東京都世田谷区砧公園のサクラ倒木(根返りを伴う倒伏)について 樹木医の考察

2026年3月7日、東京都世田谷区の砧公園で、高さ10mを超えるサクラ類が倒れ、歩行者の女性が負傷したと報じられました。報道では、木が根元側から倒れ、周辺の樹木も巻き込んだこと、女性は軽傷だったことが伝えられています。

現時点で、公的な最終原因はまだ確定していません。ただ、今回の事例は、公園の樹木管理だけでなく都市の高木管理が抱える課題を改めて考えるきっかけになったと感じています。本稿では、現地で規制帯の外から目視した状況と報道内容をもとに、樹木医として仮説的に整理した考察をまとめます。

倒木は「木の弱り」「根と土の弱り」「外力」が重なって起きます

倒木は、多くの場合、木そのものの弱り木を支える根と土の弱り、そしてその日に加わった外力三つが重なったときに起こります。都市の樹木では、腐朽、根の障害、狭い植栽基盤、舗装や踏圧、工事に伴う根切りなどが重なることで、安全性が徐々に低下していきます。

木は幹や枝だけで倒れるわけではありません。目に見えない地下で起きている変化の積み重ねが、最後に地上の事故として表れます。

当日の風だけではなく、その前の雨も重要です

東京では、3月7日の最大瞬間風速が12.3m/s、日降水量は1.0mmでした。一見すると、これだけで大木が次々に倒れるような極端な暴風雨とは言いにくい条件です。

ただし、その前を見ると、3月3日に31.0mm3月4日に25.5mm降水があり、世田谷でも3月3日に34.0mmが観測されています。倒木当日が大荒れでなくても、その前の数日で土がしっかり水を含み、根鉢を支える地盤が緩んでいた可能性があります。

木にとって危険なのは、その日の風速だけではありません。先行降雨で土壌が湿った状態で風荷重を受けることが、根返りの引き金になることがあります。

現地では「根返り」に近い倒れ方に見えました。

現地状況を確認すると、根が土ごと大きく持ち上がっているように見えました。これは典型的な「根返り」と呼ばれる、木が根元ごと回転して倒れる形に近い所見です。

さらに、根株部の一部には、繊維状に裂けた破断面や、白色から淡色で脆そうに見える木質部も確認できました。もちろん、規制帯の外からの目視だけで腐朽菌の種類や腐朽型を断定することはできませんし、撤去作業後の切断面が混じっている可能性もあります。それでも、健全な支持根だけで最後まで踏ん張った倒れ方には見えにくい、というのが率直な印象です。

サクラは見た目が元気でも、根元内部で問題が進んでいることがあります

報道では、倒木したサクラは植栽後60年以上の可能性があること、根部の白色化が見られ、菌類による腐朽の可能性が示唆されていることも伝えられていました。もちろん、60年という年数だけで危険と決めつけることはできません。

ただ、サクラ類は古木になるほど、傷口、地際、根株、支持根まわりに弱りが蓄積しやすくなります。花が咲き、葉がついていても、根元の内部では問題が進行していることがあります。地上部の見た目だけで安全性を判断できないところが、樹木管理の難しさです。

今回の倒木を因果関係で整理すると

今回の事例をできるだけ整理して考えると、まず、植栽後60年以上の可能性があるサクラで、根株や根系のどこかに腐朽が進み、木を支える力が落ちていた可能性があります。そこへ、3月3日と3月4日の降雨が加わり、土壌が湿潤化し、根鉢の保持力や土壌のせん断強度が低下したのかもしれません。

そのうえで、3月7日に最大瞬間風速12.3m/sの風を受け、樹冠荷重と風荷重が根鉢に回転モーメントを与え、最後に根元側から倒れた。さらに倒れる瞬間に周辺木を巻き込み、枝や幹の二次破壊が起きた。そうした流れだった可能性があります。

極端な台風ではなくても、地盤が緩んだ後の風は、弱っていた高木にとって十分に無視できない外力になります。

都市の樹木には、都市特有の弱り方があります

都市環境では、木は本来伸びたい方向へ自由に根を伸ばせません。舗装、縁石、埋設物、踏圧、狭い植栽基盤、周辺工事による根切りなどが、それを妨げることがあります。

その結果、単に根の量が減って固定力が落ちるだけではなく、根上がりや舗装との接触傷害が起きやすくなり、そこから腐朽菌が侵入し、さらに支持力が落ちるという悪循環が生まれます。

都市の高木管理では、幹や枝の状態だけでなく、地下部の環境まで含めて見なければ、本当の意味での安全性は評価できません。

樹木医としてできること 1 人への影響が大きい場所から優先して診る

公園であれば、園路沿い、ベンチ周辺、遊具まわり、通学動線、自転車動線など、人への影響が大きい場所から優先して診ることが重要です。すべての木を同じ深さで調べるのは、予算面から見ても現実的ではありません。

だからこそ、倒れたときの被害が大きい木から順に精査していく必要があります。現場の利用状況と樹木の状態を重ね合わせ、管理の優先順位を整理する視点が欠かせません。

樹木医としてできること 2 外観診断と機器診断を段階的に組み合わせる

外観診断では、傾き、枯れ枝、幹の亀裂、根元のキノコ、地際の陥没、根鉢の浮き、土との隙間、幹の揺れなどを確認します。そのうえで疑わしい木については、樹木診断機器レジ音響トモグラフ(アーボソニック3D、ピカスなど)を用いて、幹や根株周辺の内部状態を確かめます。

ただし、大切なのは機械の数値だけで判断しないことです。機器は強力な補助になりますが、最終的には立地、樹種、樹形、土壌、利用状況まで含めた総合判断が必要です。

樹木医としてできること 3 幹だけでなく地下部を重視して診る

都市の高木は、枝葉が元気に見えても、地下では根が十分に張れず、固定力を失っていることがあります。ですから、幹の空洞や腐朽だけでなく、土壌硬度、排水性、踏圧、舗装との干渉、根上がり、支持根の偏りなども見ていく必要があります。

倒木を防ぐには、木の健康だけでなく、木を支える土の健康まで診る必要があります。

樹木医としてできること 4 対策を「伐採か放置か」の二択にしない

診断の結果、まだ保存可能な木であれば、樹冠荷重を減らす剪定、枯れ枝除去、立入動線の調整、土壌改良、根域保全といった対策によって、リスクを下げながら残す道があります。

一方で、支持根や根株の腐朽が進み、不特定多数が利用する場所にある木については、景観価値が高くても更新判断が必要になることがあります。その際も、ただ「危ないから切る」のではなく、なぜ危険なのか、なぜ保存が難しいのか、そして景観をどのように次世代へつないでいくのかまで説明責任を果たすことが大切です。

今後は単木対応だけでなく、更新計画まで含めた管理が必要です

今回のような事故が示しているのは、一本だけが特別だった可能性もある一方で、同じ時代に植えられた木が、同じように高齢化しているという事実でもあります。

だからこそ、「どの木を残すか」「どの木は負荷を下げて維持するか」「どの木は段階的に更新するか」を整理し、安全と景観を両立させる中長期の計画が必要です。

今回の倒木から学ぶべきこと

今回の倒木から学べるのは、木は「突然」倒れたのではなく、倒れる条件が少しずつ積み上がっていた可能性が高いということです。そう考えると、この事故は決して特別な偶然ではなく、都市の高木管理が抱える課題そのものだといえます。

だからこそ樹木医の役割は、倒れた後に理由を語ることだけではありません。倒れる前の小さな兆候を拾い、診断し、優先順位をつけ、残す対策と更新判断を行うことにあります。私たちはその役割を、樹木の価値と人の安全の両方を守る仕事として、これからも丁寧に担っていきたいと考えています。

※投稿写真は、規制帯の外から安全に配慮し、根元部分はズームで撮影しています。

株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊

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