ナラ枯れの枯死木はなぜ突然倒れるのか オオミコブタケと倒木リスクを樹木医が考察しました

アーボソニック3D 測定 ナラ枯れ 枯死木 樹木診断

ナラ枯れで枯れた木に広がる「オオミコブタケ(学名 Kretzschmaria deusta)」。外から見ると幹はまだ立っているのに根元から突然折れるその倒木リスクを、国内外の研究と現場の経験から樹木医が考察しました。

※本記事のうち、ナラ枯れとオオミコブタケの関係を直接結びつける部分は、論文等による定量的な裏づけがまだ得られていない領域を含みます。その箇所は、当社が現場で重ねてきた診断・伐採の経験にもとづく見立てとして記しています。個別の樹木の危険度は立地・樹種・経過年数によって大きく異なりますので、実際の判断は現地での診断のうえで行うものと考えています。

ここ数年、マンション管理組合や寺社、公園を管理される方から「ナラ枯れで枯れた木を、いつまでに切ればいいのか」というご相談が増えました。枯れた木は、枯れた瞬間にいちばん危ないわけではありません。むしろ、枯れてから2年、3年と時間が経つほどに、徐々に危険が増していきます。その危険に関わっている可能性があるのが、今回とりあげるオオミコブタケという菌です。少し専門的な話になりますが、なるべくわかりやすい言葉で書いていきます。

先に答え

  • ナラ枯れは、カシノナガキクイムシが運ぶナラ菌で水の通り道がふさがれて木が枯れる伝染病です。正式には「ブナ科樹木萎凋病」といいます。
  • 現場での経験から、枯れた木は枯れた瞬間ではなく、2年、3年と時間が経つほど徐々に危険が増すと考えています。
  • 千葉県農林水産技術会議の技術指導資料(令和6年3月、鴨川市のマテバシイ林)では、枯れると翌年に葉が落ち、2〜3年で枝が落下し、3〜5年後に幹折れが一気に生じて、倒伏したものもありました。
  • オオミコブタケは根や幹の付け根を腐らせる菌で、音響トモグラフィなどの機器診断では判断が難しい可能性が、複数の論文で示唆されています。ナラ枯れとの直接の関係は論文等での裏づけがなく、当社の現場経験にもとづく見立てです。

そもそもナラ枯れとは──ナラ菌とカシノナガキクイムシの関係

ナラ枯れは、正式には「ブナ科樹木萎凋病」と呼ばれる伝染病です。体長5mmほどのカシノナガキクイムシ(学名 Platypus quercivorus)という甲虫が、ナラ菌(学名 Raffaelea quercivora)という菌を体に付けて健全な木に穴を掘り、菌が辺材の中で増えることで水の通り道がふさがれ、木が水を吸い上げられなくなって枯れます。盛夏から晩夏にかけて、葉が急に赤茶けて落ちます。1本の虫が持ち込むだけでは枯れず、多数の虫が集団で穴を掘る「マスアタック」が起きたときに枯死に至ります。太い木ほど虫が繁殖しやすく、大径木ほど被害を受けやすいことが分かっています。

被害は今も広がっています。林野庁の資料(令和7年9月24日時点)によれば、令和6年度には全国44都道府県で発生し、被害材積は18万7,900立方メートル、前年度の1.44倍にのぼりました。令和7年度は21.2万立方メートル(前年度比113%)で、44都道府県で被害が出ました(林野庁、令和8年9月30日更新)。ナラ枯れそのものの仕組みについては、長くこの病気を研究されてきた神戸大学の黒田慶子氏の解説ページが分かりやすく、行政の対策では奈良県や愛知県のページも参考になります。

ナラ枯れ 被害量 推移 全国 折れ線グラフ 林野庁
図: 全国のナラ枯れ被害量の推移(平成13〜令和7年度、被害材積)(出典: 林野庁「全国のナラ枯れ被害量(被害材積)の推移」)

ここで押さえておきたいのは、ナラ枯れは「枯らす」病気であって、「腐らせる」病気ではない、ということです。木を倒す力そのものは、枯れた後にやってくる別の菌が担っています。その代表格が、次にお話しするオオミコブタケです。

「オオミコブタケ」とは何者か──学名 Kretzschmaria deusta の正体

じつはこの菌、名前の扱いが少しややこしいところがあります。和名の「オオミコブタケ」に対応する学名は Kretzschmaria deusta(クロサイワイタケ科)で、古い文献では Ustulina deusta や Ustulina vulgaris という名でも出てきます。英語圏では「brittle cinder(脆い燃えさし)」「burnt crust(焦げたかさぶた)」と呼ばれます。焼け焦げた炭のような見た目を、そのまま名前にしたわけです。

名前と見た目を表にまとめました。

項目 内容 出典
和名 オオミコブタケ(大実瘤茸) 弘前大学 白神データベース
学名 Kretzschmaria deusta 弘前大学 白神データベース
古い文献での学名 Ustulina deusta、Ustulina vulgaris Schwarze ら(1995)、青島(1955)の論文の題名
科 クロサイワイタケ科(Xylariaceae) 弘前大学 白神データベース
英語での呼び名 brittle cinder、burnt crust Purdue Landscape Report
見た目の変化 はじめ灰色〜灰褐色の膏薬状の菌体が広がり、秋に成熟して黒色の炭のような子座になる 弘前大学 白神データベース
日本での古い記録 ブナの生立木の根株腐れを起こす菌として報告、常緑カシ類も同じように侵される 青島(1955)日本林学会誌 37(6)

オオミコブタケは、決して新顔ではありません。青島清雄氏が1955年に日本林学会誌へ報告した論文で、すでに日本のブナの生立木や常緑カシ類の「根株腐れ」を起こす菌として記載されています。70年以上前から、この菌は木の根元を腐らせる存在として知られていたのです。海外でも、米国マサチューセッツ大学の解説など、街路樹・公園樹の根株・幹基部腐朽の代表菌として扱われています。子座の姿については、弘前大学の白神データベースに、はじめ灰色〜灰褐色の膏薬(こうやく)のような菌体が広がり、秋になると黒い炭のような塊に成熟していく様子が記録されています。

なぜ外から見て健全な木が、根元から突然折れるのか

木を腐らせる菌には、大きく分けていくつかのタイプがあります。オオミコブタケが起こすのは「軟腐朽(なんふきゅう/soft rot)」と呼ばれるもので、細胞壁の中のセルロースを先に分解していきます。ここが厄介なところで、材はしばらく外見を保ったまま、内側から粘りと強さを失っていきます。腐って柔らかくブヨブヨになるのではなく、むしろ「乾いて脆くなる」傾向にあります。折れるときは、しなることなく一気に折れます。Cordin ら(2021)も、この菌が細胞壁のセルロースを分解して材の引張強度を下げ、材が脆く折れやすくなると説明しています。

この菌がとくに危ないのは、通常の警告サインを出さないまま進むことです。幹に大きな空洞ができるわけでも、根元が異様に膨らむわけでも、枝先が目に見えて枯れ込むわけでもない。外から見るかぎり、まだしっかり立っている木に見えます。ところが内部では強度がごっそり抜けている。イタリアの老齢ブナを調べた Cordin ら(2021)も、この菌の存在の兆候は外観の診断では見つけにくいことに、注意を促しています。私たちも現場での経験から、登った瞬間に幹が破断しかねない相手として、根株・幹基部を腐らせる菌のなかでもとくに警戒しています。

破断の起きる場所も特徴的です。オオミコブタケの腐朽は根や幹の付け根に集中しやすく、その結果、幹の途中で折れる「幹折れ」だけでなく、根を張った土ごと倒れる「根返り」も起こします。実際、イタリア・トレンティーノ地方の老齢のブナを調べた2021年の研究(Cordin ら)では、調査した木の約半数(50.4%)からこの菌が確認され、リスクが極めて高いと判定された1本は、調査から15日後、嵐のない、新しい葉が出始めた時期に突然倒れたと報告されています。子実体や目に見える腐朽は、菌が確認された木の多くで根元から2mまでの範囲にとどまっていたことも記録されています。菌がどこで悪さをしているかを、そのまま物語る分布です。この菌が個体の中でどう侵入し広がるかは、集団構造を調べた研究(Guglielmo ら, 2012)でも分析されています。

機器診断が効きにくい菌──ピカス・アーボソニック3D・Resi PD の限界と使い分け

私たちは樹木医として、木を切らずに内部を調べるために機器診断を使います。音を木に通して伝わり方から内部を推定する音響トモグラフィ(ピカスやアーボソニック3D)、細いドリルを刺して抵抗の変化から密度を見る穿孔抵抗(Resi PD)などです。ところが、オオミコブタケに関しては、この機器診断では判断が難しい可能性があることが、複数の論文で示唆されています。

古典的な研究として、Schwarze らの1995年の論文があります。音を使う応力波タイマーでは、白色腐朽や褐色腐朽を起こす他の菌の腐朽は検出できたのに、オオミコブタケの軟腐朽は検出できなかった。理由は、この菌が分解を進めても、リグニンに富んだ脆い「骨格」が材の中に残り、音の伝わる速さがあまり変わらないためだと説明されています。つまり「音は普通に通るのに、強さは失われている」という、機器では見落としやすい状態が起こりうる。一方で、コアを採って曲げ折る破断試験では、初期の腐朽でも強度低下がしっかり出た、とも報告されています。

その後、音響トモグラフィ(ピカスの系統)を使ったDeflorio らの2008年の研究でも、音の速さが下がった例はあっても、断層画像には初期の腐朽がほとんど現れず、樹皮に近い外周部から進む初期の腐朽の検出が課題だと結論づけられています。さらに近年の材料試験では、この菌で劣化させたブナ材の曲げ強度の低下を、音速よりも、密度を含めた動的な弾性係数のほうがよく反映すること(Cristini ら, 2022)、同じだけ目方が減っていても、この菌は白色腐朽菌のツリガネタケよりも曲げ強度の低下が大きいこと(同, 2024)が示されています。

この記事で紹介した研究を、調べたことと分かったことで一覧にしました。

研究 調べたこと 分かったこと
Schwarze ら(1995) 応力波タイマーとコアの破断試験で、オオミコブタケと白色腐朽・褐色腐朽の菌の腐朽を比べた 応力波タイマーはオオミコブタケの腐朽を検出できなかった(脆い骨格が残り、音の速さがあまり変わらない)、コアの破断試験では初期の腐朽でも大きな強度の低下が出た
Deflorio ら(2008) 傷を付けて菌を接種した幹を、音響トモグラフで28か月まで追った 音の速さが下がった組み合わせはあったが、断層画像に腐朽が出たのは一部だけで、外周部から進む初期の腐朽の検出が課題とされた
Cristini ら(2022) オオミコブタケで劣化させたブナ材の曲げ強度と、音の速さ・動的な弾性係数の関係(室内の試験) 曲げ強度の低下は、音の速さよりも、密度を含む動的な弾性係数のほうがよく表した
Cristini ら(2024) ブナとフユボダイジュの材に、オオミコブタケとツリガネタケを接種(室内の試験) 同じだけ重さが減っていても、オオミコブタケのほうが曲げ強度の低下が大きかった
Cordin ら(2021) イタリア・トレンティーノの老齢のブナ115本 50.4%で菌を確認、リスクが極めて高いと判定した1本が調査の約2週間後に嵐の無いときに倒れた
Terho ら(2007) ヘルシンキ市で危険木として伐ったシナノキ属・カバノキ属・カエデ属の194本 オオミコブタケは幹に横方向の広い腐朽を起こす、危険の大きい菌の一つ
Fukasawa ら(2025) ナラ枯れで枯れたコナラと、健全なまま伐ったコナラの丸太を約1年半比べた ナラ枯れの丸太では材の中の菌の多様性が低く、分解の初期の速さが下がる可能性がある(モデルによる推定)

出典: 各論文(書誌は記事の「出典・参考情報」)。要旨と本文の記述を当社で要約。

ここから私たちが学ぶべきことは、ひとつです。オオミコブタケが疑われる木では、機器診断の「異常なし」を鵜呑みにしてはいけない。音響トモグラフィで白く(健全と)出ても安心せず、穿孔抵抗や根元の掘り取り確認を併せて、控えめに見積もって判断する。機械の数字は、木を切らないための強力な道具ですが、万能ではありません。相手の菌の性質を知ったうえで使い分けることが、樹木医の仕事だと考えています。

枯死してから何年で倒れるのか──公的データが示す時間軸

「いつまでに切ればいいのか」という問いについては、腐朽菌の種類までは特定していないものの、ナラ枯れの枯死木がどう壊れていくかを、年次で追った貴重な資料があります。千葉県農林水産技術会議の技術指導資料(令和6年3月)です。鴨川市のマテバシイ林を6年間追いかけた記録で、枯れてからの経過がこう記されています。

枯死からの経過 木の状態(千葉県・マテバシイの例)
翌年 葉が落ちる
2〜3年 枝が落下し、幹だけの姿になる
3〜5年 幹の腐朽が進み、幹折れが一気に増える、倒伏する個体も出る

「枝が落ちる時期」と「幹が折れる時期」が、少しずつずれて訪れる。この時間差を頭に入れておくと、管理の優先順位がつけやすくなります。

樹種による違いも大きいところです。千葉県の同じ資料では、常緑のマテバシイは面的に被害が出るのに対し、コナラやシラカシは単木で被害が出る場合が多いとされています。マテバシイは急傾斜地の多い県南部に植えられており、枯死が面的に広がると、大雨のときに土砂が崩れる可能性も考えられる、とも書かれています。前述の青島論文の時代からブナや常緑カシがこの根株腐朽菌に侵されると知られていたことを思うと、常緑樹の被害地でとくに根元を注意して見る意味があると感じます。なお、被害がどう広がり収束していくかの年次推移については、楠本ら(2023, 日本森林学会誌 105(4):103-109)が、千葉県鴨川市のマテバシイ林と愛知県瀬戸市のコナラ林で、被害木の割合がマテバシイ林で90%、コナラ林で80%を超えると急速に被害が収まったこと、被害の終息時に胸高直径10cm未満の個体はほとんど無被害で、20cm以上では90〜100%が穿入を受けていたことを報告しています。

都市の側から見ると、倒木は現実の事故として起きています。国土交通省が令和7年4月に公表した『倒木等による事故に関する全国調査』では、都市公園で931件(うち人身事故77件)、道路で801件(うち人身事故33件)が集計され、コナラ類ではナラ枯れの被害木の倒木も多く見られたと記されています。街路や公園の木は、山の木と違って人のすぐそばに立っています。ここが、私たちがこの問題を放っておけない理由です。

 

ナラ枯れとオオミコブタケは「別々の現象」──それでも現場では重なる

ここで、正直に線を引いておきたいことがあります。「ナラ枯れで枯れた木に、オオミコブタケが生えて、その木の倒木率が何%だった」という数字を直接示した論文や公的資料は、国内外を探しても見あたりませんでした。ナラ枯れの研究と、オオミコブタケの研究は、これまで別々に積み上げられてきたのです。ですから、両者を結びつける部分は、確立された事実としてではなく、現場に立つ者の見立てとして解釈いただけると幸いです。

そのうえで、これまで数多くの枯死木の診断と伐採に立ち会ってきた私たちの現場での経験からは、次のように考えています。ナラ枯れで木が弱り、枯れる。すると、もともと根元に潜んでいたり、周りから胞子で入り込んだりするオオミコブタケのような腐朽菌にとって、そこは格好の住みかになります。オオミコブタケが根株を腐らせれば、ナラ枯れの枯死木は「幹の途中で折れる」から「根ごと倒れる」へと、壊れ方が変わり、時期も早まりうる。これは論文で直接確かめられたことではありませんが、根元に黒い炭のような菌が出たナラ枯れ木を前にしたとき、私たちは強く警戒します。

腐朽の進み方は単純ではありません。東北大学の深澤遊氏らが2025年に発表した研究(Fukasawa ら, Environmental Microbiology)は、ナラ枯れで枯れたコナラの丸太では、健全に伐った木よりも内部の菌の多様性が下がり、材の分解がむしろ初期には遅くなりうることを、統計モデルによる解析から示唆しました(大学の発表資料もあります)。「枯れたら即、腐りが早まる」という単純な図式は成り立たない、ということです。だからこそ、木ごとに、根元ごとに見て判断するしかありません。

樹木医は現場で何を見て、どう判断するか

では、実際にナラ枯れの枯死木を前にして、私たちが何を見ているのかをお話しします。当社でも以前、枯死後のナラ枯れ木が抱える見えない危険について書いた記事がありますが、そこで触れたとおり、枯れて2〜3年の木は外見が立木の形を保っていても、幹や枝が自立できないほど強度を失っていることが少なくありません。登った瞬間に幹が大きく揺れることもあり、ナラ枯れ木の伐採は、私たちの作業のなかでもとくに危険度の高い部類に入ります。

診断の順番としては、まず根元です。幹の付け根、根の張り出し、地際、そして落ち葉や敷きチップの下まで、灰色の膏薬状あるいは黒い炭状の子座が出ていないかを探します。オオミコブタケの子実体が確認できたら、それは「腐朽がもう進んでいる」というサインとして重く受け取ります。ヘルシンキ市で危険木として伐採されたシナノキ属・カバノキ属・カエデ属194本を調べた研究(Terho ら 2007)でも、この菌は幹の中で横方向に広く腐朽を進め、幹折れの危険が大きい菌の一つに挙げられています。

当社が現場で見ている順番を並べました(当社の現場での手順)。

  1. 根元を見る(幹の付け根、根の張り出し、地際、落ち葉や敷きチップの下まで、灰色の膏薬状か黒い炭状の子座を探す)
  2. 子実体が見つかったら、腐朽がもう進んでいるサインとして重く受け取る
  3. 機器診断は音響トモグラフィだけに頼らず、穿孔抵抗(Resi PD)や根元の掘り取り確認を組み合わせる
  4. t/R 比は空洞を想定した目安なので、数字が微妙なときほど安全側に判断する
  5. 登る・荷重をかける前に、その木が登れる状態かを見極め、必要なら高所作業車や重機を使う

次に、機器診断です。前に述べたとおり、この菌には音響トモグラフィが効きにくいので、ピカスやアーボソニック3Dの結果だけに頼らず、穿孔抵抗のResi PDや根元の掘り取り確認を組み合わせます。残った健全な壁の厚みが半径に対してどれくらいあるか(樹木医の間で使う t/R 比という目安)も参考にしますが、この目安は本来「幹の中が空洞になった木」を想定したものです。オオミコブタケのように空洞を作らず脆くする腐朽や、根株そのものの破壊には、そのまま当てはめると危険を小さく見積もってしまう恐れがあります。ですから、数字が微妙なときほど、安全側に倒して判断します。加えて、診断のために木に登る・荷重をかける前に、その木がそもそも登れる状態なのかを見極め、必要なら高所作業車や重機を使って登らずに済ませることも、作業者の安全のために欠かせません。

これから樹木医に求められること──気候変動の時代の倒木対策

この先、私たち樹木医に何が求められていくのかを、現場の実感を交えて書いておきます。

1つ目は、視点を「枯らさない」から「枯れた後」へも広げることです。ナラ枯れの対策というと、これまでは薬剤の樹幹注入や、枯死木のくん蒸・粘着シートといった、生きている木を守り、虫を減らすための防除が中心でした。それはもちろん大切です。ただ、防除と、枯れてしまった木を安全に管理することは、目的の異なる別の仕事です。管理計画の中に「枯死木をいつ、どの順番で片づけるか」という危険木管理の枠を、はじめから組み込んでおく必要があると考えています。

2つ目は、根元と子実体を見る習慣を、診断の当たり前にすることです。梢や葉の色に目が行きがちですが、倒木の芽は多くの場合、足元で育っています。地際をかがんで見て、菌の姿を記録する。地味ですが、ここを飛ばさないことが事故を防ぎます。

3つ目は、機器診断を過信しないことです。道具は年々良くなっていますが、オオミコブタケのように機械の弱点を突く相手がいる以上、複数の方法を重ね、最後は人の目と手で確かめる姿勢は変わりません。むしろ、機器の限界を正しく知っている人ほど、機器をうまく使えると感じます。

4つ目は、気候の変化に備えることです。乾燥や高温が続くと、木は弱り、ふだんはおとなしくしている潜在的な菌が暴れやすくなります。地中海のオーク類に炭化病を起こす菌(Biscogniauxia mediterranea)は、環境のストレスを受けると材や樹皮に急速に広がると説明されており(Biscogniauxia の解析)、ブナでは近縁の菌の潜在感染が雨の少ない時期に増えることから、この菌をブナの健康の指標に使う提案(Luchi ら, 2015)もあります。日本のオオミコブタケについて同じ強さのデータがそろっているわけではありませんが、木が弱れば菌が動く、という道理は変わりません。夏の異常な暑さが続いた後の秋は、根元をとくに丁寧に見るようにしています。

5つ目は、管理される方々とのコミュニケーションです。マンションの管理組合、寺社、公園、行政の方など、木を預かる立場の方に、「なぜこの木を今切る必要があるのか」「なぜこの木はもう少し様子を見られるのか」を、数字と根拠で率直にお伝えする。限られた予算のなかで優先順位をつけるには、この説明が欠かせません。そして、定点で記録を残し、地域で早く気づいて知らせ合う仕組みや、大学・研究機関・行政との連携を積み重ねていくこと。倒木は一本の木の問題であると同時に、その土地全体の問題でもあります。

ナラ枯れは、枯らして終わる病気ではありません。枯れた後の時間の中で菌が静かに木を腐らせていきます。その代表がオオミコブタケです。派手な兆候が出ないぶん、判断が難しい面があります。木の立ち姿には、その木が置かれた環境と、これまでの手入れの跡が残っています。根元にかがんで、その痕跡を一つずつ読み解いていく。それが、これからの時代の樹木医に求められている仕事だと思っています。

株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊

 


よくある質問

Q1. ナラ枯れとは何ですか。

正式には「ブナ科樹木萎凋病」という伝染病です。体長5mmほどのカシノナガキクイムシがナラ菌を体に付けて木に穴を掘り、菌が辺材の中で増えて水の通り道がふさがれ、木が水を吸い上げられなくなって枯れます。盛夏から晩夏にかけて、葉が急に赤茶けて落ちます。

Q2. オオミコブタケとは何ですか。

学名Kretzschmaria deustaの菌で、根株や幹の基部を腐らせます。軟腐朽を起こし、材は外見を保ったまま内側から粘りと強さを失います。青島清雄氏が1955年の論文で、ブナや常緑カシ類の根株腐れを起こす菌として報告しています。

Q3. なぜ外から健全に見える木が、突然折れるのですか。

オオミコブタケは、幹に大きな空洞ができたり、根元が異様に膨らんだりといった通常の警告サインを出さないまま進むためです。外からはしっかり立っているように見えても、内部では強度が大きく失われていて、折れるときはパキッと一気に折れます。

Q4. ナラ枯れで枯れた木は、何年で倒れますか。

千葉県農林水産技術会議の技術指導資料(令和6年3月)の鴨川市のマテバシイ林では、枯れると翌年に葉が落ち、2〜3年で枝が落下し、3〜5年後に幹折れが一気に生じ、倒伏したものもありました。枯れて2〜3年で徐々に危険が増すという見方は、現場での経験からのものです。

Q5. 機器診断で「異常なし」なら安心ですか。

オオミコブタケが疑われる木では、「異常なし」だけで安心とはいえません。音響トモグラフィでは外周の初期腐朽が画像に出にくく、応力波の伝わる速さがあまり変わらないまま、強度が大きく落ちることも報告されています。穿孔抵抗や根元の掘り取り確認を併せて判断します。

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出典・参考情報

[ナラ枯れ(病理・被害・対策)]

[オオミコブタケ(Kretzschmaria deusta)]

  • 青島清雄(1955)「オオミコブタケ(Ustulina vulgaris TUL.)によるブナ生立木の根株腐れ」日本林学会誌 37(6): 254-256. J-STAGE
  • 弘前大学 白神自然環境研究センター「オオミコブタケ」 白神データベース
  • University of Massachusetts Amherst「Root and Butt Rot caused by Kretzschmaria deusta」 UMass Extension
  • Guglielmo ら(2012)「Kretzschmaria deusta の集団構造と感染生態」Fungal Ecology. ScienceDirect

[倒木リスク・破壊様式・機器診断の限界]

  • Terho, Hantula & Hallaksela(2007)「ヘルシンキ市で伐採された危険木における主要な材質腐朽菌の発生と腐朽の様式」Forest Pathology 37(6): 420-432. Wiley
  • Cordin ら(2021)「老齢ブナにおける Kretzschmaria deusta」iForest 14: 576-581. iForest
  • Schwarze, Lonsdale & Mattheck(1995)「Ustulina deusta による材腐朽の検出性」European Journal of Forest Pathology 25: 327-341. DOI
  • Deflorio, Fink & Schwarze(2008)「音響トモグラフィによる初期腐朽の検出」Wood Science and Technology 42: 117-132. ResearchGate
  • Cristini ら(2022)「Kretzschmaria deusta によるブナ材の劣化と曲げ特性」Holzforschung 76(9): 813-824. De Gruyter
  • Cristini ら(2024)「ブナとフユボダイジュ(シナノキ属)の初期腐朽の材料解析」Forest Ecology and Management. ResearchGate
  • 国土交通省「倒木等による事故に関する全国調査について」(令和7年4月公表・都市公園)

[腐朽の進み方・気候ストレス(参考)]

  • Fukasawa ら(2025)「Oak wilt disease may reduce the initial decay rate of dead Quercus serrata stems…」Environmental Microbiology 27: e70026. Wiley/東北大学 発表資料
  • Biscogniauxia mediterranea のゲノム解析(オーク炭化病) PMC
  • Luchi ら(2015)「ブナにおける Biscogniauxia nummularia の潜在感染」iForest 9: 49-54. iForest

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