先日、サクラを枯らす特定外来生物「クビアカツヤカミキリ」の被害が出ているという桜を、診断と処置をさせていただきました。
1本の桜に、成虫と幼虫を合わせて8匹ほど。関東でも被害は加速していて、防除の現場に立つほど、この虫が都市でなかなか止まらない理由がはっきり見えてきます。17都府県に広がる被害の最新状況と、私が現場で行った防除の中身、そして「一度薬をまいて終わり」では被害が止まらない構造的な理由を、樹木医の視点で掘り下げます。
クビアカツヤカミキリとは——サクラやウメを内部から枯らす特定外来生物
クビアカツヤカミキリ(Aromia bungii)は、中国や朝鮮半島などに自然分布する外来のカミキリムシです。体長は2.5〜4センチほど、全体につやのある黒色で、名前のとおり首に見える胸の部分だけが赤い、見分けのつきやすい甲虫です。

クビアカツヤカミキリ サクラ 桜 モモ ウメ
やっかいなのは幼虫のほうです。サクラ、ウメ、モモ、スモモといったバラ科の木に産みつけられた卵からかえった幼虫が、木の内部を1〜3年かけて食べ進みます。外からは元気そうに見えても、幹の中は坑道だらけになっていて、やがて木は衰弱し、枝が落ち、枯れていきます。メス1匹が1,000個近い卵を産むこともあり、被害を受けた木が2〜3年ほどで枯れてしまうことも稀ではありません。日本では2012年に愛知県で初めて確認され、2018年1月に特定外来生物へ指定されました。これにより、生きたままの運搬や保管、野外へ放すことなどが法律で禁じられています。
被害は17都府県に拡大——関東と東京都心の最新状況
この虫のこわさは、広がる速さにあります。2012年の愛知県のあと、2013年に埼玉県、2015年に群馬県・東京都・大阪府・徳島県、2016年に栃木県、2019年に奈良・三重・茨城・和歌山、2021年に神奈川県、2022年に兵庫県、2024年に京都府・千葉県、2025年に滋賀県、そして2026年2月には岐阜県で新たに確認され、被害は全国17都府県に及んでいます。
関東の数字を見ると、進み方の速さがよくわかります。群馬県では令和7年度の調査で27市町村・13,927本もの被害が確認され、埼玉県でも被害件数が平成30年度の128件から令和6年度は931件へと増えました。東京都でも、これまでに複数の区や市で被害が確認されています。港区では令和6(2024)年に初めて成虫・幼虫が確認され、墨田区でも隅田公園のソメイヨシノで被害が見つかり防除が行われています。郊外の話ではなく、都心の公園や緑地、街路樹のサクラにも、着実に入り込んできています。
2026年の最新ニュース——国の緊急対策から都心の発生まで
ここ数か月だけでも、動きが相次いでいます。2026年7月17日には、自由民主党が被害拡大を受けてプロジェクトチームを緊急に設置しました。今後さらに被害が広がれば、各地の生態系に加えて、観光資源である桜並木や、モモ・ウメといった農産物の産地にも大きな打撃になる、という危機感が背景にあります。国レベルでも、農林水産省が令和6年度に有識者や関係省庁、都道府県による広域の検討体制を立ち上げ、令和8年度予算でも重要病害虫への特別防除を支援するなど、対策の枠組みが動いています。
都内では、2026年6月に環境省が新宿御苑でのクビアカツヤカミキリ対策を発表しました。研究や自治体の現場でも工夫が進んでいて、栃木県では2026年4月、木の幹を蛍光イエローで塗ると産卵を10分の1ほどに抑えられるという研究成果が報じられました。群馬県は被害情報を共有する電子地図の運用を2026年度から前倒しし、埼玉県越生町や茨城県では、住民に発見を呼びかける「つかまえ隊」「みっけ隊」といった取り組みも始まっています。早く見つけて早く手を打つ——各地の対策は、そこに向かって動いています。裏を返せば、社会全体がこの虫に本腰を入れ始めた今は、手当てを始めるのに遅すぎないぎりぎりの時期でもあります。
なぜ都市で被害が止まらないのか——管理現場に空いている「幼虫対策」の穴
被害の現場を見ていて感じるのは、対策が「成虫の時期の散布」で止まってしまいがちだ、ということです。成虫が飛ぶ初夏に薬をまく。それ自体は正しいのですが、そのときすでに木の中にいる幼虫への手当てが足りていないことが少なくありません。
ここに、この虫が止まらない構造があります。幼虫は木の中で1〜3年を過ごし、毎年あたらしい成虫になって外へ出て、周りのサクラやウメへ飛んでいきます。つまり、木の内部に残った幼虫は、来年・再来年の発生源の「在庫」となっています。表面の成虫だけをたたいても、この在庫が残っている限り、翌年もまた成虫は羽化してきます。今年の発生数だけを見て安心できないのは、このためです。
薬の届く範囲にも、はっきりした限界があります。樹幹への散布で効くのは、樹皮にいる成虫と、これから寄ってくる成虫まで。食入孔への注入で届くのは、フラスの出ている孔からたどれる範囲の幼虫まで。そして、幹の芯の奥深くまで進んだ幼虫には、散布でも注入でも薬が届きにくいところが残ります。だからこの虫は、一度の作業で片づく相手ではなく、成虫への散布と幼虫への注入を組み合わせ、翌年以降もフラスが出ないかを見続けて、出れば手を入れ直すという継続した管理を前提に考えるべき対象といえます。
私たちは、木を「その年に発生したコスト」ではなく、長く付き合う植栽資産として捉えています。単発の駆除で終わらせるのではなく、診断から防除、そして経過観察までをひとつながりで続けていく。地味に聞こえますが、都市でこの虫を抑えていくには、結局この積み重ねに勝る近道はないと考えています。
- クビアカツヤカミキリ サクラ 桜 モモ ウメ
- クビアカツヤカミキリ サクラ 桜 モモ ウメ
樹木医が行う防除と、残すか伐るかの判断——散布・食入孔注入・機器診断
冒頭の桜で、実際に行ったことをお話しします。この虫は、成虫が木の外側にいて、幼虫は木の内部にいます。いる場所が違うので、薬の使い方も分けます。
- クビアカツヤカミキリ サクラ 桜 モモ ウメ
- クビアカツヤカミキリ サクラ 桜 モモ ウメ
まず、木の表面にいる成虫と、これから寄ってくる成虫への備えとして、ダントツ水溶剤(成分はクロチアニジン)を幹から枝にしっかり散布しました。成虫が活動するこの時期に樹皮へ薬を残しておくことで、木にとまりにくくし、産卵を抑えることをねらいます。サクラの葉はこうした薬剤で傷みやすいので、狙いはあくまで幹と枝です。内部の幼虫には散布では薬が届かないので、フラスの出ている食入孔をひとつずつ探し、マツグリーン液剤2(成分はアセタミプリド)を50倍に薄めて注入し、あわせてカミキリムシ用のスプレー剤も孔に差し込んで注入しました。孔の奥の坑道まで薬を届かせ、中の幼虫に直接効かせる、地道なやり方です。この日、確認できた成虫と、食入孔から薬を入れた幼虫は、実際に駆除することができました。
そのうえで、多くの現場で問われるのが「この木は残せるのか、伐ったほうがよいのか」という判断です。被害が進んだ木を無理に残せば、周りへの発生源になり続け、腐朽が進めば落枝や倒木の危険も出てきます。かといって、掘り取って幼虫を追えばよいというものでもありません。幹を広く傷つければ腐朽菌が入り、水の通り道を壊して、かえって木の寿命を縮めてしまうからです。その木を残して手当てを続けられるのか、周囲を守るために伐採して焼却・チップ化すべきなのかを判断します。伐採する場合も、中の幼虫ごと確実に処分し、周りの木への広がりまで合わせて見ておく必要があります。ここは樹木医・街路樹診断士の領域であり、同時に、所有者や管理者の意向、行政の手続き、費用や合意形成といった現実とも向き合う仕事です。だからこそ、正しい判断材料をそろえてお示しすることを、私たちは大切にしています。
クビアカツヤカミキリに、樹木医としてできること——3つの局面
都市での被害拡大が避けにくくなっているなかで、樹木医に何ができるのか。私は、大きく3つの局面があると考えています。
1つ目は、早期発見のための体制づくりです。被害は初期ほど見つけにくく、気づいたときには数年が経っていることも少なくありません。だからこそ、敷地内のどこにサクラやウメ・モモが植わっているかを整理し、フラスや脱出孔を見分ける目を、所有者や管理者、地域の方々と一緒に養っておくことが重要です。第一発見者は、たいてい専門家ではなく、その木のそばで暮らす方です。私たちは、見つかったものの確認や、見る目を養うお手伝い、通報から共有までの流れづくりを支える役割を担えると考えています。大規模な樹木の点検については、以前都有施設80万本の樹木一斉点検 約14,000本の「異状あり」を、樹木医はどう読むかでも書きました。
2つ目は、被害木への速やかで適切な対応です。被害が見つかった木には、残して手当てをするのか、伐採して処分するのかという判断(トリアージ)が要ります。ここは樹木医だけで決められるものではなく、所有者や管理者の意向、行政の手続き、費用や合意形成が絡みます。だからこそ、樹木医として適切な作業と経過観察につなげる情報提供が、私たちの仕事になります。
3つ目は、防除技術の更新と普及です。先ほどの蛍光イエローやネット巻き(産卵管を通さない0.4ミリメッシュのネット)のように、対策は年々あたらしくなっています。試験機関やメーカー、そして日本樹木医がうまくいっている事例や最新の知見を集め、すでにたくさんある手引きの中から現場に合うものを選び取り、地域や管理の現場へ届けていく。研鑽を重ねて、更新した情報を実際の現場で使えるようにすることも、樹木医の役割だと考えています。
今後の被害をどう見るか——桜並木・果樹産地・文化財への想定
正直に申し上げて、当面は楽観できる状況ではないと見ています。分布は10年あまりで1都県から17都府県へ広がり、関東では被害本数が1万本を超える県も出てきました。しかも、いまサクラの内部にいる幼虫は、来年・再来年に羽化してくる成虫です。今年の発生を抑えても、木の中の「在庫」が残る限り、数年先まで発生は続く前提で構えておく必要があります。
心配なのは、被害が及ぶ先の広さです。国の対策チームも指摘するとおり、各地の桜並木は観光資源そのものであり、モモやウメ・スモモの産地にとっては農作物の被害に直結します。さらに、天然記念物や重要文化財、史跡名勝に指定されたサクラも各地にあり、そうした木が失われれば取り返しがつきません。都市に目を向ければ、公園や街路樹のサクラ並木は、街の景観や日々の暮らしの一部です。そこで被害が広がれば、私たちが当たり前に眺めてきた春の景色が、静かに無くなってしまうことにもなりかねません。だからこそ、被害が本格化する前の、いまの一手が効いてきます。木を資産として長く残すという発想が、これからのサクラの管理では、いっそう大切になっていくはずです。
サクラやウメの異変にお気づきのときは——見つけ方と、樹木医への相談
ご家庭やお庭、管理されている敷地にサクラ・ウメ・モモがある方は、6月から9月ごろ、木の根元をときどき見てみてください。あらびきのひき肉のような、木くずとフンの混じったフラスが落ちていたら、内部に幼虫がいるサインです。幹には、成虫が出たあとの縦長の脱出孔が見つかることもあります。
もしクビアカツヤカミキリの成虫を見つけたら、逃がさずにその場で処理してください。特定外来生物のため、生きたまま持ち帰ることは法律で禁じられています。そのうえで、お住まいの自治体の担当窓口や、都道府県の病害虫防除所へご連絡ください。東京都はクビアカツヤカミキリの防除の手引や被害の見つけ方を公開しており、環境省や森林総合研究所の防除マニュアルも参考になります。
そのうえで、次のようなときには、樹木医にご相談いただくことをおすすめします。フラスや脱出孔が見つかって被害の程度を確かめたいとき、その木を残せるかどうかの判断に迷うとき、そして、マンション管理組合や寺社、公園・自治体として、単発の駆除ではなく、診断から防除・経過観察までの継続した管理を組みたいとき。私たち株式会社トシ・ランドスケープは、樹木医・街路樹診断士として、診断から、薬剤防除、その後の管理や経過観察までを一貫してお引き受けし、マンション管理組合や寺社、公園、行政の植栽で手がけています。
一度の診断で切り取れるのは、その時点の姿だけです。だからこそ、早く気づいて、早く動き、そして見続ける。この虫との付き合いは、その積み重ねに尽きると、現場に立つたびに感じています。近くにサクラやウメのある方が、根元にときどき目を落としてくださることが、いちばん早い発見につながります。
株式会社トシ・ランドスケープ
樹木医 中村雅俊
出典・参考情報
東京都環境局「クビアカツヤカミキリの被害が発生・拡大しています!」 https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/nature/animals_plants/400100a20191204115758336/
環境省「クビアカツヤカミキリの関連情報のリンク集」 https://www.env.go.jp/nature/gairai/info_kubiaka.html
農林水産省「クビアカツヤカミキリに関する情報」 https://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/keneki/k_kokunai/kubiaka/kubiaka.html
埼玉県環境科学国際センター「サクラの外来害虫“クビアカツヤカミキリ”情報」 https://www.pref.saitama.lg.jp/cess/center/kubiaka.html
大阪府立環境農林水産総合研究所「クビアカツヤカミキリ被害対策」 https://www.knsk-osaka.jp/kankyo/gijutsu/aromia/index.html
港区「特定外来生物『クビアカツヤカミキリ』について」 https://www.city.minato.tokyo.jp/ryokukasuishin/tayousei/kubiaka.html
墨田区「クビアカツヤカミキリ」 https://www.city.sumida.lg.jp/kurashi/kankyou_hozen/midori/yasei_seibutsu/kubiaka.html
新宿御苑(環境省・国民公園協会)「新宿御苑におけるクビアカツヤカミキリ対策について」 https://fng.or.jp/shinjuku/2026/06/18/20260618_01/
自由民主党「脅威!クビアカツヤカミキリ被害拡大でPTを緊急設置」(2026年7月17日) https://www.jimin.jp/news/information/213827.html
日本農業新聞「[特集]クビアカツヤカミキリ」 https://www.agrinews.co.jp/specialissue/index/320487
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