合剤 チューブ 1kg

トップジンMペースト(200gチューブと1kg容器)。画像出典: 日本曹達株式会社「トップジンMペースト」製品情報 https://www.nippon-soda.co.jp/nougyo/product/4287

色は登録上「橙黄色」です。愛知県植木センターの調査報告は、塗った直後は黄色が目立つものの、乾くと無色透明になると書いています。

バッチレート(日本農薬)は、有機銅の8-ヒドロキシキノリン銅を5.0%含む黄緑色の塗布剤です。登録は第14263号(1980年)と第24967号(2025年)の2つがあり、どちらも有効です。樹木類(あじさい・まつなどを除く)の「傷口のゆ合促進」のほか、りんごの腐らん病・銀葉病・赤衣病などに登録があります。

保護資材(農薬ではないもの)──カルスメイト・キニヌール・新キヨナール

農薬登録のない保護資材は、切り口を膜で覆って乾燥や雨水を防ぐ資材です。殺菌の効果はうたえません。色や塗りやすさで選ばれることが多く、園芸店でよく見かけるのは次の3つです。

  • カルスメイト: 酢酸ビニル樹脂の茶褐色のクリーム(販売店の商品説明による)。樹皮に近い色で目立ちにくい資材です。
  • キニヌール(墨運堂): 墨の製造元がつくる黒い保護剤です。愛知県植木センターの報告では、成分は樹脂と煤煙(スス)で、殺菌剤は含まれていません。
  • 新キヨナール(キヨナール工房): 盆栽家などが開発し、40年以上続くシリーズの最初の製品で、緑色のペーストです。メーカーは「傷口の保護材」として、カルスの形成と癒合を補助すると説明しています。塗った後もしばらく半乾きが続き、ひび割れを防ぐのが特徴です。
新キヨナール 癒合剤 盆栽 切り口 保護材

新キヨナール。画像出典: キヨナール工房「製品情報」 https://kiyonaru.com/product-line-2/

キニヌールとトップジンMペーストは、次の章で紹介する愛知県植木センターの比較調査でも使われました。

キニヌール トップジンMペースト 癒合剤 比較 愛知県植木センター

愛知県植木センターの調査で使われた保護剤。右がトップジンMペースト、左がキニヌール。出典: 愛知県植木センター「剪定切口の保護・回復についての調査」p.54

海外の製品──ラックバルサム・Tanglefoot・Bonide

欧米でも塗布剤は売られています。ドイツのLac Balsam(ラックバルサム)(COMPO)は、樹木用ワックスと樹脂の分散液でできた樹皮色のペーストです。日本では「ラックバルサン(人工樹皮)」の名で知られています。殺虫剤のバルサンとは関係ありません。メーカーは、菌の感染を防ぎ、切り口の巻き込みを促すと説明し、傷の縁から2cm外側まで塗るよう指示しています。

Lac Balsam ラックバルサム COMPO 塗布剤 ドイツ

Lac Balsam(COMPO、150gのはけ付きチューブ)。画像出典: COMPO GmbH https://www.compo.de/produkte/pflanzenschutz/wundpflege-reinigung/lac-balsam

米国ではTanglefootやBonideのスプレー式・刷毛塗り式の製品が売られ、どちらも「病気や虫を防ぐ」と表示しています。英国では天然樹脂を使った製品(Arbrex)もあります。ただし、次の章で見るとおり、欧米の規格と研究は、こうした表示を支持していません。

Tanglefoot Tree Pruning Sealer 米国 塗布剤

Tanglefoot Tree Pruning Sealer(米国)。画像出典: Tanglefoot https://tanglefoot.com/tree-pruning-sealer/

商品名 区分 メーカー 主な成分 色 メーカー・登録上の用途
トップジンMペースト 農薬(第13411号) 日本曹達 チオファネートメチル3.0%、酢酸ビニル樹脂など 橙黄色(乾くと透明に近づく) 樹木類の切り口・傷口のゆ合促進、さくらのてんぐ巣病(病枝切除後)、果樹の腐らん病など
バッチレート 農薬(第14263号・第24967号) 日本農薬 8-ヒドロキシキノリン銅5.0% 黄緑色 樹木類の傷口のゆ合促進、りんごの腐らん病・銀葉病など
カルスメイト 保護資材 酢酸ビニル樹脂(販売店の表示) 茶褐色 切り口・傷口の保護
キニヌール 保護資材 墨運堂 樹脂と煤煙(愛知県植木センターの報告) 黒 樹木の保護剤
新キヨナール 保護資材 キヨナール工房 公開なし(アルコール成分配合と表示) 緑 傷口の保護、カルス形成の補助
Lac Balsam 保護資材(ドイツ) COMPO 樹木用ワックス、樹脂の分散液 樹皮色 観賞樹・果樹の傷の閉鎖
Tanglefoot Tree Pruning Sealer 保護資材(米国) Tanglefoot 公開なし 黒 剪定・接ぎ木の傷の保護

出典: 農林水産省 農薬登録情報提供システム(2026年10月25日確認)、各メーカーの製品ページ、愛知県植木センター「剪定切口の保護・回復についての調査」。

 

「切ったら塗る」習慣はどこから来たか

傷を何かで覆う習慣は、2千年以上前からあります。古代ローマのカトーは『農業論』で、接ぎ木の傷を粘土と牛糞を練ったもので覆うよう書いています。1791年には英国王室庭園のフォーサイスが、牛糞・石灰くず・木灰・砂を練った塗り物を発表し、議会の調査を経て国王から報奨を受けました。

20世紀の初めには、米国で「樹木外科」が盛んになります。デイヴィーは1907年の著書『The Tree Doctor』で、傷は塗り続ければよく治る、「厚いペンキかコールタールなら何でもよい」と書いています。空洞を削ってセメントで埋めることも、同じ本で写真入りで紹介されています。

癒合剤 歴史 年表 シャイゴ トップジン バッチレート 研究

切り口に塗ってきた歴史と、研究の流れ(当社作成。出典は図中と記事末尾に記載)

日本では、果樹の腐らん病の対策として塗布剤が広まりました。農薬登録を見ると、トップジンMペーストが1975年、バッチレートが1980年、ベフラン塗布剤が1983年と、1970〜80年代に果樹の病気を対象にした塗布剤が相次いで登録されています。なおベフラン塗布剤は2022年12月に登録が切れ、同じ有効成分(イミノクタジン酢酸塩)の製剤も2025年11月までにすべて失効しました(日本曹達『農業新時代』第7号、農薬登録情報提供システム)。今は使えない製品です。

 

研究で分かったこと──塗っても腐朽は防げない

「切ったら塗る」の効果を長い年月で確かめたのは、1970年代以降の米国の研究です。結論は、塗っても腐朽は防げない、でした。

樹木は「治る」のではなく「閉じ込める」

米国森林局のアレックス・シャイゴは、数多くの木を切って縦に割り、傷のあとの材の変化を調べました。そして1977年、樹木は傷を「治す」のではなく、傷んだ部分を壁で区切って「閉じ込める」という考え方を発表します。CODIT(コディット、Compartmentalization of Decay in Trees)と呼ばれる理論です。木は傷の上下・内側・左右に壁をつくり、さらに傷のあとで形成層が新しい壁をつくって、その外側に健全な材を積み重ねていきます。

CODIT フラッシュカット 腐朽 枝の付け根 縦断面 比較

枝の付け根の縦断面(イメージ)。付け根のふくらみ(ブランチカラー)の外で切ると、変色は付け根の中にとどまる(左)。幹ぎりぎりで切ると、幹の中へ広がる(右)

この考え方に立つと、切り口の表面に膜を張っても、木の中の区切りの働きは変わりません。むしろ大事なのは、木が壁をつくる力を持つ部分(枝の付け根のふくらみ)を切り取らないことです。詳しくは「剪定の切る位置はブランチカラー」で解説しています。

13年・275本の解剖試験

シャイゴとウィルソンは1970年、アカメイプル60本とアメリカニレ50本に同じ大きさの傷を4つずつ付け、アスファルト系の塗布剤・シェラック・ポリウレタンを塗った傷と、何も塗らない傷を比べました。5年後に割って調べると、変色・腐朽の長さに塗った傷と塗らない傷の差はなく、電気抵抗の測定では、塗らない傷の方が腐朽が少なかったのです(Shigo & Wilson 1977)。論文は「処理に価値はなかった」と書いています。

シャイゴとショートルは1983年、13年間の試験をまとめました。5樹種で塗布剤を試した275本の木を解剖した結果、「腐朽を防いだ資材はなかった」「処理の違いより、木1本ずつの違いの方が傷に大きく影響した」と報告しています(Shigo & Shortle 1983)。

シャイゴ 塗布剤 試験 アメリカニレ 傷 閉塞 個体差

同じ試験の2本のアメリカニレ。5年後、左の木は4つの傷がすべて閉じ、右の木は4つとも開いたまま。塗布剤の違いより、木ごとの違いが大きく出た。出典: Shigo & Wilson 1977, Journal of Arboriculture 3(5): 81-87, Fig.5・6(© International Society of Arboriculture)

米国イリノイ州のニーリーは、モートン樹木園での試験で、傷の閉じる速さを調べました。春の芽吹き前に付けた傷は1年目の終わりにカルスが12〜18mm覆ったのに対し、夏に付けた傷は2〜6mmでした。試した塗布剤で閉じる速さがはっきり上がったものはなく、枝の切り口では、付け根のふくらみのところで切った切り口だけが、3年間一貫して早く閉じたと報告しています(Neely 1979)。

ラックバルサムの試験結果

樹皮色の塗布剤ラックバルサムは、米国コーネル大学のハドラーらが試しています。ノルウェーカエデとアメリカサイカチなど4樹種に直径5cmの傷を付けて塗り比べた結果、巻き込みと変色の広がりに「ほとんど、または一貫した効果はなかった」と報告されました(Hudler & Jensen-Tracy 2002)。例外は6月に傷を付けたアメリカサイカチで、変色の範囲が約25%短くなりました。

ラックバルサム 塗膜 剥がれ ノルウェーカエデ 試験

ラックバルサムを塗った傷。木が太るにつれて塗膜が浮き、割れて剥がれた。出典: Hudler & Jensen-Tracy 2002, Journal of Arboriculture 28(6): 264-269, Fig.2(© International Society of Arboriculture)

この研究は、メーカーから研究費の一部の助成を受けていました。それでも論文は、木に害を与えた証拠もないので、見苦しい傷の見た目を和らげる目的なら勧められる、と結んでいます。売り文句と研究結果を並べると、塗布剤に期待してよいのは見た目と、ごく限られた条件での効果だと分かります。

海外の規格の扱い

欧米の樹木管理の規格は、塗布剤を「原則として使わない」立場です。例外として、特定の病気が広がる時期と見た目を挙げています。

規格・資料 傷の処理剤についての書き方
ANSI A300 Part 1(米国の剪定規格、2001年版)5.4.1 傷や切り口を覆うために使うべきではない、病気・害虫・ヤドリギ・萌芽の抑制のため、または見た目のためは除く
ISA(国際アーボリカルチャー協会)の冊子「Pruning Mature Trees」 研究で、塗布剤は腐朽を減らさず閉塞も速めず、虫や病気もまれにしか防がないと示された、多くの専門家は使わないよう勧める
米国森林局「How to Prune Trees」 多くの場合は不要で、害になることさえある、利点はニレ立枯病とオークウィルトの場合に限る
BS 3998:2010(英国の樹木作業の規格) 傷を付けた直後で、銀葉病など新しい傷に入る病気の危険が高い場合にだけ勧める(英国の樹木用語集による)
ZTV-Baumpflege(ドイツの樹木管理の契約条件) 1987年版は樹木外科の方法が中心だったが、その後の版で、傷の処理に木材保存剤を使うことなどが外れていった(2017年版の前書き)

出典: ANSI A300 (Part 1)-2001、ISA「Pruning Mature Trees」(2011)、USDA Forest Service「How to Prune Trees」(2012年改訂)、P. Wilson「A–Z of tree terms」、FLL「ZTV-Baumpflege」2017年版の前書き。ANSI A300 の2017年版・2023年版の条文は原文を確かめられていないため、2001年版の条文を載せています。

 

国内の試験では、塗ると巻き込みが速まった報告もある

国内には、登録のある塗布剤を塗ると切り口の巻き込みが速まった、という試験が複数あります。海外の研究だけを紹介すると話が片寄るので、ここで並べておきます。

兵庫県立林業試験場の吉野・前田は1993年3月、15年生のケヤキ20本で枝打ちの試験をしました。1年後に巻き込みの面積を測って解析すると、癒合率にいちばん強く効いていたのはチオファネートメチルの癒合剤の塗布(偏相関係数0.629)で、次が枝の太さでした(吉野・前田 1995)。塗らなかった傷口の多くには、ひび割れや黒変が出ていました。

岩手県農業研究センターの新田らは1997年4月、リンゴの剪定の切り口に6種類の塗布剤を塗り比べました。2か月後にカルスができていた切り口の割合は、バッチレート95.8%、トップジンMペースト92.3%で、無処理の85.0%を上回りました。一方で、ほかの剤には無処理より劣り、樹皮が傷んだものもありました(新田ほか 1998)。

リンゴ 切り口 カルス形成率 トップジン バッチレート 岩手県 試験

リンゴの切り口のカルス形成率(当社作成。出典: 新田ほか 1998, 東北農業研究 51)

愛知県植木センターは2014〜16年度、ジュズカケザクラとヒトツバタゴで8つの処置を比べました。トップジンMペースト、キニヌール、木工用ボンド、野外用墨汁、スプレーのペンキ、アルミ箔、無処置などを、それぞれ5か所の切り口に施し、木質部の面積が減っていく様子を2年半追っています。

トップジンMペースト 塗布 ヒトツバタゴ 切り口 愛知県植木センター

トップジンMペーストの塗布(ヒトツバタゴ、2014年4月14日)。出典: 愛知県植木センター「剪定切口の保護・回復についての調査」p.55

報告書の総括は、トップジンMペーストの塗布の「効果は極めて大きい」というものでした。ジュズカケザクラの枝の付け根の切り口では、トップジンMペーストの切り口がいちばん早く巻き込んでいます。

癒合剤 比較 8処理 ジュズカケザクラ 愛知県植木センター トップジン 墨汁 ボンド

8つの処置の比較(当社作成。出典: 愛知県植木センター「剪定切口の保護・回復についての調査」p.59)

ただし報告書自身が、統計の検定はしていないこと、評価は調査者の主観によること、「処置方法の違いよりもむしろ諸条件の違いが大きく影響すると言っても過言ではない」ことを書いています。条件の良い切り口では、無処置でもカルスは良好にできていました。

トップジンMペースト 切り口 経過 巻き込み ジュズカケザクラ 2年半

トップジンMペーストを塗った切り口の2年半の経過(ジュズカケザクラ、左端が2014年4月、右端が2016年9月)。出典: 愛知県植木センター「剪定切口の保護・回復についての調査」p.73

海外と国内の結果は、何が違うのか

結果が分かれる理由は、主に3つあります。

  • 見ているものが違う: 国内の3つの試験は、切り口の表面の巻き込み(カルス)を1〜2年半で見ています。シャイゴらは、何年もたってから木を割り、中の腐朽を見ています。巻き込みが速くても、中の腐朽が防げたことにはなりません。
  • 剤が違う: 海外の試験の多くは、アスファルトやシェラックなど殺菌成分のない資材でした。国内の試験で効果が出たのは、殺菌成分を含む登録品です。
  • 検定と本数: 愛知県の調査は各5か所・検定なし、岩手県の試験も検定の記載がありません。シャイゴとショートルは275本を解剖しています。

そのうえで、どちらの研究にも共通しているのは、塗るかどうかより、切り方・切る時期・木の勢いの差の方が大きく出ることです。

 

それでも果樹農家が切り口に塗る理由

果樹の産地が切り口に塗るのは、材を腐らせる腐朽菌を止めるためではありません。新しい傷から入る枝や幹の病原菌の侵入を減らすためです。リンゴの腐らん病、モモ・ナシの胴枯病、ブドウの枝幹病害などがこれにあたります。シャイゴらの「塗っても腐朽は防げない」とは、相手も目的も違います。

剪定の切り口が、病気の入り口になる

リンゴ腐らん病は、明治・大正に大発生し、昭和40年代後半から再び各地で大きな被害を出した病気です。青森県りんご試験場は、主な感染部位に「剪定痕」を挙げています。平成2〜8年の調査では、幹や主枝の新しい病斑のうち、剪定痕から始まったものが約2割、徒長枝の切り口からが1〜2割ありました(青森県 平成15年度 指導参考資料)。胞子は雨とともに一年中飛び、果樹園では毎年たくさんの切り口ができます。

モモでは、山梨県果樹試験場が2019年に、剪定の切り口に塗布剤を塗ってから胴枯病菌を接種する試験をしています。切り口の内部から菌が見つかったのは、トップジンMペーストで17か所中3か所、無処理で18か所中17か所でした。1年・1園の試験で検定はありませんが、塗った区と塗らない区で感染を比べた、国内では数少ないデータです。

モモの切り口に塗ったもの 切り口の数 ゆ合度 内部から胴枯病菌が出た数
トップジンMペースト 17 77.6 3
バッチレート 19 68.4 11
木工用ボンド 15 58.7 12
無処理 18 50.0 17

出典: 山梨県果樹試験場 成果情報「モモの剪定切り口ならびに傷口における塗布剤のゆ合促進効果」表1(2019年、3月に剪定・処理・接種)。モモの登録は、どちらの剤も「ゆ合促進」で、胴枯病への登録はありません。

冬の傷ほど、長く危ない

秋田県果樹試験場の試験では、7月に付けた傷は9日で腐らん病菌が感染できなくなったのに対し、11月の傷は195日も感染できる状態が続きました(水野・熊谷 1981)。自然に感染させた試験でも、11〜1月の傷の発病率は7.5〜9.5%で、7〜10月の傷(0〜3.4%)より高くなっています。

リンゴ 腐らん病 剪定 傷 感染期間 月別 秋田県

リンゴ腐らん病の、剪定の傷が感染できる日数(当社作成。出典: 水野・熊谷 1981, 東北農業研究 29)

だから産地の指導は、塗ることと時期を組み合わせています。青森県の「りんご病害虫防除指針」は、「剪定は厳寒期を避けて行い、切口にはその日のうちにバッチレートを塗る」としています。秋田県病害虫防除所も、厳寒期の剪定を避けて2月以降にし、剪定痕をトップジンMペーストかバッチレートで保護するよう指導しています。海外でも、ブドウの枝幹病害では剪定直後の傷が最も感染しやすく、カリフォルニア大学の指針は、遅い剪定とあわせて剪定傷の保護剤を使うとしています。

果樹でも、剤と切り方しだいで効かない

果樹なら何を塗ってもよいわけではありません。岩手県の試験では、剤によってカルスのできる割合が無処理より低くなり、切り口が枯れ込む樹皮障害も出ました(前の章のグラフ)。山梨県の試験では、切り残しを作らずに枝の基部で切った切り口(資料の言葉では「すり切り」)のゆ合率が89.7%だったのに対し、切り残しのある切り口は、トップジンMペーストを塗っても3.7%しかゆ合しませんでした(モモ枯死症の発生抑制に向けて 第3報)。

果樹の指導は、塗ることだけでなく、剪定の時期、切り残しを作らない切り方、病気の枝や剪定枝を園から出すこと、剪定道具の消毒とセットで成り立っています。庭木や街路樹にそのまま当てはまるのは、サクラてんぐ巣病の病枝の切除のように、特定の病気の枝を切った場面だと、当社では考えています。

 

公共の樹木・街路樹の基準は「塗る」側

日本の公共の樹木では、切り口の処理を定めた基準や仕様書が多く、その現場では基準どおりに塗ります。東京都建設局の資料も、項目ごとに処理を定めています。

資料 項目 切り口の処理
街路樹維持管理計画書(令和3年12月) 切り残しの切除 切り口が直径3cm以上なら防菌・癒合促進処理
太い枝の剪定・幹の切除 剪定後の切り口に防菌・癒合促進処理(径の条件なし)
街路樹診断等マニュアル(令和3年度) 枯枝剪定・支障枝剪定(p.70) 直径5cm以上の切り口に癒合剤
太い枝の剪定・幹の切断(p.71) 癒合剤(殺菌成分入りが望ましい)
スタブカットの切除(p.72) 直径3cm以上の切り口に癒合剤
風圧軽減剪定(p.73) 直径5cm以上の切り口に癒合剤

出典: 東京都建設局公園緑地部「街路樹維持管理計画書」(令和3年12月)p.4〜5、東京都建設局「令和三年度 街路樹診断等マニュアル」p.70〜73。横浜市や国土技術政策総合研究所の資料の定めは「剪定の切る位置はブランチカラー」にまとめています。

当社も、仕様書で処理が定められた現場では、登録のある癒合剤を塗っています。街路樹のそばの工事で根を切ったときも、切り口に殺菌癒合剤を塗ります(「街路樹のそばで工事をするとき」)。

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樹上で剪定の切り口に殺菌癒合剤を塗る当社の作業

公園・街路樹・学校などでの農薬の使い方は、農林水産省と環境省の通知「住宅地等における農薬使用について」(平成25年4月26日)が定めています。当該植物に適用のある登録農薬を、ラベルに書かれた使用方法と注意事項を守って使うこと、公園・街路樹では現地での混用をしないこと、などです。

 

塗った方がいいケース

塗る意味があるのは、新しい傷から短い期間で入る病気を防ぐ場面です。腐朽を止める目的ではありません。

サクラてんぐ巣病の病枝を切ったとき

サクラてんぐ巣病は、枝の途中にこぶができ、そこから細い枝がほうきのように密に出る病気です。森林総合研究所九州支所は、冬から春に病枝を切って焼却し、「切り口にはトップジンMペーストなどの塗布剤を塗る」としています。農薬登録上も、さくらのてんぐ巣病に「病枝切除後」に塗る登録があるのは、トップジンMペーストだけです。メーカーの注意書きは、病巣のある枝を健全な部分で切り取り、その切り口に十分塗るよう求めています。

サクラ てんぐ巣病 病枝 切除 切り口 トップジン 塗布 図解

サクラてんぐ巣病の病枝を付け根で切り取り(左)、切り口に塗る(右)

北米のオークウィルト

米国のオークウィルトは、新しい傷に集まる甲虫が病原菌の胞子を運ぶ病気です。テキサスA&M森林局は、2〜6月はオークの剪定を避け、季節を問わずオークの傷はすべて直ちに塗るよう勧めています。テキサスの試験では、塗った切り口の感染が20%、塗らない切り口が60%でした(Camilli ほか 2007)。ただしこの差は統計的に有意ではなく、論文は「今の推奨を変える理由はない」と結んでいます。オークウィルトは日本にはない病気です。

オークウィルト 切り口 感染率 塗布剤 試験

オークウィルトの切り口からの感染率(当社作成。出典: Camilli ほか 2007)

英国の銀葉病

英国の規格 BS 3998:2010 は、銀葉病など新しい傷に入る病気の危険が高い場合に限って、傷の処理を勧めています。英国環境省の研究ノート(Lonsdale 1992)も、こうした病原菌に弱い樹種や、剪定に向かない時期の傷では、形成層の枯れ込みを防ぐために塗布剤を考えてよいとしています。

 

癒合剤に墨を混ぜる習慣について

植木屋の現場には、トップジンのオレンジ色を嫌って墨を混ぜる習慣があります。私も気持ちはよくわかります。ただ、トップジンMペーストは「原液で塗る」ことを前提に登録された農薬です。混ぜれば有効成分も被膜も薄まり、効き目はメーカーも国も保証しない領域に入ります。

農薬取締法は、登録のない農薬を製造することも加工することも禁じています(第3条)。現場で混ぜる行為がこの「加工」にあたるかどうか、国のはっきりした解釈は見当たりません。それでも、登録された使い方から外れていることは確かです。公園や街路樹、学校の樹木では、ラベルどおりに使うことが国の通知で求められています。混ぜたものを作り置きして人に渡すのは、さらに危うい行為です。

見た目が気になるときは、まず色の目立たない資材を選んでください。トップジンも、乾けば色が抜けていきます。それでもどうしても着色したいなら、中身のわからない墨液より、成分のはっきりした食用色素を使う方がまだ穏当です。ただし、混ぜものであることに変わりはありません。効き目の保証から外れる点は、墨の場合と同じです。

墨を混ぜると殺菌の効果が出る、という説もネットで見かけます。愛知県植木センターの調査では、墨汁は切り口に吸い込まれて膜にならず、乾燥とひび割れが起き、雑菌を抑える効果は確認できませんでした。巻き込みの速さも無処置と同じ程度でした。

墨汁 切り口 経過 癒合剤 代用 ジュズカケザクラ 愛知県植木センター

野外用墨汁を吹き付けた切り口の2年半の経過(ジュズカケザクラ)。出典: 愛知県植木センター「剪定切口の保護・回復についての調査」p.74

同じ調査では、木工用ボンドを塗った切り口の1か所に硬い菌類が生え、報告書は腐朽の進行を懸念しています。ボンドで代用しても、巻き込みを促す効果はほとんど期待できないと結論しています。

 

本当に大事なのは「切り方」と「切る時期」

塗るかどうかより先に、枝の付け根のふくらみ(ブランチカラー)を残して切ること。これが研究で一貫して確かめられてきた、いちばん効く手入れです。

枝の付け根 バークリッジ ブランチカラー 目印 見分け方 ケヤキ

枝の付け根の2つの目印。上側の樹皮の盛り上がり(バークリッジ)と、下側のふくらみ(ブランチカラー)

  • 付け根で切る: 幹ぎりぎりで切る(フラッシュカット)と、木が壁をつくる部分まで切り取ってしまい、腐朽が幹の中へ広がります。枝を途中で切って残す(スタブカット)と、残った部分が枯れて巻き込みを妨げます。見つけ方は「枝の付け根で切る」で解説しています。
  • 太枝は三段切り: 太い枝を一度に切ると、重みで樹皮が付け根の下まで裂けます。下から切り込み、上から落とし、最後に付け根で切る手順は「太枝は三段切りで」にまとめました。
  • 切る時期を選ぶ: ニーリーの試験では、春の芽吹き前に付けた傷がいちばん早く巻き込み、夏・秋の傷は巻き込みが遅く、縁の枯れ込みも重くなりました。愛知県植木センターも、成長期の剪定は避けるべきとしています。
切り口 巻き込み 季節 春 秋 剪定時期 カルス 比較

同じ大きさの切り口の1年後。春の芽吹き前に切った切り口(左)は巻き込みの輪が太く、夏の終わりから秋に切った切り口(右)は細い(Neely 1979 の結果をもとにしたイメージ)

巻き込みの速さは、木の勢いにも左右されます。シャイゴらの試験でも、同じ処理の傷が、ある木ではすべて閉じ、別の木では開いたままでした。切り口がなかなか塞がらない木については「剪定の切り口が塞がる木、塞がらない木」でも書いています。

 

樹木医が勧める実践ガイド

当社では、果樹・病気の枝・仕様書の3つの場面では塗り、それ以外の通常の剪定では、塗るかどうかより切り方と時期を優先しています。判断の流れを図にしました。

癒合剤 塗る 塗らない 判断 フロー 果樹 てんぐ巣病 公共

切り口に塗るかどうか──判断の流れ(当社作成)

塗るときは、次の点を守ります。

  • 登録のある塗布剤を使う: 殺菌の効果を求めるなら、トップジンMペーストかバッチレートを、作物(樹木類・さくら・果樹)の登録の範囲で使います。
  • 原液のまま、切った当日に: どちらも登録は原液です。メーカーは、切り口にペーストを付け、はけでていねいに塗り広げる使い方を示しています。
  • 回数を守る: トップジンMペーストの樹木類は5回以内、果樹は作物ごとに3回以内などの回数があります。
  • 手袋などの保護具を着ける: ラベルと安全データシートの注意に従います。街路や公園では、使用中と使用後(少なくとも当日)に人が入らないよう配慮するよう、トップジンMペーストのカタログに書かれています。
トップジンMペースト 使い方 剪定 切り口 塗り広げる 病患部 削り取り

トップジンMペーストの「上手な使い方」。出典: 日本曹達株式会社「トップジンMペースト」カタログ(2023年12月現在の登録に基づく)

 

よくある質問(Q&A)

Q1. 剪定の切り口に癒合剤は必ず塗らないといけませんか?

A. 一般の庭木の通常の剪定では、必ず塗らなければならないものではありません。海外の長期の解剖試験では、塗っても腐朽は防げませんでした。果樹の病気の対策、サクラてんぐ巣病の病枝の切除、仕様書で処理が定められた公共の樹木では塗ります。どの場合も、枝の付け根で正しく切ることが前提です。

Q2. トップジンMペーストとカルスメイトの違いは何ですか?

A. トップジンMペーストは、殺菌成分チオファネートメチルを含む農薬で、樹木類の切り口の「ゆ合促進」に登録があります。カルスメイトは農薬ではない保護資材で、切り口を膜で覆うものです。殺菌の効果をうたえるのは、農薬登録のある製品だけです。

Q3. 癒合剤の代わりに木工用ボンドを塗ってもいいですか?

A. 勧めません。愛知県植木センターの調査では、ボンドは膜をつくるものの巻き込みを促す効果はほとんど期待できず、塗った切り口の1か所に硬い菌類が生えました。ボンドを塗るより、付け根で正しく切ることを優先します。

Q4. 癒合剤に墨を混ぜて色を目立たなくしてもいいですか?

A. 勧めません。トップジンMペーストは原液で塗るように登録された農薬で、混ぜれば有効成分も被膜も薄まり、効き目の保証から外れます。公園や街路樹では、ラベルどおりに使うことが国の通知で求められています。色が気になるときは、目立たない色の資材を選ぶ方が筋が通ります。

Q5. 桜は切ったら必ず癒合剤を塗るべきですか?

A. てんぐ巣病の病枝を切り取ったときは、トップジンMペーストを塗ります。さくらのてんぐ巣病に「病枝切除後」に塗る登録があるのは、この製品だけです。通常の剪定では、付け根で切ることと、切る時期を選ぶことが先です。

Q6. 癒合剤を塗るなら、いつ、どのくらい塗りますか?

A. 切った当日に、原液のまま、はけで切り口に塗り広げます。トップジンMペーストの樹木類への登録は5回以内です。新しい傷から入る病気を防ぐのが目的なので、時間をおいてから塗っても意味が薄れます。

Q7. 切り口が黒く腐ってきたら、癒合剤を塗れば止まりますか?

A. 止まりません。癒合剤は表面を覆うだけで、中に入った腐朽を止める力はありません。太い枝の切り口から腐朽が進んでいるときは、機器診断で幹の中の健全な材の厚さを確かめ、枝や木の安全性を判断します。

 

まとめと樹木診断のご案内

癒合剤は、塗れば安心という薬ではありません。腐朽を防ぐ力は長期の研究で否定され、巻き込みを速める効果も、試験によって結果が分かれます。一方で、果樹の病気、サクラてんぐ巣病、公共の基準のように、塗る理由がはっきりした場面もあります。大切なのは、塗る前に、付け根で正しく、正しい時期に切ることです。

何年も前に太い枝を切った跡から、腐朽が入っていないか気になる木もあると思います。当社では、外観診断で切り口のまわりの巻き込みや腐朽の兆しを確かめ、必要に応じてレジ(Resi PD)・アーボソニック3D・ピカスで幹の中を確かめる樹木診断を承っています。

 

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出典・参考情報

※ 「レジストグラフ」は、穿孔抵抗測定器を指す通称として、日本の樹木診断の現場で広く使われています。ただし、RESISTOGRAPH® は RINNTECH 社(ドイツ)の登録商標で、当社が使用している「レジ(Resi PD)」は IML 社(ドイツ)の製品です。両者は製造しているメーカーが異なります。呼び名の違いは「レジストグラフ・貫入抵抗測定器とは何か」で説明しています。

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