樹木に心はあるのか。分からないまま、樹木を敬うことはできるのか。現場で心の中でかける「よろしくお願いします」という言葉と、手のひらに伝わる幹の冷たさやわずかな揺れから、樹木の「声」をめぐる本と、それに対する科学者たちの議論を、あらためて考えます。
心の中で、声をかける
現場で樹木に向き合うとき、私は心の中で声をかけます。作業の前には「よろしくお願いします」。作業を終えたら「ありがとうございました」。口に出すことはありません。
そのとき、幹に手を当てていることが多いです。幹は、季節や日差しによって、冷たかったり温かかったりします。風が吹くと、幹や枝のわずかな動きが、手のひらに伝わってくることがあります。樹皮のざらつきや、苔の柔らかさも感じます。
第1回では、來宮神社の大楠の幹に手を当てたとき、まず幹の太さを感じたことを書きました(第1回 御神木の前に立つと)。第6回では、伐る前の幹に手を当てる話を書きました。手を当て、心の中で声をかける。それは、私にとって、樹木に向き合うときの、いちばん基本の所作です。
では、その言葉は、樹木に届いているのでしょうか。樹木は、何かを感じているのでしょうか。
「森の声」を聴く本
樹木が感じ、伝え合っている、という見方を広めた本があります。ドイツの森林管理官ペーター・ヴォールレーベンの『樹木たちの知られざる生活』(日本語版は早川書房、2017年)。副題は「森林管理官が聴いた森の声」です。カナダの森林生態学者スザンヌ・シマードの『マザーツリー』(日本語版はダイヤモンド社、2023年)は、副題を「森に隠された「知性」をめぐる冒険」としています。

私自身は、どちらの本もまだ読んでいません。話題としては、よく耳にしてきました。樹木どうしが土の中で菌類の糸を通じてつながり、養分や信号をやりとりしている。大きな「母なる木」が、若い木を助けている。そうした語り方は、樹木を愛する多くの人の心をとらえてきたのだと思います。
確かめられたこと、まだ分からないこと
こうした語り方には、科学者からの批判もあります。
シャロン・キングスランドは、2018年に米国生態学会の会報で「事実か、おとぎ話か」と題して、ヴォールレーベンの本をめぐる議論を取り上げました。
2023年には、カナダと米国の研究者カーストらが、森の中の菌根のネットワーク(菌類の糸が複数の樹木の根をつなぐもの)について、よく語られる三つの主張を検証しました。ネットワークが森に広く行きわたっていること、ネットワークを通じて資源が運ばれ若い木の育ちを助けていること。この二つは、野外の研究の結果がばらつき、ほかの説明もありうるため、根拠が十分ではないとしました。そして、成熟した木がネットワークを通じて子どもの木に優先して資源や防御の信号を送っている、という主張には、査読を経て発表された証拠がない、と結論づけています。
カーストらは、研究の引用のされ方も調べ、根拠の足りない主張がこの25年で倍に増えていたと報告しました。そして、菌根のネットワークについての知識は、まだ乏しく定まっていないため、森の管理の判断に生かせる段階にはない、としています。

これに対し、シマードらは2025年に反論を発表しました。カーストらの批判は、これまでの研究を覆す新しい実験の証拠を示していない。ネットワークを通じて樹木のあいだで物質が運ばれることは示されてきた。ただし、その働きは環境によって変わり、森の種類ごとに、さらに確かめる必要がある、と。
樹木に意識があるのか、という問いでも、議論は続いています。2019年、植物学の研究者リンカーン・テイツらは、意識が生まれるには脳の複雑な構造が必要だとし、神経も脳も持たない植物に意識がある可能性は事実上ない、と論じました。動物の脳のつくりと働きを広く調べた研究にもとづくと、意識の条件を満たすのは、魚を含む脊椎動物、昆虫などの節足動物、タコやイカの仲間だけだった、というのです。これに対して、アンソニー・トレワヴァスらは翌2020年、「意識は植物の行動を助けている」と題した論考で反論しています。
ここからは、私の解釈です。確かめられていることもあれば、まだ分からないこともある。土の中で、樹木が何を「感じ」、何を「伝え」ているのか。そこから先は、科学者のあいだでも答えが出ていないのだと思います。批判も反論も、樹木をよく知ろうとする営みの一部なのでしょう。
安然の問いに戻る
第4回で、平安時代の僧・安然が向き合った問いを紹介しました(第4回 「山川草木悉皆成仏」は誰の言葉か)。心を持たないとされる草や木は、自ら心を起こし、仏になることができるのか。安然は、草木もまた自ら心を起こす、と答えたといいます。
千百年あまりたった今も、私たちは同じところに立っているのかもしれません。樹木に心はあるのか。科学の言葉でも、宗教の言葉でも、まだ答えは出ていません。
樹木を人に見立てなくても
私が心の中でかける「よろしくお願いします」「ありがとうございました」は、誰に向けた言葉なのか。自分では、樹木と、その樹木を大切にしてきた人たちに向けた言葉だと思っています。

樹木がその言葉を聞いているかどうかは、分かりません。けれども、その樹木に何十年も、何百年も手を合わせてきた人たちがいます。その樹木を植え、守り、枝を整えてきた人たちがいます。私の言葉は、樹木を通して、そうした人たちの時間にも向けられているのだと思います。
ここからは、私の解釈です。樹木を人に見立てなくても、樹木の側に立つことはできるのではないでしょうか。樹木が会話をしているかどうかは分からなくても、樹木がそこで光を受け、根を張り、長い時間を生きてきたことは、確かです。手のひらに伝わる幹の冷たさや、風に揺れるわずかな動きは、樹木がいま生きていることを、何よりもはっきりと伝えてくれます。

分からないまま、敬う。それは、答えが出ていないことに対して、誠実でいることでもあるように思います。樹木を人と同じ言葉で語ってしまえば、樹木は分かりやすくなります。けれども、分からないものを分からないまま大切にすることの中に、樹木の時間に寄り添う、もう一つの道があるのかもしれません。
次回は、人の信仰は樹木を守っているのか、という問いから、敬意が樹木にとって重さになるときのことを考えます。
株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊
出典・参考
・ペーター・ヴォールレーベン著、長谷川圭訳『樹木たちの知られざる生活 ― 森林管理官が聴いた森の声』早川書房、2017年(国立国会図書館の書誌で確認)
・スザンヌ・シマード著、三木直子訳『マザーツリー ― 森に隠された「知性」をめぐる冒険』ダイヤモンド社、2023年(国立国会図書館の書誌で確認)
・Kingsland, S. E. (2018). Facts or Fairy Tales? Peter Wohlleben and the Hidden Life of Trees. The Bulletin of the Ecological Society of America, 99(4), e01443. https://doi.org/10.1002/bes2.1443
・Karst, J., Jones, M. D. & Hoeksema, J. D. (2023). Positive citation bias and overinterpreted results lead to misinformation on common mycorrhizal networks in forests. Nature Ecology & Evolution, 7, 501–511. https://doi.org/10.1038/s41559-023-01986-1(要旨を PubMed で確認。2026年10月12日)
・Simard, S. W., Ryan, T. L. & Perry, D. A. (2025). Opinion: Response to questions about common mycorrhizal networks. Frontiers in Forests and Global Change, 7. https://doi.org/10.3389/ffgc.2024.1512518(2026年10月12日確認)
・Taiz, L. ほか (2019). Plants Neither Possess nor Require Consciousness. Trends in Plant Science, 24(8), 677–687. https://doi.org/10.1016/j.tplants.2019.05.008(要旨を PubMed で確認)
・Trewavas, A., Baluška, F., Mancuso, S. & Calvo, P. (2020). Consciousness Facilitates Plant Behavior. Trends in Plant Science, 25(3), 216–217. https://doi.org/10.1016/j.tplants.2019.12.015
・当社記事 連載「樹木の時間」第4回 https://toshilandscape.co.jp/archives/15544
連載「樹木の時間 ― 御神木の前で考えたこと」
第1回 御神木の前に立つと
第2回 樹木は、神そのものではなかった
第3回 残ったから、神になったのか
第4回 「山川草木悉皆成仏」は誰の言葉か
第5回 共に生きてきた、は本当か
第6回 伐る者の作法
第7回 熊楠が守ろうとした森
第8回 樹木は傷を治さない
前回 第9回 老いることは、衰えることか
第10回 樹木は感じているのか(この記事)
次回 第11回 敬意が重さになるとき(公開後にリンクを追記)
連載「樹木の時間」のすべての回は、連載の一覧からご覧いただけます。

































