下記の街路樹等の管理に関する考察は善悪を論じるものではなく、あくまでも一つの思索として読んでいただければ幸いです。
先に答え
- トローニュとは、枝先の瘤状の部分からの萌芽力を活かした、萌芽更新に特化した剪定手法です。猫の頭仕立て、オタマジャクシ仕立てとも呼ばれます。
- 本文は、定期的な剪定で樹高と枝葉の量を抑えられ、樹冠にかかる風圧が減ることで、折損や倒木のリスクの抑制につながる可能性を挙げています。
- 一方で、夏は樹冠が小さくなって日陰が減るなどの課題もあります。自然樹形の木をすべてトローニュに変えるべきという議論ではありません。
- 日本だけでなくフランスでも、都市では樹木の老木化が進んでいます。東京の街路と同じ問いに向き合っています。
サン・セバスチアンで足を止めた風景
先日、スペインのバスク地方にあるサン・セバスチアンを訪れる機会がありました。
目的地へ向かう途中、海岸沿いの道を歩いていると、思わず足を止めてしまうような光景に出会いました。歩道の両側に植えられた街路樹──世界各地で親しまれているプラタナス(スズカケノキ属)の枝が、左右から伸びて互いにつながり、まるでアーチのように道を覆っていたのです。夏の強い日差しから歩行者を守る、緑のトンネルのようでした。
- 左右の枝がつながったプラタナスの並木(スペイン)
- 歩道の上でつながるプラタナスの枝(スペイン)
- 枝先に瘤のあるプラタナスの街路樹(スペイン)
この景観が、最初からそのように計画されたものなのか、あるいは管理の過程で生まれた発想なのかは分かりません。ただ、偶然できあがったものではなく、人の手によって「美しい風景」を形にしようとした意図が感じられました。
一方で、冬の落葉期には、左右から歩道の中央に向かって伸びた枝がそのまま露出し、まるで樹木というよりも、構造物同士が溶接されているかのようにも見えました。日頃から樹木と向き合う仕事をしている身として、本来の樹形から離れていくその姿に、少し切なさを覚えたのも事実です。
しかし、樹木への負担や管理の継続性といった課題はいったん脇に置き、夏に生い茂った緑の天蓋の下を歩く心地よさを想像すると、この管理方法を一概に否定する気持ちも和らぎました。
美しさの感じ方は、人それぞれの育った環境や経験によって異なるものだと思います。ただ、樹木に関する知識や管理・診断の技術が進歩している今だからこそ、安全性を大切にしながら、人の都合を優先する管理から一歩進み、樹木が本来持っている自然で美しい姿を引き出す管理へと目を向けていくことの大切さを、改めて感じました。
フランスで出会う、もう一つの樹木の姿──トローニュ
スペインでの体験を経て、改めて頭に浮かんだのは、フランスへ帰省した折にしばしば目にする風景のことです。
それは、いわゆる「トローニュ(trogne)」と呼ばれる樹木の仕立て方です。猫の頭仕立て、あるいはオタマジャクシ仕立てとも称され、枝先に形成される瘤状の部分からの萌芽力を活かし、萌芽更新に特化した剪定手法です。自然樹形の柔らかさとは異なり、どこか無骨で彫刻的な印象を与えます。
- トローニュの樹上のアーボリスト(フランス)
- 瘤状の頭部から伸びる萌芽枝
- 頭部から枝を伸ばしたトローニュ(フランス)
サン・セバスチアンで見たプラタナスのアーチが「人の暮らしの快適さ」を意図した仕立てであったとすれば、トローニュはもう少し異なる発想に根ざしています。樹木そのものの萌芽力と構造を活かし、長い時間をかけて人と木の関係をつくっていく──そこには、風景をつくるというよりも、風景とともに生きるという思想が感じられます。
しかし、このトローニュ仕立てには、都市の未来を支える可能性が秘められていると、フランスの樹木学者である故フランシス・アレや、スイスにおいて森林学・樹木学の研究を重ねてきたエルンスト・ツュルヒャーらが指摘しています。
都市における安全性の向上
定期的な剪定によって樹高を抑えつつ枝の成長を計画的に管理できるため、折損や倒木のリスクの抑制につながります。若い枝はしなやかで強風にも比較的耐性があり、建物や道路、各種インフラとの共存も図りやすい点が挙げられます。
また、維持管理のサイクルをあらかじめ組み込むことで、緊急対応の頻度を抑え、管理予算の安定化にもつながると言われています。
力強く制御された美しさ
トローニュは、膨らみをもつ幹と特徴的な「頭部」から規則的に伸びる若枝によって、長年の管理を経て彫刻のようなシルエットが形成されます。並木として整然と配置されたとき、街路に独自のリズムと個性を与え、印象的な都市景観を創出します。
さらに、日射の調整という機能的利点もあります。夏季には繁茂した葉が強い日差しを遮り、剪定後の冬季にはより多くの光を取り込むことができ、都市の快適性を高める効果が期待できます。この点においては、サン・セバスチアンのプラタナスのアーチとも通じるところがあるかもしれません。夏の緑陰と冬の採光──季節によって街路の表情が変わるという点は、どちらの管理手法にも共通する都市的な知恵だと思います。
- 住宅地の道沿いのトローニュ(フランス)
- 石造りの建物の前に立つトローニュ(フランス)
- 萌芽枝を伸ばすトローニュの並び(フランス)
- 建物の前に並ぶトローニュの大径木(フランス)
- 頭部から立ち上がる萌芽枝
- 草地に並ぶトローニュ(フランス)
環境への貢献
繰り返しの剪定により、幹部には樹洞や枯損部が形成されやすくなり、生物多様性の向上に寄与すると言われています。都市部では老木が減少しているため、こうした微小環境は鳥類や昆虫にとって貴重な生息・休息の場になります。
また、定期的な萌芽更新によって光合成能力の高い若い枝葉が常に更新されるため、成長が緩やかになる通常の樹木と比較して、より多くの二酸化炭素(CO₂)を吸収し得る可能性があるという研究も進められています。
都市の樹木が直面している現実
地球温暖化といった環境問題に加え、日本だけでなくフランスでも都市では樹木の老木化が進行しています。倒木や大枝の折損といった安全上のリスクが高まり、樹勢の衰えによる景観価値の低下も懸念されています。今後の樹木の維持管理、そして更新のあり方については、改めて重要な問いが投げかけられています。
実際、東京都内では腐朽菌の侵入によって幹内部が空洞化し、根系の支持力が低下した高木が、台風や強風時に突然倒れる事例も少なくありません。こうしたリスクを回避するため、やむを得ず伐採に至るケースも多く、その結果、土地の記憶や長年親しまれてきた景観が失われることもあります。景観的価値はもちろん重要ですが、都市においては何よりもまず人々の安全が最優先されるべきでしょう。
2026年3月7日と8日、東京の砧公園では、花見で知られる園内で2本の樹木──1本はサクラ、もう1本はヒマラヤスギ──が倒れ、そのうち1本が通行人にけがを負わせる事故が起きました。いずれの樹木も高さ10メートル以上でした。
また3月9日には、南フランスでもおよそ200年の樹齢を持つ高さ約30メートルのマツが、強い降雨によって地盤が緩んだことにより倒れ、民家のすぐそばまで迫る倒木の出来事がありました。
さらに時代をさかのぼると、1999年12月にフランスを襲った大嵐が思い出されます。この嵐は2日2晩にわたり猛威を振るい、パリとその周辺ではおよそ14万本もの樹木が倒木あるいは損傷しました。これは当時の都市景観を形作っていた樹木のおよそ3分の1に相当する数です。特に、並木道や公園、周辺の森林において自然樹形(Port libre)あるいは準自然樹形(Port semi libre)で管理されてきたトチノキ、プラタナス、シナノキなどが大きな被害を受けました。
このように、暴風や台風の際に大きな被害を受ける樹木の多くが、自然樹形または準自然樹形で管理されていることが分かります。
トローニュという選択肢の可能性
こうした背景から、トローニュ仕立ては都市の樹木管理を持続的に行うための一つの有効な方法となり得るのではないかと考えられます。
定期的な剪定によって樹高と枝葉の量を抑えることができれば、その結果、樹冠にかかる風圧が減少し、根に対する抵抗作用も軽減できるのではないかと考えられます。さらに、トローニュの構造では風の力が数本の太い枝に集中するのではなく、多数の細い枝に分散されるため、構造的な破損のリスクを低減できる可能性もあると考えられます。
また、計画的なサイクルで行われる剪定は樹木の活力を刺激し、老木化の進行を遅らせる効果があるとも言われています。つまり、トローニュは樹木の長期的な維持管理につながる手法でもあるのです。
トローニュの思想には、技術や知識、そして樹木そのものを世代から世代へと受け継いでいくという理念が歴史的に深く根付いています。実際に、トローニュとして管理されてきた樹木の中には、樹齢300年や400年を超えるものも珍しくないと言われています。樹種によっては、オークやオリーブのように1000年以上生き続ける例も知られています。
このように考えると、「樹木の遺産(patrimoine arboré)」という言葉は非常に意味深いものです。それは、将来の世代へ安心して受け渡すことのできる、持続的で長期的な管理の思想を含んでいるからです。
課題と、問い直すべきこと
もちろん、トローニュ剪定には利点だけでなく課題も存在します。
例えば、並木のすべての樹木が枝葉を落とされ、ごつっとした幹だけが残る姿を見ると、多くの人は驚いたり悲しくなったりするのではないかと思います。景観的な側面においては、このような強い剪定は確かに影響を与える可能性があります。特に夏季には樹冠が小さくなることで日陰が減り、都市のヒートアイランド対策という観点では不利に働くことも考えられます。
したがって、ここでの議論は「街の安全のために、自然樹形の木をすべてトローニュに変えるべきだ」というものでは決してありません。
そのような状況のなかで、人間の生活インフラと樹木をどのように共存させていくのかは、極めて重要な課題です。樹木は単なる景観要素にとどまらず、ヒートアイランド現象の緩和や二酸化炭素の吸収といった機能を通じて、都市環境の改善に寄与しているとされています。ゆえに、その存在は環境的観点からも欠かすことができません。
老木化が進む都市の樹木をどのように維持し、景観資産として守り続けるかは重要なテーマです。しかし同時に、維持が困難となり更新が必要になった際にこそ、安全性、長期的な景観形成、そして環境機能の維持をいかに両立させるかが、より本質的な課題として浮かび上がります。
ここで重要なのは、更新が必要になったときに、今後の樹木遺産をいかに持続的かつ賢明に管理していくかを考えることです。そして同時に、「美」という基準と概念そのものを問い直す必要もあるのかもしれません。
スペインの光景から、東京の街路へ
サン・セバスチアンで見たプラタナスのアーチ。フランスの田舎道に立つ、何百年ものトローニュ。そして東京の街路で、老木化と向き合いながら静かに立ち続ける樹木たち。
それぞれの土地には、それぞれの気候や文化や暮らしがあり、樹木との向き合い方も異なります。しかし、共通しているのは、どの街においても、人と樹木がどのような関係を築いていくかという問いが、いま改めて投げかけられているということです。
都市の樹木管理は、単なる「維持するか伐採するか」という二項対立では語り尽くせません。安全性、景観、環境機能、そして都市の記憶をいかに未来へつなぐか──その接点を探る試みの一つとして、トローニュ仕立ては場面によって再考に値する選択肢だと感じています。
次回の投稿では、フランスでどの樹種にトローニュが行われているかをご紹介しつつ、日本ではどのように応用できるかを考え、具体的な提案につながるように形作っていきたいと思います。
株式会社トシ・ランドスケープ
加藤バンジャマン
よくある質問
Q1. トローニュとは何ですか。
フランスで見られる樹木の仕立て方で、猫の頭仕立て、オタマジャクシ仕立てとも呼ばれます。枝先に形成される瘤状の部分からの萌芽力を活かした、萌芽更新に特化した剪定手法です。自然樹形の柔らかさとは異なり、無骨で彫刻的な印象を与えます。
Q2. なぜトローニュは倒木リスクの抑制につながるのですか。
定期的な剪定で樹高と枝葉の量を抑えられ、樹冠にかかる風圧が減るためです。風の力が数本の太い枝ではなく多数の細い枝に分散され、構造的な破損のリスクを低減できる可能性もあると、本文は述べています。日本の樹種や街路への適用は、別に検討が必要です。
Q3. トローニュ剪定の課題は何ですか。
並木のすべての樹木が枝葉を落とされ、ごつっとした幹だけが残る姿は、多くの人を驚かせたり悲しませたりする可能性があります。夏には樹冠が小さくなって日陰が減り、ヒートアイランド対策の観点では不利に働くことも考えられます。
Q4. 自然樹形の街路樹は、すべてトローニュに変えるべきですか。
本文では、街の安全のために自然樹形の木をすべてトローニュに変えるべきだという議論ではないと明記されています。安全性、景観、環境機能、都市の記憶をいかに未来へつなぐかを探る選択肢の一つで、場面によって再考に値するとされています。
Q5. トローニュで管理された木は、どのくらい生きるのですか。
トローニュとして管理されてきた樹木の中には、樹齢300年や400年を超えるものも珍しくないとされています。樹種によっては、オークやオリーブのように1000年以上生き続ける例も知られています。背景には、技術や知識、樹木そのものを世代から世代へ受け継ぐ理念が、歴史的に深く根付いていることがあります。
海外視察と国際交流の記事
海外の樹木管理の視察と国際交流の記録を、公開の新しい順に並べました。
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・プーケットで出会った熱帯の植物と松に似た樹木のこと
・良い技術は国境を越える。ヨーロッパの樹木管理スタンダードを学び、現場の判断精度を高める
・樹木医がイギリスの樹木診断に学ぶ ― 都市の樹木を守るための対話と発見
・ヒートアイランド現象と都市緑化|東京・パリにみる最新の課題と対策
・南アフリカの多肉植物ハオルシアから新しい化合物が見つかるまで
・台湾ツリークライミング大会 台中公園
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・韓国樹木医協会 日韓樹木医交流
・ヴァレ・オ・ルー 樹木園・公園 フランス・パリ郊外
・ロワイヨモン修道院 フランス
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・TBSテレビ「THE TIME,」 砧公園での倒木事故について樹木医として取材をいただきました
・砧公園で2日連続の倒木事故——ヒマラヤスギはなぜ倒れたのか 樹木医の考察 東京都世田谷区
・都有施設80万本の樹木一斉点検 約14,000本(速報)の「異状あり」を、樹木医はどう読むか
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・トシ・ランドスケープの視点と取り組み
「高木・特殊伐採&ケーブリング」のサービス内容と、ご相談の窓口であるお問い合わせのページはこちらです。











































